12

「………なんで…」

人間が魔物を怖がるならまだしも…魔物が人間を怖がるなんて聞いたことが無い。

自分から聞いたくせに、それが本当のことだなんて信じられなかった。


「…お前は何故、魔物が陽のあるうちは寝て、夜活動するかを知っているか?」

「え…それは、魔物は日光が苦手だからでしょ?」

それは人間界での常識だったのですぐに返事をしたが、ガウはオレの言葉にゆるゆると首を横に振った。



「日光が苦手な魔物などいない。魔物が夜行動するのは、人間を避けるため…人間が、怖いからだ」

「………っ」


今までの常識を覆すその一言に、頭が真っ白になる。

人間を怖がってるのは、ガラドアだけじゃなく魔物全体?

人間は魔物を怖がって生活をしてるというのに、魔物も人間を怖がってそれを避けるために夜中生活してるというのか?

「…なんで…そんなの、聞いたことない…」

信じられない気持ちでガウを見るが、ガウの澄んだ赤い瞳は嘘をついているようには見えない。


「…我々魔物の世界では "人間に会えば命はない。見つかれば攻撃される。だから外へ出るのは夜だけ" …そんな風に言われている」

―…まるで人間界での教えと同じようなその言葉に、思わずひゅぅっと息をのんだ。



「なんで…だって、魔物の方が人間よりもすごく強いのに…」

「人間は、全ての魔物が人間を襲う凶悪なものと思っているだろう。だから人間は魔物を恐れ、自分を守るために武器を持ち歩くようになった。

…持ち歩くだけなら良かったのだが―…いつからか我々は何もやましいことをしていなくても 自分たちが"魔物"というだけで、人間に見つかれば銃を向けられるようになってしまった。

居住地域がばれてしまうと"魔物狩り"をされてしまうため、人間があまり立ち入らない森の奥に住居を変えた。

それでも活動時間が同じだとどうしても人間に遭遇し傷つけられてしまう者が後を絶たなかったため…人間の活動する時間を避けて、魔物は夜に活動するようになった」

「………」

信じられない言葉の数々に息もできないほど聞き入っていると、ガウが寝ているガラドアの横にそっと座り、優しく涙の跡を拭った。

「…それでも、被害が減ることはあっても無くなることはなった。

我々がどんなに気を付けていても、一部の野性的な魔物が人間界で暴れてしまうことがあるから…人間は我々を畏怖の目で見ることを止めなかったし、武器を持ち歩くことも止めることはなかった。討伐をしに夜の森へ攻め入ってくることもあった。

…私やガラドアの両親も、そんな人間に殺された。…だからガラドアは人一倍人間への恐怖心が強い」

「そんな…」


オレは貧乏だから銃なんて高価なものを持って森に入ることはなかったが、それでも村や町に住む人々が魔物に対する護身用に銃を携帯していることを知っているし、それは人間にとって当たり前のことだと思っていた。

もし自分がガウと初めて会った時に銃を携帯していたら…きっと間違いなく、銃口を向けてしまっていただろう。

―…自分に全く敵意を向けていなかったガウに。

それをオレは今まで当たり前だと信じていたんだ。

考えるだけでも恐ろしくなり、震えるのを抑えるように手のひらをぎゅっと握った。



「…なんで…そんなんされたら、魔物は人間を恨んでもおかしくないのに…

何でガウはオレを助けてくれたの?何で人間と共存したいって思えるの…?」

震える声を振り絞ると、ガウはじっとオレを見つめてから、赤い瞳をふっと細めた。

「元々魔物は無駄な争いを好まない。自分たちの力が強く、争えば相手を傷つけてしまうことをちゃんと理解しているからな。

…それに、私の場合は…両親の遺言もあるからだからだ」

「遺言…」


「ああ。両親が人間に撃たれ…死ぬ直前に言ったんだ。

『自分を撃った相手を恨むことがあっても、決して"人間"を恨んではいけない。嫌いになってはいけない。

そんなことをしたら、今 一部の魔物が人間を襲ってるせいで魔物全体が憎まれているのと同じことになる。

そんな馬鹿げたことは決してしてはいけない。

…人間とは言葉が通じるのだから、いつかきっと理解し合える日が来る。

そうすればこんな無意味な殺生はなくなるはずだ。

…だからもし自分の死を悔やんでくれるのなら、自分の意志を継いで、人間と共存できる世界を切り開いてくれ』と…」


「………っ」

その言葉に、胸が締め付けれ、堪えきれずに涙が溢れ出る。

今まで魔物は悪だと決めつけていた自分や、他の人間たち。

そのせいで罪なき魔物が傷つけられていた。殺されていた。

それなのに、人間と、分かり合える日が来ると…



「…ごめん…ごめん…オレ、そんなん、知らなくて…ごめ…っ」

何も知らなかった。全然知らなかった。

だけど知らなかっただけで、済まされることではない。

魔物狩りをする人間がいることを知っていたのに、オレは人間界での教えが正しいと信じて、知ろうともしていなかったのだから―…


涙が止まらず、嗚咽のせいで息も上手く吸えないでいると、ガウが立ち上がりそっとオレの頬に触れた。

「…お前は何も悪くない。お前は、こうして私の言葉に耳を傾けてくれて…胸を痛めてくれてるのだろう。

お前が優しい人間だということを、私は知っている。だから、泣くな」


ガウが自分を責めずに優しい言葉をかけてくれることが余計に苦しくて、涙が止まらなくなった。

「…でもっ…オレは、ガウに助けてもらったのに、最初、酷いこと、いっぱい言った…銃じゃなくても、言葉でいっぱい傷つけた。

銃だって…持ってなかっただけで…持ってたら、ガウを撃ってたかもしれない…っごめん…ごめん…っ」

「…謝るな。こうして、私の言葉を受け止めてくれるだけで嬉しいんだ。ありがとう…エルタ」

初めて呼ばれた自分の名前。

宥めるように背中を撫でられたかと思うと、そのままガウの腕の中に抱きしめられた。

嬉しい、苦しい、悲しい、悔しい、申し訳ない…色んな感情が駆け巡り、嗚咽が止まらなくなる。


「ごめん…っ今はガウのこと、すごい好きだよ。ガラドアも。

もう魔物を怖いなんて思ってない。傷つけようなんて、絶対思わないから…っ

オレもいつか、魔物と人間が、共存できる日が来ればいいって、今はそう思う…っ」

「…あぁ」

必死に言葉を紡ぎ出し上を見上げると、涙の向こう側でガウが優しく微笑んでくれたように見えた。



ここに来て、ガウに出会って、本当に良かった。

ガウに出会わなければ、そんな事実を知らずに、ずっと魔物に怯えたままだった。

魔物を差別したままだった。


(ありがとう、ガウ…)


オレを助けてくれてありがとう。

人間を恨まないでくれてありがとう。

人間を信じてくれてありがとう。

オレはこんなに温かい人を知らない。


ガウに会わなきゃ何も知らなかった。

…こんなに胸が焦がれるような気持ちも、ずっと知らないままだった。




翌日、陽が降りてすぐのガラドアがまだ寝ているような時間帯にシスさんがやってきて「もう家に帰って大丈夫。無茶しなければなんでもしていいわよ」とお墨付きをもらって、オレはとうとうこの家を去ることになった。

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