かわいいの刑に処す
一石楠耳
かわいいの刑に処す
昔々のおはなし。
人間は、とある悪魔に頭を悩ませていた。
げに恐ろしき威容の悪魔は、か弱い人間らを支配下に置き、思うがままの悪行三昧。
だがしかし。神の力を宿した若木の枝を人間が手に入れることで、状況は一変する。
好き放題に暴れまわる悪魔に対し、サッと枝を一振り。その巨体を、小さな赤子のような大きさにまで縮めることが出来た。
それでも悪魔はまだ、小さな体で悪さを繰り返す。そこで枝をもう一振り。悪魔は四肢を地面につき、這いつくばった姿でしか歩くことが出来なくなった。
ところがそれでも悪魔はまだ、小さく這いつくばった体で悪さを繰り返す。ならばと枝をもう一振り。悪魔に猛烈な眠気を与えることで、ようやく人間はこの悪魔を捕らえることに成功したのであった。
「うーん……。はっ、ここはどこだ?」
「ようやく目を覚ましたようだな、悪魔」
「ううむ、いまだ眠い……。一体なんだこの眠気は、人間よ」
「神の力を得た我ら人間が、お前に対して与えた罰だ。これでもう、睡眠にとらわれ、ろくに悪さも出来まい」
「ぐっ、こしゃくなマネを」
「悔しがるのはまだ早いぞ、悪魔。お前には今までの悪事のぶん、たっぷりと罰を受けてもらう」
「何だと?」
「そうだな、まずは人間に似たその姿かたちが気に食わない。お前の性根にふさわしい、毛だらけの獣のような姿に変えてやろう」
人間が枝を一振りすると、悪魔の肌は、一面が毛だらけになった。
「くそう、俺の自慢の、恐ろしげな傷に満ちた、この汚れた肌が!」
「はっはっは。禍々しい悪魔の尻尾も毛に覆われて、ずいぶんとかわいらしくなったもんだな」
「何? かわいいだと? この俺が? あらゆる人間の肝を冷やしていた、この俺が! ふざけるな!!」
「はっはっは。どうやらかわいくされるのがよほど嫌だと見える。ならばその厭らしい目も、丸くかわいいものへと変えてやろう」
人間が枝を一振りすると、悪魔の目はくりくりとした愛らしい眼へと、姿を変える。
「なんてことをする! この人間め!」
「そうれ、ついでだ。手先も丸くかわいくしてやる」
「やめろおっ!」
「耳は丸みを帯びた三角だ」
「ふざけるなっ!」
「ついでにぴんと伸びたひげも付け加えてやる」
「なんてことをっ!」
「定期的に自分の体をぺろぺろ舐めて、毛づくろいをしろ」
「なんだとっ!」
「獲物に飛びかかる前に、尻を左右に振れ」
「無意味な動作っ!」
「機嫌がいい時には喉をゴロゴロと鳴らせ」
「体は正直っ!」
「いちいちうるさいな。よし、喋れなくしてやろう。お前の鳴き声は……そうだ、『にゃー』だ! どうだかわいいだろう!」
「にゃー!!」
こうして悪魔は人間から無数の罰を受け、かつての恐ろしい姿からかけ離れた、かわいらしい小動物にされてしまった。
罰を与える人間が振る、その枝をはたき落とそうと、まんまるの手で飛びかかる姿も、これまたなんともかわいらしい。
この時の記憶は、未だ悪魔の末裔に『習性』として受け継がれている。
悪魔は誓った。
「いつか人間に復讐を果たしてやる。俺はふたたび、貴様ら人間を従えてやるぞ!」
しかし今はコタツの中で寝ているため、復讐は明日にするそうだ。
かわいいの刑に処す 一石楠耳 @isikusu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます