第5話

 母は、ある日突然、消えてしまった。


 みんなで、あちこち探し回った。杉木立の林の中も、清らかで小さな小川を越えて、深く生い茂る泡立ち草の原っぱも。僕たちの遊び場だった、刈田の真ん中に積み上げた藁塚のひとつひとつも。

 妹が不慮の事故で死んでしまったあと、母は生きる寄る辺を失ってしまっていた。毎日毎日、何もせず、何も考えず、何も食べず、眠らず。時々、僕の姿を見ては、鈍色の瞳をきょろりと動かすくらいなものだった。

 瘦せ細って、とても動ける状態ではないようだったけど、母は透き通った満月の夜に、突然、消滅してしまったのだ。跡形もなく。


 幾月か経って、大人たちは、母のことを諦めた。もう二度と帰って来ないことを知っていたから。


 僕は、そう、この大人たちの決断に、確かほっとしたのを覚えている。何故なら、僕が殺したのだから。僕が母殺したのだから。

 桜の舞い散る寂しい夜に、僕は、母の身体を切り刻んだ。小さなナイフで。その時母は、鈍色の瞳を輝かせ恍惚としていた。いつかこうなることを初めから、つまり僕を産み落とした瞬間から、気づいていたのだろう。母が恐れていた理由がようやく解ったよ。


 僕は、はなに魅せられた鬼だったんだね。

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