7※ 少し痛そうな表現あります

自分だけが取り残された室内。

隣の部屋から多少物音は聞こえてくるが、生活音程度で何をしているかまでは聞き取れない。


(今までにない見返りってなんだろう…)

ただ単にガウがオレの代わりに大金を渡すとか、そういう感じではないだろう。

「………」

何とも言えない胸騒ぎを感じ、教わったばかりの松葉づえを使って立ち上がり、扉の方へ向かった。


転ばないように、音を出さないように…ゆっくりと扉に近づき扉の真横の壁に寄りかかると、2人の話し声が聞こえた。


「……あの子、意識なかった筈なのに治りが良すぎない?ガウェン何かしたんじゃないの?」


(…オレの話だ)

ドキドキとしながらも、体制を整えながら良く聞こえるように壁に耳をつける。


「…何かって?」

「魔物は治癒力が高いじゃない。傷を治すためだけにあの子をつがいに選んだりなんて、してないわよね?」

「…まさか。番だったら、あんな怪我は1日で治る」

「そう?だったら何か魔物特有の魔法とかあったりするんじゃないの?」

「別に何もしてない。…何かやったとすれば、シスの言った薬を飲ませて、シスの言ったように治療しただけだ。回復が早いのはシスのおかげだろう」

「あら、嬉しいこといってくれるじゃない?」

クスクスと可愛らしいシスの笑い声が室内に響いた。


(…番って、伴侶のことだよな…?オレとガウのことを疑ったんだよな…?)

冗談ぽい口調じゃなかったし…魔物は人間を、同性を…伴侶にしたりするってことなのだろうか。

伴侶になったらこんな怪我が1日で治るとも言っていたし…本当にオレは魔物のことを全然知らなかったのだなぁと改めて思っていると、

「……いくら褒めても、約束通り、見返りはきっちり頂きますけどね」

シスの声色が真面目なものへとガラリと変わった。



ガウの返事はなく、ガサゴソと音が聞こえた後に

「…まずはいつものところから頂くわね」

その声とともにジョキっと何かを切る音が聞こえた。

音だけでは何をしているのか分からず余計に不安を感じ、恐る恐る、音をたてないように扉をほんの少しだけ開けて中を覗き込んだ。


「……っ」


そこには、椅子に座ったガウの目の前に、はさみと…今切ったのであろう。ガウの髪の毛を持ったシスが立っていた。


(いつも…髪の毛を渡してるのか…?)

ドキドキしながらシスを眺めていると、シスはそれを容器に入れて蓋をした。

「じゃあ次」

「……」

シスの言葉にガウが無言で手を差し出すと、今度は爪切りのようなものを取り出してガウの爪を切り、また容器に保存した。

ガウもシスも手慣れた様子がある。いつもこれをしてるってことなのだろうか。

その不思議な光景を見てなのか、覗いてる緊張感からなのか分からないが、胸がやけにざわついた。


「…じゃあ後は、治療の成功報酬ってことで。血を取らせてもらっていい?」

「………あぁ」

その返事にシスは満足そうにニコリと微笑むと、鞄から注射器を取り出し、ガウの肘の上を縛ると躊躇なくぷすりと針を刺した。



(…ガウの血も、赤いんだな…)

遠目で見てもたくさん吸われているその血は、人間と同じように赤い色をしていた。

じっくりと吸い終えたその血液を、今度は手際よくスピッツに詰め替えていく。

1、2、3、4…シスが詰め替える度にその本数を数えると、全部で10本にもなった。


(これが、オレの治療の報酬…)

まさか自分の治療の対価が、こんな風にガウが体で払うものだなんて…

元々真っ白なガウの顔が、心なしか余計に白く感じて、胸が痛む。

…だけど、オレの治療の報酬はそれだけではなかったようだ。


「あとは…ガウェンが傷を治すところ見てみたいの。だからついでに少しだけ皮膚も貰っていいかしら?」

「……好きにしろ」


(皮膚って…っ)

一体何をするつもりなのだろうか。

息をのんで見守ると、シスは鞄から鋭利な小さいはさみを取り出し、消毒をするとガウェンの左手の小指の付け根辺りに押し当てた。

「…この辺でいい?」

「……あぁ」


(え…まさか…っ)


シャキッ


その音とともに思わず目をつぶる。

少ししてから恐る恐るゆっくりと目を開くと、無表情なガウェンの左手が1cmほど抉られたように真っ赤に染まり、じわりと溢れた血が床に落ちた。


「………っ」


(なんで…オレの治療の対価に…こんなこと…っ)

どんなに魔物の傷の治りが早くたって、痛みがないわけではない筈なのに。

ガウにこんなことをさせてしまったことだけでも申し訳ないのに、ガウがいつも通りの表情でいるからなんだか余計胸にグッときて、痛みに耐えるように松葉杖をぎゅうっと強く握った。


「…さて」

はさみや容器を仕舞い終えたシスがガウの方へ振り向いたかと思うと、今度は手に注射針を持っていた。


「回復は…輸血用の血液でもいいけど、私の血でもいいわよね?吸血鬼に吸われる感覚も、知っておきたかったし」

「……」

シスはガウの返事を待たずに自分自身の左手の同じ部分を針で引っ掻き、血を滴らせた。


「………」

ガウは少し躊躇ったようだが、観念したのか…深くため息をついてからゆっくり椅子から立ち上がると、シスの足元に跪き、左手でシスの左手を取り…そして

口を開いて、シスの傷口をゆっくりと口に含んだ。



ちゅ…ちゅぷ…


リップ音のような瑞々しい音だけが室内に響く。

さっきまでの痛々しい雰囲気とは裏腹に、今は妖艶な雰囲気が漂っている。

それでいて神聖な儀式の様でもあるから不思議だ。

その何とも言えない雰囲気に、言葉も出せずにただただ目を奪われていた。



「…凄い、傷がみるみる治ってく…」

シスが先ほど傷つけたガウの左手部分を右手で摩る。

乾いた血が少しこびり付いているが既に傷口は綺麗に塞がっていて、傷跡さえもじわじわ消えていく。


「…吸われるって、こんな感じなのね。なんかもってかれるような…凄くぞくぞくする感じ。血液はヴァンパイアの栄養ドリンクみたいなものだって聞いてたけど…凄いわね。こんな目のガウェン、初めて」

「………」

ガウェンは相変わらず無表情だった。

だけどシスを見つめるその瞳が―…

いつも無機質に感じていたガラス玉のような赤いあの瞳が、急に生気を宿したように、ギラギラと熱のこもったものに変わっていた。


「………っ」


バタンッ


あまりの衝撃に持っていた松葉杖を離してしまい、倒れたその音が大きく響いた。

音に反応したガウがシスの手を離してこちらへと向かってくる。

慌てて扉から顔を離すが、すぐに扉をしっかりと開けられギラギラした瞳に射抜かれた。


「…大丈夫か」

「……っ」

聞き耳を立てた時から殆ど壁に寄りかかった状態だったから、松葉杖を落としても倒れることなんてなかったが…

ギラギラしたガウに見つめられると、蛇に睨まれたカエルの様に、心臓がバクバクしたまま視線を全く離すことができない。


心臓を抑えるように、ぎゅうっと胸元の服を握りたどたどしく息をすると、ガウが視線を外し松葉杖を拾いあげてオレに渡そうとしてくれたが、オレは反射的にビクっとなってしまった。

…松葉杖を渡してくれたガウの手に、まだ乾ききっていないシスの血がついていたから。


「………」

「……あ…りがとう…」

ゆっくりとガウに手を伸ばし、松葉杖を受け取る。

手に付いた血から視線をそらしてガウを見ると、ガウはまだギラついた熱っぽい目をしていた。


「……見てたのか」

「えっ………」

上手く言葉を返せずにガウの目を見つめていると、少しの沈黙の後、ガウは左手を上げて手についていたシスの血をぺろりと舐めとった。



「………安心しろ。お前の血を吸ったりしない」

「……っ」

ギラついた目を伏せてぽつりと呟くと、ガウはそのまま背を向けてしまった。



(…安心しろって…)

ガウにはオレが自分も血を吸われるんじゃって怯えてるように見えたのだろうか。

確かにガウが傷つけられるのを見た時は怖かったし、異様な光景に怯みはしたけど…でも、血を吸ってる時のあの雰囲気には目を奪われるだけで、不思議と恐怖はなかった。

…ガウがあんな瞳をするのは、すごく衝撃的だったけど。


もしガウがオレにに血を吸わせてくれと言われたら、オレは驚くだろうが、怖いと思っただろうか。

きっと思わないと思ったが、それよりも何よりも、

オレのは吸わないって断言されたことが、まるでオレの血は吸いたくないと言われてるように思えて、安心ではなく、なんとも言えない気持ちになった。

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