6

目を覚ますといつも目の前にはガラドアの顔があった。

「おはよう」と声をかけると「おはよう!」と笑顔を見せてくれた後に、照れたように「起きたー!」と叫びながら扉の方へと走っていく。

少しすると食事を乗せたカートを引いたガウが現れ、挨拶すると体を起こしてお盆に載せた料理を食べやすい位置に置いてくれる。

ご飯を済ませて薬を飲むと、着替えや手洗いを手伝ってくれて、それからガウに指示され床上でできるリハビリを行うのが日課になった。


骨折した部位はまだほとんど動かせないので、怪我した部分をどうにかするというよりは、主に動かせる部位の筋力低下や、動かせる範囲で自立できるようになるのが目的なようだ。

ガウに直接指導されることもあれば、ガウが出かけて不在で、ガウに出されたメニューを1人で行いそれをガラドアが少し離れた位置からじっと見つめてることもあった。

このリハビリも元々医師の指示のようなのだが、なんとオレが意識のないうちにもしっかりやっていてくれたらしい。



昼食はまたこの部屋で皆食事を摂り、昼寝をしたり、リハビリをしたり…そして夕飯を食べて眠るという規則正しい生活が続いた。

…ただ、規則正しいと言っても、朝や昼だと思っていたものは実際は朝でも昼でもなく、すべて夜の間に行われていた。


" 外に出てもいいのは陽があるときだけ。夜は魔物の時間 "


あの言葉は本当だったようで、魔物たちは陽のあるうちに寝て、陽が落ちる頃から陽が昇り始めた頃まで活動するようだった。



ガウもガラドアも毎日の様に真っ暗な森へと外出していくが、オレがまだ1人で歩いたりはできないせいか、必ずどちらかが家に残っていた。

残っていてもずっとオレのいる部屋にいる訳ではなく別の部屋にいることも多かったが、小さなベルを枕元に置いてくれて、困ったことがあったらすぐ呼べるようにしてくれていた。



(なんでこんなにしてくれるんだろう…?)

あまりにも至れり尽くせりすぎる日々。

ただ目の前にいた人間が怪我したというだけで、何故ここまでしてくれるのだろうか。

助けてくれただけでもありがたいのに…食事やリハビリまで面倒見る義務はどこにもない筈なのに。


(…もし自分が目の前に怪我をした魔物を見つけたら…怖くて逃げだした上に役所に通報するかもしれない)

目の前にいる魔物をじぃっと見つめる。

「なんだ?」

「……いぇ、別に」

真っ直ぐ見つめてくる赤い瞳になんともいえない後ろめたい気持ちになり、顔を背けると

「あぁ、そうだ。今日はシスの来る日だった」

思い出したかのようなそんな声が聞こえてきた。


「これから迎えに行ってくる。…人間の医師だ」

「え…人間、ですか?」

「あぁ。1~2週間に一度の割合で、定期的に人間の医師がここを訪れている」

「えぇ…!?人間の医師が、ですか…?!」

人間が魔物と接触しているなど人間界で聞いたことが無く、驚いていると、「あぁ。これから迎えに行ってくる」そう言って、ガウは出掛けて行ってしまった。


(人間が…魔物のところに?)

あまりの驚きに取り残された部屋で、1人悶々としていると、ガチャ…と扉が開いて、ガラドアが入ってきた。

「ガウ、でかけたよ」

「あぁ、うん」

それだけの会話をすると、ガラドアはとてとてと短い足を動かして、いつも食事をしている椅子に座った。


ガラドアはこの部屋にいる時、いつもオレのいるベッドから少し離れた位置にあるそこからじーっとオレを見ている。

朝起きる前や消毒の時だけオレの側へと近づくが、それ以外は絶対に近づいてこない。

最初はそんなガラドアに見張られてるのかなぁと戸惑ってなるべく目を合わせないようにリハビリをしていたが、最近はどうしても気になってしまってついつい話しかけてしまう。

「…ガラドアはガウと一緒にお迎え行かないの?」

そう聞くと、ガラドアは耳をピン!として体を少し強張らせた。

ちなみに名前は、ガウとガラドアに「"さん"や"くん"はいらない」と言われたので、呼び捨てにさせてもらっている。

「行かないよ!人間のそばには、まだ行っちゃいけないから!」

そう言ってガラドアはとがった耳をぴくぴくと揺らす。


(…それはどういう意味だろう…だからオレにも近づかないのかな?)

よくわからないけどそういうものなのかと思って、曖昧に頷いておく。

「じゃあ、いつもどこに出掛けてるの?」と聞くと

「学校だよ!あとはね、友達のとこ!一緒にね、勉強したり、遊んだり、狩りに行ったりするんだ!」

そう言ってやはり耳をぴくぴく動かした。


「そうなんだ…」

一緒に暮らしてみて薄々は感じてはいたが、ガウやガラドアは自分が今まで教えられてきた魔物とかけ離れている。

自分が教えられてきた魔物は、人間や動物を襲う凶暴な生き物で…もっと野性的で動物的だった筈なのに

実際は人間と同じように家があり、友人もいて…家事をしたり、学校にまで行ったりするのだ。

すべての魔物がそうなのか、人型だけなのか分からないが…それにしても、違い過ぎる。


それから学校で算数や国語や体育などを習っていると聞き、本当に人間のようだなぁと思っていると、遠くで玄関が開く音が聞こえた。

「あ、ガウ帰って来た!」

ガラドアがドアに駆け寄り扉を開けると、タイミングよくガウと…もう1人、白衣姿の髪の長い綺麗な女性が入って来た。


「あらほんと、体しっかり起こせて元気そうね」

女性はそう言いながらオレの元へやって来たかと思うと、ベリッと布団を剥ぎ、右腕の包帯を外し始めた。

突然のことにビックリしていると、遅れてそばまでやって来たガウに

「…医師のシスだ。マイペースだが国立病院の助教授で、腕は確かだ」と言われる。


「はぁ…」

「ちょっと、エルタさんでしたっけ?」

「は、はい!」

「右手のひらは握れる?」

「え?」

試しにゆっくり右手をぎゅっとしてみると、あまり力が入らないが握ることはできた。

「最初は意識なかったのに…2週間でこれなら、順調ね。次は足を見せて」

そう言ってシスさんは足を見た後、肋骨や他の切り傷など全身をくまなく調べた。

その間にガラドアはガウに「そろそろ時間だろ」と言われて、「いってきまーす!」と家から出て行ってしまった。

もしかしたら今日も学校なのかもしれない。



「…思ったより回復が早いわ。運が良かったたわね、あなた。たまたまガウェンが私を迎えに行く時だったからよかったけど…そうじゃなかったら助からなかったわよ」

そう言われて改めて自分の怪我の大きさを思い知りガウを見つめるが、いつものように無表情で素知らぬ顔をしていた。


一通り体を調べ終えると、

「肋骨の痛みもだいぶ減ったでしょう?これなら松葉杖で歩行ができるかもしれないわね」

そう言ってシスさんはどこからか松葉杖をとってきて、使い方を教えてくれた。

教わった通りに歩いてみると肋骨に響くような感じはまだあるが、我慢できないほどではない。

これならお姫様抱っこでトイレへ連れていかれなくても、1人で大丈夫そうだ。


「…うん。大丈夫ね。これなら日常生活もだいぶ楽になるでしょう」

「本当にありがとうございます」

「いいえ。リハビリメニューは右腕のものも増やしておくから、確認してやって頂戴」

シスさんはそう言うと、診察に使った道具を片付け始めた。

そんなシスさんの背中を見て、何とも言えない罪悪感が襲い、ずっと気がかりだったことを口にする。


「……あの、シスさん。スイマセン。オレ……せっかく診察してもらったのに…診察代金を払うお金、ないです」


元々貧乏で自給自足の生活をしていたオレは、ほとんどお金を持っていなかった。

時々大量に収穫できた時にだけ村へ出て収穫物を売ってお金にすることもあったが、そんなお金はごく僅かで、そんな僅かなお金さえも必要最低限の日用品や収穫できない時の食費に消えていってしまう。

だから手持ちにあるお金はすべてかき集めても、きっと村の子どものお小遣い程度にしかならない。

(シスさんにも、ガウにも…悪いけどオレは何も返せるものがない…)


ギュッと左手を握り俯いていると、シスさんの明るい声が降って来た。

「あら、大丈夫よ?最初からあなたにお金を貰おうだなんて思ってないから」

「……え?」

(でも治療って、すごくお金がかかるはずなのに…)

ぱっと顔を上げると、シスさんはにっこりほほ笑んだ。


「…これは私とあなたとの契約じゃなくて、私とガウェンの契約なの。だから私はあなたに何かを請求することはないし…あなたのおかげで、私はガウェンから今までにない見返りを貰えるから、こちらこそ感謝したいくらいだわ」

そう言いながら視線をガウに移し、妖艶に見つめた。


「…え?」


「……さて、片付けも終わったことだし…ガウェン、今日の分をいいかしら?」

「………あぁ」

そう言ってガウとシスさんは、隣の部屋へ移動するためオレに背を向ける。


「……ガウ…っ」

なんだか急に不安になりガウの名前を呼ぶが、少し振り返って大丈夫だと言うようにオレに向かって頷いて、そのまま2人は隣の部屋へと消えていった。

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