第7話

 透き通った女が、はなの匂いと共に優しく僕を包みこんだ。僕は震えながら、まるくなる。

 ああ、そうか―。


「―ああ、そうか。あの時あの場所に、アナタもいたんだよね。そして、確か今みたいに、僕のことを包んでくれた」

「・・・」

「あの少女は僕じゃなくて、アナタだった」

 女はわざとらしく無表情にして、僕を正面から見つめた。

「そうね」


「そうかも知れないわね」


 

 満開の桜が舞う―

 壮絶に、全てを覆いつくしてしまうかのように

 僕の苦悩も、哀しみも、記憶も、現在いまも、僕の痛む内臓も

 死も、

 何もかも全て


 ―――はなだ。


「でも、ワタシは、キミよ」


 うん。


 無情なはなは、僕の何もかもを、お終いにしようとする。特別な何かを一度だって期待してこなかったのに。日常、繰り返される退屈な日常。僕は十分に生きていたよ。もう何十年もさ。

 無情なはなは、満足を誘う。そうだね、確かに僕はもう満腹だ、お腹いっぱいさ。だから眠ろう。忘れてしまおう、全てを。天使のような笑顔の妹のことも、細切れになった母の肉片も。はなびらに沁みついた、僕の薄汚い泪も。

 僕はだんだんと女と混じり合ってゆく。響きあい、絡み合い、ひとつの物体になった。そうして何もかもを忘れ、全てが消滅した。


 女は囁く。

「ありがとう」

 

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