TOC 〜泣き虫ピエロには関わるな〜
ケラスス
第1話TOC 〜泣き虫ピエロには関わるな〜
本州最北端、繁華街の街、通称刃物街には、今日も得体のしれない外国人達や若者達で溢れている。
元々は刀鍛冶の街として栄えた街も、今や夜の街として栄えている。
そんな中に、場違いな学生服の少年が一人紛れ込んでいる。
彼は、進学校と名高い高校「第二付属高校高校」の生徒【田代五月たしろさつき】である。
シワひとつない紺色のブレザー、まるでアイロンかけたてのズボンから、彼の育ちの良さが見えてくる。
生まれて初めての夜の街、少年は道の端を目立たないように歩くが、挙動不審なその姿は、逆にここでは目立つのだった。
冷や汗をかきながら、通り過ぎる人と目が合わないように、少年は歩き回り、あるものを探していた。
それはものというより、人間達だ。
「T……O……C」
少年は歩き回りながら、呪文のように繰り返す。
彼のような育ちもよく、裕福な家の人間が、なぜこのような治安の悪い繁華街へこなければいけなかったのか。
それは彼が口ずさむ言葉、TOCと言われる人間達に会うためだ。
彼は力が欲しかった。
理由は簡単だ。
それは復讐であり、大切なものの尊厳を守るためだ。
田代五月の大切なものとは、幼馴染であり、初恋の相手。
同じ高校に通う少女【楠咲くすのきさき】のため、少年は決心したのだ。
五月と咲は、同じ病院で同じ日に生まれ、保育園から今までずっと仲のいい幼馴染である。
二人の両親が友人同士なのもあり、まさに運命的な二人が、年頃を迎え恋に落ちるのも必然なはずだったと、五月は思っていた。
小学校の高学年までは、あ互いに大きな心の違いはなかった。
しかし、心と体の発達が進むにつれ、元来奥手な五月はさらに内にこもるようになり、活発な咲はさらに外に向かっていき二人はあまり口を聞くことも減っていた。
五月が初めて咲に恋した日、五月は当時クラスの男子からからかわれていた。
気弱な性格、地味な見た目とひ弱な体のせいであった。
イジメに発展するまでは時間がかからず、ある日から、物を投げられたり、目立たない腹や脚などを攻撃されていた。
五月は始めの頃、自分がイジメにあっているとは思ってもいなく、何か自分がこの人達にしたのかとさえ考えていた。
どんどんエスカレートしていくにつれ、特に理由なく自分がイジメにあっていることに気づくと、彼はひどく傷つき、次の日から学校にはいかなくなってしまう。
両親は心配したが、五月が口を聞くことはなかった。
学校を休んで3日後の夕方、最近はあまり話もしなくなった幼馴染の咲が家にきた。
その日家に一人だった五月はインターホンのカメラに写っている人物をみて驚く、顔に絆創膏を貼った3人、咲と、自分をイジメていた男子達二人がいたからだ。
居留守を使おうとした五月だったが、幼馴染の咲にとって、この家に侵入する事など簡単だ、結局諦めた五月はドアを開ける。
「よお、さっつきいー!」
咲は豪快に笑うのだ。
「ごめんな、わるかったな」
「殴ってごめん!」
五月は耳を疑った。
自分をイジメていた二人、秀人ひでとと俊也としやが謝罪をしたのだ。
「私がガツンといってやったから!
明日からまた学校いこ!!」
咲の笑顔に五月は恋をしたのだ。
それ以来この四人は友達になり、高校も同じ高校に通う、まさに親友同士となった。
✿✿✿✿
「五月!遅れるよお!」
五月は咲の後ろを追いかけて走るが、運動音痴な五月にとって、女の子の後ろを追いかけるのもやっとだ。
「おっさきー!」
栗色の長い髪、日焼けした肌、背の高い男が五月の肩を叩いて走っていく。
「お!咲!」
短い髪を後ろに流して、ピアスをした筋肉質な男が咲を追い越していった。
ゲラゲラとダジャレで笑い自分を追い越し、咲に声をかける二人は、ヒデとトシだ。
高校に入り、夏になった。
相変わらず四人はいつも一緒に登校し、昼御飯も、下校も一緒だ。
五月はたまに思うことがある。
あの日、ヒデとトシの二人が家に来なかったら、咲が自分を助けてくれなかったら、きっと今頃は一人で学校にいき、トイレで弁当を食べて、明日が嫌になりながら下校したことだろうと。
この気持ちが届かなくても、今はそれでいい。
何事もない日常の中でも、咲とこの二人がいれば自分は満足だと、そう思っていた。
その日の下校も、いつもと変わらないように、コンビニでコーヒー牛乳を買って、四人で店前を占拠していた。
日も沈み、もう夜に入ったが、楽しい時間で四人はいつもたむろしていた。
駐車場に一台のガラの悪い車が止まった。
まるでトラックのような黒い車の横には青い炎の模様が描かれている。
降りてきた男が二人、やはりガラの悪い男達で、年は20歳くらい、一人は金髪にピアス、もう一人は黒い火のタトューをした坊主頭の男。
五月以外は気づいておらず、ゲラゲラと笑っていたのだが、その男達は明らかにこちらを意識していた。
なるべく見ないように五月はみんなに合わせていたのだが、ヒデとトシは昨日のボクシングの試合を再現して盛り上がっていた。
「そんでえ、ここで右フックが」
ガツンと、トシの振りかぶった肘が坊主頭の男の肩にあたる。
「あ、ごめ」
謝るまえに、坊主頭の男はトシを殴りつけ、止めに入ろうとしたヒデは金髪に腹を蹴られ動けなくなっていた。
「てめえ!
なにすんだよ!」
トシは立ち上がり殴りかかるが、男は前に出て、トシの顔面に頭突きがめり込んだ。
ヒデは金髪にずっと腹を蹴られ泡を吹いていた。
ヒデもトシも地元では喧嘩の強さで有名な二人で、そんな二人がいともたやすくやられて、五月は恐ろしくて動けなかった。
「やめてよ!
ごめんって言ってるでしょ!!」
咲が叫び、男達はさきを見る。
ヒデとトシはもう意識もなく、ただ倒れている。
「かわいいじゃん。
これからさ、俺らパーティーするからさ。
君も一緒に来てくれない?
そしたらこいつら許してあげるよ」
金髪の男は不敵に笑い、坊主頭の男は暗い笑顔を見せる。
「嫌ならいいけどさ」
坊主頭の男は五月の腹部に拳を深く突き刺し、五月はあまりの痛みに声が出ない。
「やめてよ!
わかったから!
もうやめてよ!」
五月は涙目の中で、咲が車に乗り込むのを目にしていた。
コンビニの店員が五月に声をかけ、五分としないうちに警察と救急車が来て、二人は運ばれていく。
五月はあまりの悔しさに、ただ涙を流していた。
自分にはなにもできず、ただ痛めつけられる友人をみていた。
好きな女の子は連れ去られ、もうすぐ奴らに弄ばれるだろう。
どうしたら、どうしたらいい。
ひたすら頭を回転させて、五月は一筋の希望をつかむ、それがただの噂だとしても。
警官が五月に声をかけようと近づいてきた時、五月は走った。
学校でたまに聞く、噂を思い出し、初めての繁華街へ向けて走り出した。
✿✿✿✿
「T……O……C」
まだ痛む腹部を抑え、五月は歩いている。
「あれ?
五月くん?」
聞き覚えのある声に、五月は振り向いた。
咲の高校でできた新しい友人、愛マナという女の子だった。
男子からは、学校内で最も人気があり、一番のスタイルをもつアイドル。
「風森、さん。
ごめん、今は急いでいるんだ」
内気な五月にとって、咲以外の女の子はまるで腫れ物だった。
いつもなら当たり障りのない話を聞くのもいいが、今はそれどころではないため、五月は歩き出した。
「五月くん?
ちょっと待ってよ、何かあったの?」
マナは五月の尋常ではない雰囲気を感じ、引き止めた。
五月は一言だけ話す。
「TOC、ピエロの人を探さなくちゃいけないんだ!」
そう言って、五月はまた、歩き出そうと強い一歩を踏みしめた。
「待ってよ!
なにがあったかわからないけど。
TOCなら」
ヴオオオン!
マナが何かを伝えようとした時、4台台のバイクが近づいて、マナの前で止まる。
「マナちゃんお使い?
送ってこうか?」
タンクトップにボウリングシャツ、身体中に蛇の彫りものをした男はマナに声をかけた。
「あんまりこの辺に来るなよ」
とても整った顔立ちで、面倒くさそうにその男はマナに声をかける。
「TOC」
五月は取り憑かれたようにつぶやく。
男達のライダースの背中にはTOCという文字と、笑顔で泣いているピエロの絵が描かれている。
五月が探していたもの、たった四人のバイク乗りのチームだった。
それは噂だとここの中で思っていた五月は、未だ信じられないという顔で立ち尽くす。
「お兄様、この方は私の同級生の五月君なんですが、お兄様達を探していたようです」
お兄様?
まさか自分が探していたものの身内が、学校のアイドルだった事実に、五月はさらに動揺した。
「そうなのか?
坊主、なにか厄介ごとか?」
にこにこした男が五月に声をかけた。
「は!
はい!
お願が!」
五月は事のあらましを話した。
なぜこの男達を探していたかは、彼らを見る街の人間の様子を見ればわかる。
街を歩くヤクザも若者も、皆が彼らの周りから遠ざかっていくのだ。
【TOC】
【ティアーズ・オブ・ア・クラウン】
泣き虫ピエロの四人。
この街の人間で、TOCという言葉を知らないものはいないだろう。
泣き虫ピエロに関わるな。
たった四人のバイク乗りの身内に手を出したものは、行方不明、謎の死、破産、逮捕、必ず不幸になるという噂だ。
「そうか、咲ちゃんが。
お前はどうしたい?
人に頼ってのんびりするのか?」
マナの兄は五月を冷たい目で見つめた。
「僕も探します!
お願いします。
僕も連れて行ってください!」
五月は強い目で答える。
なにもできずにいた五月はもういない。
「乗れよ」
ゴーグルをした男が五月に声をかけた。
「しんちゃん、気をつけてよ?」
しんちゃんと呼ばれる男は、はいよっといい五月を後ろに乗せる。
「いたよ。
ミリオンクラブだ」
メガネの男はマナの兄に伝えた。
「さっすがに早いね」
ニコッとマナの兄は笑い、走り出した。
初めてのバイク、五月は風の中を突き進んでいくような景色のなか、恐怖を感じながらも、このスリルに酔い初めていた。
ミリオンクラブは、繁華街の中にあるクラブだ。
治安の悪さは有名で、ジャンキーや不良のたまり場、DJは爆音の中でハイになりながらオーディエンスをあおる。
VIPルームがいくつかあり、すべての個室は防音となっている。
「かわいいね?
高校生?
ビデオ撮ろうよ」
咲は部屋の隅で警戒しながら、逃げ出すチャンスをうかがっていた。
しかし、部屋の入り口には3人の男達が塞ぎ、自分の周りには二人の男がいる。
完全に囲まれた状態で、咲はなかば絶望していた。
携帯もとられ、連絡手段もない。
「俺が最初だからな」
坊主頭の男が、ベルトを緩め近づいてくる。
「や、こないで!」
コンコンとノックがした。
「誰だよ」
金髪の男が近づいて扉を開けると、ガゴンとのけぞって、後ろに下がる。
扉の前には五月が立っていた。
「はあはあ、咲!
大丈夫か!?」
「う!うん」
絶望的な状況の中、現れた幼馴染をみて、咲は涙ながら無事を伝える。
「いてえな!
このが」
五月の後ろに男達が現れ、部屋の音達は絶句した。
「TOC」
「この街で!
婦女暴行は!
万死に値するうう!!」
般若のように恐ろしい顔をした男が叫び、四人の男達はなだれ込んだ。
「や!やれ!」
坊主頭の男が叫び、指をさしたとき、何かが男にまとわりついたように見えた。
「ヒイ!」
金髪の男が悲鳴をあげた先に、坊主頭の男の手足が折れ、倒れこんだ姿があり、その後ろにはにこにこと笑う男がたたずんでいた。
「こうちゃんはえぐいよね」
メガネの男は笑いながら、他の男の腕を折る。
金髪の男は後ろを振り返り、凍りついた、鬼の形相だった男が足を振り上げていたからだ。
頭から血が吹き、金髪が、赤く染まりながら、倒れこむ。
ゴーグルをかけた男が、ツルハシを振り回して二人の男の足に突き刺した。
「おいおい、ここで殺すなよ?」
部屋の中ではうめき声と泣き叫ぶ声だけがしていた。
「運ぶぞ」
さっきまでの鬼の形相など嘘のように、爽やかに男が言うと、倒れた男達を運んでいく。
「五月!」
咲は五月に抱きつき、子供のように泣いた。
「なるべく早く帰れよ」
ハンサムな男はうめき声をあげる男二人を引きずり、別れの挨拶をした。
「よかった、咲、なんともないか?」
心配そうな五月だが、咲にはわかった。
五月の顔は昼までの五月ではなく、男の顔になっていると。
「うん、ありがとう。
ヒデとトシは?」
大丈夫だと五月が言うと、咲は安心して笑う。
「あの人たちは?」
「泣き虫ピエロだよ」
咲はまさかあと言いながらも、背中の絵を思い出して、驚く。
「本当にいたんだね。
でも、関わると危険だって噂だよね」
「まあね、でも身内には優しいよ。
僕たちの知り合いに身内がいたみたいだよ」
マナには内緒にしてと頼まれていたので、五月はそれ以上は言わないが、五月は今なら言えることがあった。
咲に気持ちを伝えられると。
「咲、僕は、咲のこと」
咲は顔が赤くなるのをかんじた。
「うおおおお!」
「どりゃあああ!」
その時、包帯を巻いた、ヒデとトシの間抜けな二人が邪魔をして、結局伝えることはできなかった。
帰り道、いつもの四人だが、五月の小さな変化に全員が気づいていた。
弱々しい五月はすでになく、そこには一人の男としての五月がいることを。
翌日、河原で燃えた車と、何人かの男がひどい怪我をした状態でみつかったが、誰一人として口を割らなかったこと、酔っ払いのバイク乗りの男達が全裸で交通整理をしていて捕まったことが学校での新たな噂となった
この街の人間で、TOCという言葉を知らないものはいないだろう。
泣き虫ピエロに関わるな。
たった四人のバイク乗りの身内に手を出したものは、行方不明、謎の死、破産、逮捕、必ず不幸になるという噂だ。
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