第2話

 ここへ来るのは本当に久しぶりだ。高校に上がってすぐ引っ越して以来だから、かれこれ数十年も経ってしまったということか。

 あの頃とまるで変わらない小さな駅に降り立つと、懐かしい湿った、生暖かい風の匂いがした。電車に乗れば都心までそう遠くはないのに、ある時から発展するのをすっかり放棄してしまったような小さな田舎の町。どこか現実的ではない、嘘くさい感じがしてならないのは、何も変わっていないからだ。


 不思議な感覚だった。


 駅前は、小ぢんまりとしたスーパーや銀行など、背の低い商業施設が立ち並び、この町一番の賑わいとしてはありったけの見栄を張る。その駅前通りを西へまっすぐ突き進むと、あっという間に建物やなんかの姿は消え、辺りに草や土の香りが漂い始めた。振り返ると駅前の賑わいが張りぼてのようで、ひどく滑稽だ。


 遠くで雲雀が鳴いている。


 なだらかな丘を登った。子供の頃よく遊んだ場所だった。緩やかだけど長い長い坂を登りきると、海のように大きな深い池と、町全体が一望できる。海とは大袈裟なようだが、海を知らなかったあの当時の僕には、これ以上大きな水たまりなど想像できなかった。ジェラルミン製の眩い陽光が、ちぎれてばらばらになり池の表面を波立たせている。それは、生物の輪廻を全て引き受けたような、威風堂々たる姿だった。


 ああ、そうだ、この風景。変わらないな、不思議なくらい何も変わらない。そして、あの時のまま、丘の真ん中には大きな桜の木が一本、今も変わらずそこに佇んでいた。


 ひらひら、ふる、はなびら

 僕は、だんだんと埋もれていく

 夥しい記憶の渦が、僕を溺れさせる

 ひらひら、ひらひら、ひらひらひら


 真っ白な暗闇に隠された真実を。


 僕はそろそろこの問題を解決しなくちゃいけない。そのために漸くこの土地に還ってきたのだから。そして、ゆっくりと忍び寄る、甘美でおぞましい気配をじわじわと感じ始めていた。もう逃れられない。


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