11
その日から松葉杖を使わずに歩くようにしてみた。
まだ傷口のある右足に体重をかけるのが怖くて恐る恐るという感じだが、杖なしでも全然大丈夫そうだ。
治療や折り紙の効果もあってか今では右手もすっかり良くなって、日常生活だけなら何ら問題いない。
自分の体が治ってきているのを実感するが、その度に2人との別れが近いことを実感し、胸が苦しくなった。
翌朝ガウの作ってくれた食事を右手で食べ終え、ふっと一息ついてお茶を頂く。
オレよりも早く食べ終わっていたガウやガラドアが食器を流しへ運んで行ったので、その背中に向けて声をかけた。
「…ガウ、オレが洗い物していい?右手はもう大丈夫だし、リハビリにもなるし」
「そうか?じゃあ頼む」
「うん」
…リハビリになる なんて言ったけど、本当は何でもいいから、家に帰ってしまう前にガウの役に立てることをしたいと思ったのだ。
ガウはオレに代価は貰ったと言ったが、ガウにしてもらったことの方がたくさんありすぎて、全然返せていないと思う。
だからせめて自分のできることだけでも、何かガウにしてあげたかった。
自分の食べ終わった食器を持って立ち上がり、ひょこひょことしながら、それでもしっかり足を進める。
歩き方はまだ少し不安定だが、立ったまま洗い物するのは、なんてことない。
洗い場へ自分の分の食器を置いて、軽く水で予洗いしてからスポンジで洗う。
割と手際よくというか、普通にできたつもりなんだけど…ガラドアが興味津々にオレを観察していた。
それからは毎食後、洗い物をさせてもらうようにした。
それでも足りないと思ってトイレやお風呂掃除など日に日にやることを増やしていったが…それでも貰った恩に対しては全然足りない気がする。
ガラドアと2人きりで折り紙をしながら「ガウが喜ぶことってないかなー?」と聞いてみると
ガラドアは「んー…」と少し悩んでから耳をピン!と立てた。
「ガウね、シャツのボタンが取れたって、困ってたよ!ボタンをつけてあげるとよろこぶかもしれない!」
そう言うとガラドアは「どこかなーどこかなー」と歌うようにタンスや棚を開けて、ボタンのとれたシャツと裁縫セットを探し出してくれた。
「ガラドアありがとう。…あ、替えのボタンがあるね。これなら直せそう」
ガラドアかワイシャツを受け取り、針に糸を通して縫い始める。
ボタンがなくなった箇所以外にも、取れかかっていた場所があったので、そこは一度ボタンを外してから付け直した。
ガラドアはやっぱり興味津々で見ていたが、それでもたった二か所つけただけなので、ものの数分で終わってしまった。
ガウの役に立てる!と思ったのだがあまりにあっけなく終わってしまったので、手持無沙汰で台所の真っ白な布巾の右端に花の刺繍をほどこすと「エルタ凄い!!」とガラドアが喜んでくれたので、まぁ良かったのかな。
ガウはどれに対しても「ありがとう」「助かる」と言ってくれたが、どれもこれも些細な事しかできなくて、自分としてはもっともっと何かしてあげたい気持ちでいっぱいだった。
だけどそうこうしてるうちに、日にちはどんどん経過し…気づけばもう明日が、シスさんの来る日になっていた。
皿洗いも掃除もできるようになった。足も普通に歩けるようになった。
明日はきっと、確実に「家に帰れる」と言われるだろう。
(もっと何か返せたら良かったのに…)
はぁ…とため息をついていると、ガラドアが遊ぶ手を止めてこちらを心配そうにのぞき込んできた。
「どうしたの?エルタ、元気ない」
「ん…ごめん。なんでもないよ」
ガウの判断で、ガラドアにはオレが帰るかもしれないということは、まだ伝えていない。
"帰る"と断言できる時でないと、ガラドアが余計に悲しむかもしれないからというガウの気遣いからだ。
ガラドアとこうして過ごすのも最後になるかもしれないのに…こんな小さな子に心配させている自分が申し訳ない。
「ガウが喜ぶことないかなって、考えてた」
「またそれ?うーん…なんだろうなぁ…あ、ごはんつくってあげれば?」
「ごはん?」
「ガウのね、誕生日にね、ぼくがごはん作ったらね、ガウがありがとうって言ってくれたの!」
ガラドアが耳をぴくぴくと揺らしながら嬉しそうに答える。
「そっか…いつもガウが作ってくれてるもんね」
「うん!」
(料理かぁ…)
料理は得意というわけではないが、毎日自分で作っていたから下手でもないと思う。
「うん。料理作ってみよっかな。ガウの好きな食べ物ってある?」
「んー…お肉も、お魚も、お野菜も全部好きだけどー…あとぶどうも好きって言ってた!」
「んー…そっかぁ…ガラドアは何が好き?」
「ぼくはお肉!おやさいもちゃんと食べれるよ!」
「そっかー。どうせ作るなら、自分で食材採ってこよっかなー」
ガウは優しいから、オレが自分で食材を採って作った方が、一人で暮らししても大丈夫だって安心するかもしれない。
そう思っていると、ガラドアが楽しそうに、「エルタ、採りに行くの?今から一緒に行く?」と訊ねてきた。
「え…」
今ガウは席を外しているので、2人でこっそり採りに行くにはちょうどいいが、今は魔物の時間。外は真っ暗で、空には綺麗な星が輝いている。
いくらガラドアが一緒と言えど、ガウに内緒でこんな時間に出歩くのは心配だ。
「んーん。今日は寝る時にガウにベッドで寝てもらうようにして…それで陽が昇ってガウが寝てる間に、こっそり抜け出していってこようかな。ガウには秘密ね?」
そういうとガラドアは驚いた顔をし、オレの左腕をばっと握った。
「ダメだよ!陽が昇ってる時に外に出るなんて、危ないよ!人間に会ったらどうすの…?!」
ガラドアのあまりに必死な声や表情に、一瞬何を言われているのか分からなくなる。
人間が昼間出歩くのも人間と出会うのも、普通のことなのに…
「……人間と会ってもって……オレも、人間だし…」
混乱した頭でなんとかそう呟くと、ガラドアがはっとして手をゆるゆると離した。
「…ごめんなさい…エルタも人間だった…
エルタは怖くないのに…ガウに差別はいけないって言われたのに…ごめんなさい…」
ふるふると震え出したかと思うと、ガラドアはわーんわーんと大きな声で泣き始めた。
何が何だか分からぬまま、小さな体を抱きしめて頭を撫でたり背中をさすったりして慰めるが、「ごめんなさい、ごめんなさい」と謝りながらオレの服を濡らすばかりで、一向に泣き止む気配がない。
" 陽が昇ってる時に外に出るなんて、危ないよ!人間に会ったらどうすの…?! "
ガラドアの背中を撫でながら、その言葉とともに、ガラドアの今までの言動を思い返す。
オレと初めて会った時、ガウにオレが大丈夫なのかと聞いていた。
いつも遠くで見るばかりで、なかなか近づいてこなかった。
話すようになっても触れる度に驚いて、大丈夫か怖くないかと何度も確認された。
「………」
(もしかして…でも、そんな…)
自分の中にはじき出された答えに、血の気がサーっと引いていく。
オレはもしかしたら、ずっと、とんでもない思い違いをしていたのかもしれない。
泣き疲れて眠ってしまったガラドアをその場に寝かせて布団を掛けると、丁度ガウが帰って来た。
「今戻った。…なんだ、ガラドアはこんなところで寝てるのか」
「…うん。さっきまで泣いてて…そのまま寝ちゃって…」
「泣いた?ガラドアが?」
ガウがガラドアの寝顔を覗き込む。
ガラドアのいつもの愛らしい目は泣いたせいかいつもよりも赤く腫れていて、頬に涙の跡も見えた。
ガウはいつもの無表情をオレに向けたが、綺麗な赤い瞳はオレを攻めた様子はなく何があったのか心配しているように感じた。
「…オレが悪いんだ。陽が昇ってる時にガウに内緒で食材採りに外に出ようかなって言って、それでガラドアが止めたんだ。
陽が昇ってる時に外に出るなんて危ない、人間に会ったらどうすの…って…」
「……」
「…それで、オレも人間だよって言ったら、オレは怖くないのにごめんなさいって泣き始めちゃって…」
「…そうか…」
ガウがゆっくりと瞬きをしてから、長いまつ毛を伏せた。
早く真実を確かめたい気持ちに合せるように、どくん、どくんと鼓動が早まる。
「ねぇ、ガウ…オレ ガウに会うまでずっと、人間が魔物を怖がるのは当たり前だと思ってた。
今は考えが変わってるけど…それでも、前はそういうもんだと思ってて…
だからガラドアが「怖くない?」とか「大丈夫?」って聞いてくるのは、オレがガラドアたちを怖がってないか聞いてるんだって、ずっと思ってた」
「………」
伏せていたまつ毛を持ち上げ、ガウがこちらをしっかりと見据えた。
「…だけど、それは違ったんじゃない?
ガラドアはオレが怖がってるのを心配してたんじゃなくて…オレが怖い人間じゃないかを確認してたんじゃない?
ガラドアはずっと、オレが…人間が、怖かったんじゃない…?」
赤い瞳が揺れて、僅かな沈黙が生まれる。
「…あぁ、そうだ」
ぽつりと小さく呟かれたガウのその言葉は、静かな室内で確かに響いた。
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