誰も知らない
蜜缶(みかん)
1
外に出てもいいのは陽がある時だけ。夜は魔物の時間。
それは子どもの頃読み書きよりも真っ先に習うくらい、この国の人間にとって当たり前のことだ。
魔物と呼ばれる動物とも人間とも違う異形の形をしたものは、ライオンや熊など比ではないくらいの攻撃力を持ち合わせており、素手で戦おうもんなら一瞬で命はなくなると言われるほど恐れられている。
そんな魔物は日光が苦手らしく昼間はほとんど見かけず、夜活発に活動するため人間が夜出歩いていると標的にされやすくなってしまう。
だから「夜は魔物の時間」と言って、極力家から出ないようにと皆が心がけているのだ。
だが、夜外出しなくしたからといって魔物からの被害が無くなることはない。
夜中に田畑や森を荒らされたり、家畜やペットが襲われたり、稀に日中出没して人が襲われることもあった。
人間も黙ってそれを我慢してるわけではなく魔物狩りをする人もいるが、一時的に被害が減ってもなくなることはなかった。
魔物は森の奥深くの木や洞窟などに生息しておりどこにでも出現する可能性があるそうだが、特にこの地域では森に囲まれているせいか他の地域の倍以上の出現率があるため、土地が安く貧困層だけが住んでいた。
そしてエルタもそんな貧困層の1人。
村から離れた森の近くの小さな小屋に住み、森へ入って食べ物を採ってくるという自給自足の生活を送っていた。
「やばい、そろそろ帰らないと…」
いつものように山に入り夢中で山菜取りをしていたエルタは、陽が既に傾いていることに気づき、薪になりそうな小枝と草や木の実、キノコが入ったカゴを背負い、慌てて今まで歩いてきた道を引き返した。
今日はなかなか食べ物が見つからず、いつもよりも森の奥の方まで来てしまった。
(このままじゃ日没までに間に合わないかもしれない…)
ガザガザっと道ではない草むらをかき分けながら、走るようにして家のある方向へと進む。
陽が昇っているうちは魔物はほとんど出ないと言っても、この森は魔物だけでなく熊や狼・毒蛇など人間の脅威となる動物が出没することもあるため、常に注意が必要だ。
しかし今日は日没まであと僅かしかなく焦っていた上に、あまり来たことの無い森の奥から自宅への帰り道を思い出すことにも必死になっていたせいか、いつもより注意が散漫になってしまっていたようだ。
ガサガサッ!
気が付いた時には自分のすぐそばで物音がした。
ハッとし、音のする方へ振り返ると、5m程先の茂みの中にいる巨大な熊とバッチリと目が合った。
(やばい…熊だ!)
そう思った時には既に熊が猛スピードでこちらへ突進していた。
それでも必死に逃げようと熊へ背を向けるが、数歩踏み出したところで、あっという間に自分の体は全身熊の影に覆われてしまった。
(やばい、食われる…!)
死を覚悟しぎゅっと目をつぶり身を丸めるように地面に倒れ込むと、ドサッと大きな音が響いた。
「………」
「………」
「……………?」
覚悟をしたのに待てども待てども訪れない衝撃に薄目を開けてゆっくり後ろを振り返ると…なんと。
自分の真後ろで熊が伸びていた。
「え……?」
恐る恐る体を起こし、熊に近づきもう1度確認するが、やはり熊は倒されていて完全に意識がないようだ。
誰かが遠くから拳銃か何かで倒してくれたのだろうか。
(……でもそんな音しなかった気がするけど…)
熊から少し距離を取りながら周りを見ると、熊の横にあった木の陰からすっと人影が現れた。
きっとこの人が倒してくれたのだろう。
「あっ、ありが……」
顔をしっかりその人物へと向けた瞬間、「ありがとうございます」とお礼を言おうとした口が、途中で固まった。
木陰から現れた人影は、確かに人らしい形をしていたが…
肌は青白く、耳はとがって口には大きな犬歯があり…そして何より、背中に蝙蝠のような大きな羽根があった。
(人じゃない…ヴァンパイアだ…!)
魔物の中でも人型をしているものはより知恵も力も強いとされていて、滅多にその姿を見ることはできない。
エルタ自身、今までピンクや紫など変な色をした動物のような恐竜のような類の魔物を遠目で見たことはあったが、人型の魔物を、しかもこんなに間近で見るのは初めてだった。
とんでもない魔物の出現に、腰が抜け、立ちあがることもできない。
それでも必死に逃げようと、ヴァンパイアに目が釘付けになったまま、後ろへ体を動かすように必死で手足を動かした。
エルタの必死の形相に、ヴァンパイアは何を思っているのか。
無表情にこちらを見ているだけで、その周りは風すら吹いていないのかと思う程ピクリとも動かない。
だがエルタが2m程後方へ動いた時になって、急に黙って見ていたヴァンパイアがこちらへ一歩踏み出した。
(……っやばい!!)
今まで以上に必死で手足を動かす。すると…
ガサッ ガサガサッ スカッ…
(……え?)
後ろに動かしていた手が突然空を切り、体が後方へと傾く。
エルタの視界には目いっぱい空が映った。
(うそ、落ちる…!!!)
ふあっと体が宙に浮いたと思った次の瞬間、エルタの体はものすごい衝撃とともに地面に叩きつけられた。
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