4

ガチャッ… カチャカチャ


物音に意識を浮上させると、とてつもなくいい匂い。

匂いにつられるようにはっと目を開けると


「~~~っ!」

「あ、ガウー。人間起きたよ、人間起きた!」


そこには今朝方…それとも昨日?なのか、一度目を覚ました時にいたあの白藍色の少年がまた目の前にいた。

今回もかなり驚いたのだが…体が学習したのだろう。飛び起きそうになったが、無意識に痛みを思い出してその場にとどまった。


(…いつの間にか寝ちゃってたのか…)


魔物の家でよく平気で寝ていられるなぁと自分で自分を感心しながら白藍色の少年を目で追うと、少年はとてとてと短い足を動かして少し離れたテーブルにいたヴァンパイアの元へと駆け寄っていった。

その背中には、前回気づかなかったが、蝙蝠のような形のカラフルな小さな羽根があった。


(この子も…魔物…)


肌や目や髪の色から考えてどう考えても人外なのだけども、珍しいとされる人型の魔物が、自分の目の前に1人どころか2人もいることが信じられなかった。


「…起きたじゃなくて、起こしたじゃないのか?」

「違うよー、ボク何もしてないよー。ガウが触るなって言ったから、ボクは見てただけだよー」


会話をしながらもヴァンパイアはワゴンに乗せられた鍋から料理を盛り付けていて、2人の手元にはステーキのような肉料理が料理がいくつも並べられている。

魔物たちの食事なのだろうか。


(魔物って…動物襲ってそのまま生肉食べると思ってたけど…人型だと料理とかするんだな…)


料理だけ見ればまるで人間の食事と同じように見える。しいて違いを上げるとすれば、肉の割合が多いというくらいで。

美味しそうな料理と匂いにつられて、ぐぅっとお腹が空腹を訴えたので左手でお腹をさすっていると、ヴァンパイアの赤い瞳がこちらを見ていた。




「……どうだ?少しは痛みが引いたか?」

「………」


(…そう言えば、確かに…)

薬が効いたのだろうか。

居眠りしてしまう前はそこら中痛かった体が、だいぶ軽くなったように感じる。

だけども薬が効いたくらいでヴァンパイアを信じることなんてできずに、むしろその言葉のせいであの行為を思い出し

返事をせずにヴァンパイアを睨み付けるが、空気を読まずにオレのお腹がぐぅっと鳴った。


「………」

「……お前の食事もある。その前に体を起こすから、痛めたくないなら力を入れるなよ」

「え…」


そう言うとヴァンパイアがオレの元へとやってきて、戸惑うオレを尻目にすっと頭と左側の背中の下に手を滑り込ませるとそのままグっとオレの上体を起こした。


「………っ」

「………」


体を起こされると分かっていても、動いた瞬間はそれなりの激痛が走った。

だがしかし体を起こしきってから力を抜くと、思いのほか傷が痛くない。むしろ寝ているよりも起きていた方が響かない気がする。


呆然としながらオレが自分の服をまくり右上半身の怪我の状態を確認していると、ヴァンパイアが置きっぱなしになっていたお盆の上に深い皿とスプーンを置いた。

深皿の中にはスープのような、おかゆのようなものが。…どうやら魔物の肉料理とは別物らしい。


「……熱いから気をつけろ。ガラドア、食べるぞ」

「はぁい!」


白藍色の少年が返事をして、ヴァンパイアとともにテーブルへと着席し、

「いただきまーす!」

と少年が声を上げてフォークで大きな肉の塊をぶすりと刺すと、大きな口を開けてがぶりとかみついた。


(…美味しそう…)


ごくりと喉が鳴り、エルタもスプーンを手に取り料理をすくってみるが…それを口へ運びはしなかった。

(……美味しそう…に、見えるけど…)。

もしも自分ちの夕飯にこれが並んでいたら、躊躇わずにガツガツと料理をかき込んだだろう。それくらいに腹は減っている。

だけどもどうしてもエルタはある不安を拭いきれず、結局スプーンを皿にひっかけて手を止めた。



「……」

「……どうした、食わないのか」

そんなエルタの様子を、ヴァンパイアはしっかり観察していたようだ。

答えられずに俯くと、席を立ちあがりこちらへと歩いてくる。


「……ちゃんと人間も食べられる料理だ」

「………」

「…好き嫌いがあるのか?」

「………」

「………それとも昨日の様に、口に運んでほしいのか?」

「ちがっ…!」

「じゃあどうした?」


ヴァンパイアはゆっくりと綺麗な動作でベッドサイドの椅子に腰かけると、オレの顔を覗き込んだ。

真っ赤なガラス玉のようなその瞳に、すべてを見透かされるような気持ちになる。



「……あんたたちは…オレを太らせてから食べるつもりなんだろ」

布団をぎゅっと握り込み意を決して言葉にすると、ヴァンパイアの長いまつげが揺れた。



「えぇ!?ガウ、人間食べるの?!」


オレの言葉に素早く反応したのは、ヴァンパイアではなく白藍色の少年の方だった。


「……まさか。オレにそんな趣味はない。ガラドアはあるのか?」

「えぇ?!僕が人間を?!そんなことしないよ…?!」

少年は大げさな程ブンブンと、フォークを持ったままの手を振った。


「……オレを、食べるつもりなんじゃないの?」

「…そんな悪趣味はない」


ヴァンパイアの言葉を信じていいのか分からないが…あの少年の反応は、嘘ではない気がした。

ほっとしたような、戸惑うようなオレに、ヴァンパイアがとんでもないことを言い出した。


「お前は人間を食うのか?」


「……はぁ?!食べるわけないでしょ…?!」

「それと同じだ」

「…はぁ?!」


同じだと言われても全然違う気がする。

だってそもそも魔物は人間を襲うじゃないか。

一気に疑いの目でヴァンパイアを見ても、ヴァンパイアはただただこちらをまっすぐに見つめ返すだけだった。


「……お前たちも動物は食べることはあっても、人間を食べることはないだろう。自分たちと同じような人の形をして、言語で意思の疎通ができて…そんな相手を食べたいと思うわけがない。…私たちが人間と同じだとは言わないが…私たちに人間を食べるか聞くことは、お前に「他国の人間だから食べますか?」と言ってるのと同じだ」

「………っ」


何でかよくわからないが、その言葉には妙に説得力があった。

確かにオレだって国や人種が違うからって人間を食べたいと思わないし…どんなにお腹が空いたとしても、この人型の魔物を食べたいとは思わないだろう。

(……でも、だったら…)


「……だったら何で、オレをここへ連れてきたんですか」


そう聞くとヴァンパイアは当たり前のように

「死にそうだったから、仕方なくだ。怪我が治ったらすぐに帰してやる。早く帰りたければちゃんと食うことだな」

そう言ってスプーンをオレに握らせた。



(…このヴァンパイアの言うことは、本当なのかな…)

嘘なのか、本当なのか…ホントのとこは分からないけど、それでももしオレを食べるつもりだったのなら、よく考えたら怪我をして意識がなくなった時に食べていれば済んだ話だ。

それなのに怪我した部分も丁寧に包帯などで処置をされて、薬だって料理だって用意してくれて…よく考えたら、オレはこの魔物たちにまだ何一つ酷いことをされてない。


(…どうせ怪我で動けないんだから、信じてみるしかないか…!)

まだ完全に信じきったわけじゃないけど、それでもずいぶん心が軽くなった。


慣れない左手で料理をすくって、勢いよく口の中に放り込む。


「…っ熱!!」

「……熱いと言ったろう」

少し呆れたような声をしたヴァンパイアの顔をしっかりと見据える。



「………でも、美味しいです。ありがとう、ございます」


そう伝えると、今まで真顔だったヴァンパイアの目元がほんの少し、優しく緩んだ。

その表情は、この世のものとは思えないほどに美しかった。

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