5
お皿を空にするとおかわりするか確認されたが、断ると空いたお皿を持って行き、代わりに新しい水と薬を持ってきてくれた。
「…ありがとうございます」
「………」
お礼を言うも、ヴァンパイアは無言でじぃっと薬とオレを交互に見つめている。
…またオレが飲むのを渋るとでも思っているのだろうか。
(……またあんな風に飲まされたら堪らないからな…っ)
慌てて薬を流し込んでからキッとヴァンパイアを見つめると、ヴァンパイアは表情を動かすことなく静かにコップをお盆に戻した。
「…栄養も摂ったし薬も飲んだし…次は処置か」
「…え?処置…?」
「あぁ…医師に消毒してガーゼを交換するよう言われてある」
そう言いながらヴァンパイアはベッドの下を漁ると、救急箱…とは言えないが、段ボール箱に消毒に必要な物だけを突っ込まれたようなものを取り出した。
「服を捲るぞ」
「え…っ」
ヴァンパイアはそう言うと、オレの返事を待たずに勝手に上着を脱がしにかかる。
「…ちょっ…!」
相手が魔物と言えど、人型だ。…しかも、とんでもなく美形な。
そんな相手に突然服を脱がされて驚かない訳がなく、慌ててヴァンパイアを止めようと手を動かす。
「何だ?」
「えっ…や、だって、服!」
ボタンが外されはだけた胸元を動く左手で必死に押さえると、ヴァンパイアは呆れたようなため息をついた。
「…安心しろ。お前が寝てる間に何度もしているから安全だし、今更恥ずかしがる必要はない。傷を直して早く帰りたいだろう?早く帰るためには必要なことだ。それともこのまま放置させて悪化させたいのか?」
「………っ」
恥ずかしがるなと言っても無理な話であるが、ヴァンパイアの言うことは至極当然のことだった。
ヴァンパイアはきっと医師の助言に忠実なのだろう。
あんな風にしてまで薬を飲ませてきたし…服も綺麗なパジャマみたいなやつに変えられているから、気を失ってる間にもきっと律儀にやっていたのだ。
(…もしかしたら、オレが家に帰りたいのと同じように、この人も早くオレを治して追い出したいのかな?)
じっと見つめてみても相変わらずヴァンパイアの瞳はガラス玉のようで感情が読み取れない。
ゆっくりと服を握りしめていた手をほどくと、ヴァンパイアは服や包帯をゆっくりとはずして、消毒を始めた。
「……っ冷たっ」
「…我慢しろ、すぐ終わる」
腕は傷は大きいせいか消毒がしみて痛かったが、胸や背中は消毒のその冷たさに思わず身が跳ねる。
それを見てヴァンパイアはちょっとだけ急いでくれたような感じはあったが…きっと魔物は元々体が頑丈で回復も早いから手当をしたことないのだろう。
とんでもなく不器用で…見るに見かねた少年が手伝ってくれた。
「……ありがとうございました」
お礼を言うと、ヴァンパイアは無表情に「…あぁ」と言ったが、少年はきょとんたとたあとに嬉しそうに笑った。
(…この魔物たちは、いい人たちなのかもしれない…)
よく見ると魔物の少年もものすごく顔が整っていて、笑顔は特に愛らしい。
そう思っていると、ヴァンパイアが「よし、あとは排泄だな。…安心しろ。お前が寝ている間に何度も…」ととんでもないことを言い始めたので、痛む肋骨に鞭打って「わーーーー!!!!」と叫んで最後の言葉は聞こえないようにした。
そして絶対に安心などできるわけもなく…何が何でも1人トイレへ行ってすると半泣きで懇願したら今度はヴァンパイアが折れてくれたのだが、1人で歩いてトイレに行けないので…まさかのお姫様抱っこでトイレまで連れて行かれる羽目になった。
(…なんか、怒涛の一日だった…)
「……はぁ」
ベッドに戻されて一息つくと、「……具合が悪いのか?」と綺麗な赤い瞳がこちらを覗き込んでくる。
「…いえ…」
あまりにも綺麗な顔に、思わず少し背を反らすと、「…そうか」と少し離れてまつ毛を伏せた。
「…早く、良くなるといいな」
ポツリと呟き、背を向けて隣の部屋へ行こうとする。
(やっぱり早く帰って欲しいのかな…)
だけど骨折した部位が完治するのには、きっと何ヵ月もかかかるだろう。
…完治とまではいかなくても、歩いて自活できるようになるだけでもひと月はかかるだろう。
去っていく後姿を見つめていると、自然と口が開いた。
「あのっ…」
振り返ったヴァンパイアの赤い瞳とかち合う。
透明で無機質な綺麗なその瞳を見ていると、吸い込まれそうな気分になった。
「…せっかく助けてもらったのに…無神経なこと言ってしまってすいませんでした。なるべく早く良くなって出て行きますんで…オレは人間で、エルタって言います。よろしくお願いします」
頭だけで軽く会釈をすると
「…私はガウェン。もう1人はガラドアだ。…ヴァンパイアと竜の人型だ」
ヴァンパイアは名前だけでなく、魔物の種類までも告げた。
(竜って…伝説みたいに言われてる、空を飛ぶあの竜…?あの少年が?)
目を瞠って放心していると、ヴァンパイアはそのままこの部屋を後にした。
その後眠りにつき、翌日目を覚ますと…また目の前に白藍色の少年のドアップがあった。
「………っ」
「あ、起きた。ガウー!今日も人間起きたよー!」
大きな声で叫びながらとてとてと短い手足を動かしてまた扉の方へと向かって行く。
「…ガラドア、くん」
「………!」
昨日ガウェンに教えられた名前を呼んでみると小さな背中を大きくビクッ!と揺らしてから、ゆっくりこちらの方を振り返った。
「…オレはエルタっていう名前なんだ。よろしくね」
そう伝えると、ガラドアは大きな目をぱちくりしてからその綺麗な顔を破顔した。
「…うんっ!ガウー!エルタだってー!エルタ起きたよー!」
そう言ってガラドアが扉の前まで行くと、ガラドアが扉を開くよりも前にガウェンが扉を開けた。
その手には料理を乗せたワゴンを引いていて、一瞬にして部屋中にいい匂いが広がる。
「…具合はどうだ。食事は摂れそうか」
「はい…」
返事をすると、傷口が痛まないように丁寧に体を起こされる。
「ありがとうございます、ガウェンさん」
初めてヴァンパイアの名前を呼ぶと、
「………ガウでいい」と、ぶっきらぼうな返事が返ってきた。
こうしてオレと魔物の、不思議な生活が始まった。
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