第3話僕は、もう死なない
「ここが、異世界なのか? 唯の森だな」
靴は、履いているな。
軽く身体を捻ってみるが、違和感は感じない。
確認は必要だろうな。
自分の身体を頭の先から触っていく。
そう言えば、【共感】とやらのスキルは獲得できたのだろうか?
「発動の仕方を聞いていなかったな」
ボタンがあるわけでもないしな。
考え事をしながらの確認作業で、ズボンのポケットに異物があるのが解った。
「僕を馬鹿にしているのか? やっぱりクズだったな。何だこの爆破スイッチは」
“共感”と書かれたスイッチ。
押すんだろうな、これは。
「さて、まずはこの周辺の空気からか。それに……ほう」
範囲の指定が解らないが、目を凝らすイメージで【共感】を行使していくと、地形、生物、温度、湿度等色々な情報が舞い込んで来た。
「どうやらここは、森の外れに近いみたいだな。しかし、」
鼻息が突き出た。
「やっぱり、罠があったか」
何が些細な力だ。
この情報量、一歩間違えれば脳がオーバーヒートするのは、自明の理じゃないか。
「発狂……無作為な共感の発動……ああ、そうか。この世界を殺したかったのか」
僕もろともに。
理由は知らないが、また舐められたものだ。
僕が、そんなくだらない失敗をするはす無いじゃないか?
「クズは、神でもクズか」
さて、確認を再開しよう。
「有り金全部、置いてい来な」
「さっきのスゲー音は、こいつだったのか?」
「変わった格好だが、随分小奇麗なお姿だ。さぞかし良いご身分なんだろうよ」
「でもよ、この森の中であれは綺麗すぎねえか?」
さっきから発動していた【共感】で、こいつらが来ることは判っていた。
「黙ってないで何とか言えよ。ああ、こら!」
追いはぎ、四人。
試すにはもってこいのクズだな。
「ああ、そうか。なら話そうか。死ね」
俺を囲むように動いていた野盗共は、糸の切れた人形のように、クタっとその場に崩れ落ちた。
「【共感】の影響か? 個々ではなくて、グループとして認識できたなあ、あ?」
突然、僕の視界が黒く染まった。
『心臓をつかまれたような』と言うが、きっとこの感じだ。体の中にある熱量が、胸から背筋を通り、尾てい骨から引き摺り出されるこの感じ。
怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い。
寒い、寒い、寒い、寒い、寒い、寒い。
気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。
喪失感、虚無感、絶望感、拒否感。
どんなに言葉を並べても表現できないこの冷たいのは、何なんだよ!
◆ ◆ ◆
「目を開けてください」
ここは……世界の狭間か?
「はい」
「その、声、は、女神……」
「はい」
このクソビッチが!
「お前、何をしてくれた」
「いかがされましたか、そんなに怖い顔をされて? お顔が真っ赤です」
「黙れ、クズ」
「黙っていいのですか? 聞きたいことが御ありのようですけど?」
「うるさい、クズ。答えろ……」
クズの姿は見えない。
だが、明らかに愉悦を含んだ声音だ。
そう、まるで僕をいじめていたあのクズ共ような。
「説明したこと意外は、しておりません」
「なら、何で僕はここにいる!」
ここにいるって事は、死んだって事だ。
「あら、わかりませんか 他者より優れているのは当然なのでしょう?」
「僕は万能じゃない。知らないことは、知らないし。わからない事は、わからない」
全てがわかった気になるほど、僕は愚かじゃない。
「ただ、他の奴らは『わからない』と調べる前に言い、『知らない』と教わる前だから当然と言う。そんな傲慢さが、クズだと言っているだけだ」
「そうですか、」
クズが笑いを垂れ流す。
「今の貴方と何が違うのですか?」
こいつ……
「出て来い! 姿を見せろ!」
「お断りします。また“死”を与えられると面倒なので」
「そうだ、お前は僕が殺した。あれは、嘘だったのか!」
「私達にとって、真実は本当であり、嘘も本当。貴方にはこの概念は理解できないと思いますけど?」
何、適当な事を言ってやがる!
「渡した【共感】は『相手と同調する能力』と、言いましたよね?」
同調? 同調……クズが!
「僕はあの時【共感】を使うのを止めていた。相手の“死”に僕が“同調”するはずがない!」
「本当に?」
「本当だろ! 僕が嘘をついてどうする!」
「本当に、【共感】を使うのを止めていたのですか?」
確かに最初は使った。
空気、野盗ども。
でも、そうか【共感】か。
「何でだ……」
「私に【共感】をつかって、情報を取得しよとする発想は正しいですが、無理ですよ」
「やっぱり、何かしらの制限コードをねじ込んでいたのか」
なら、そのコードに“死”を与えてしまえばいい。
「違います。見当違いもいいところですね」
「強がるなよ。誤魔化されないよ」
「【共感】とは、同程度の存在間でしか成立しません。低次元体の貴方が、私を理解しようなど。描かれた絵が、高さを知るようなものです」
僕が低次? 僕があの追いはぎ連中と同程度……だと?
「いい加減なことを言うな! ……ああ、そうか。嘘も本当。つまり出鱈目を言っているんだな。このクズが!」
今、溜息をついたか? クズが僕にだと!
「もういいです、興が冷めました。【共感】は、ずっと作動します。停止はありません。それが答えです。はい、さようなら」
「待て!」
僕は強烈な光に包まれた。
◆ ◆ ◆
「また森……痛てっ」
何だ、頭を、体を、踏みつけられる痛みが。
「! 空気へっ……ふう」
常時発動か、面倒だな。
今のは、踏みつけている草に共感していたんだろう。
「意識をしないと、認識の強い感覚に引っ張れれるのか。面倒だな」
だが、わかったぞ。
「ふん。クズの浅知恵など。おっ、丁度いいな」
近くに人型の何かがいるのが、共感している空気から読み取れる。
「豚の顔を持つ人型のモンスター。オークが豚の顔と言うのは、迷信だしな」
だが、まあ、
「化物には違いない」
都合良くこっちに向ってきているな。
間もなく、手に槍を持った豚人間が枝葉をかき分けて、姿を現した。
「その鼻の通り、嗅覚がきくのか。まあ、いい。よう化物」
僕の態度が意外なのか、簡単には手の届かない距離を残して、いぶかしげに首を捻ってきた。
「【共感】は空気。じゃあ、死ね」
あれ?
豚人間が、一瞬硬直して背を伸ばしたのが見えたと思ったら、僕は視界はテレビの砂嵐のようになった。
◆ ◆ ◆
「またかっ」
「貴方は死にました」
「わかっている!」
クソ女神が! 声に笑いを含みやがってっ。
「そんなに、僕が死ぬのがうれしいか!」
「いいえ。興が冷めたと申し上げたでしょう。そんな関心はもうありませんよ」
「また、適当な事を並べやがって!」
クズのくせに、見栄を張りやがって。
「どうしてだ? 僕はあの時、【共感】を豚には向けていなかった」
なら、豚に“死”を与えても、僕が死を共感するはずがない。
「貴方は物を掴む時に、掴んだと認識しないまま、掴んだことを確認できるのですか?」
そういう事かよ。クソが!
「では、さようなら」
「またか! なら、今は能力を使わなければいいだけだ。馬鹿が!」
◆ ◆ ◆
「ふんっ、またここか。さて、」
【共感】は常時発動としても、その使用にはルールがあるはずだ。
「それを探し出すのは、容易い事だ。僕をはめたつもりだろうが、思いあがるな、グアっ」
痛い痛い痛い痛い痛い。
全身がバラバラになったみたいだ。
「何だ?」
「貴方は、死にました」
「は?」
いつ来たんだ?
「僕は、能力を使っていないぞ!」
とうとう直接干渉を始めやがったか。これだからクズは!
「虫」
「誰が虫だ!」
「貴方は、虫を踏み潰したのです」
「何だと?」
「貴方は虫を踏み殺した。だから貴方も死んだ。それだけです」
「クズが! わざとそんな場所に送りやがったな。姑息な」
「そんな面倒な事をしません」
嘘をつけ。クズらしくつまらない嫌がらせをしやがって。
「貴方に運が無かっただけです」
「運? 神が運を語るかよ。正に語るに落ちたな」
何が運だ。
神とは、事象の観測を十次元から行い、因果について完全な把握をすると読んだことがあるぞ。
「そうですか。さようなら」
「待て」
◆ ◆ ◆
「待って、言ってるだろ……」
草木が一瞬見えたが、あの表現のしようがない強烈な不快感に襲われた。
「貴方は死にました」
「ふざけるな! また虫でも踏んだと言うのかよ!」
「今回は、キノコですね。バラバラに踏み潰した痛みに、理解を拒否した結果です」
「はあ?」
「さようなら」
◆ ◆ ◆
「今度は岩場か……無駄に動くのは危険だし……い、息が……」
呼吸が出来ない。なぜだ! なぜ……
「貴方は死にました。岩に【共感】した結果、呼吸が出来なくなったようですね」
「……」
「また、不器用な」
不器用!
「僕は有能だ! その辺のクズと一緒にするなよ!」
「そうですか。さようなら」
◆ ◆ ◆
……僕は何回死んだんだ……
何時からか、あのクズは向い入れの言葉も、送り出しの言葉も、言わなくなった。
ああ、そうか。
「また、死にいくのか……」
◆ ◆ ◆
「もうやだよ! もうやなんだよ! あの感じには耐えられない」
もう、もう、
「生き返らせないでくれよ。命令、いや、頼む。頼みます。お願いします」
止めてくれって言ってるじゃないか!
◆ ◆ ◆
「もう、もういいよ」
始めからこうしておけば、良かったんだ。
「この狭間で使えばいいだ。そうだよ。僕に“死”を」
これでもう、終われる……
「貴方には、選択がありました。
自分の能力に“死”を与え、能力を無くすこと。
スキル【共感】に“死”を与え、効果を無効にすること。
自身の死に“死”を与え、不死と成ること。
他にも、様々な選択があったのです。ですが、貴方の選択は……」
遠くで、誰かの溜息が聞こえる。
「高次の理を知られれば、私達の“死”を創造されたかもしれない危険な存在……それも杞憂に終わりましたね。しかし、」
皆がいる……暖かい。
ほっとする。
「この能力で始めに殺されたのは、」
身に抱いた重いだけの膨らみと思っていた胸は、今はとても心地いい。
「貴方の性意識だったのかも知れませんね……」
思っただけで死を与えられるようになった うしひつじ @usi-hituzi
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