第6話 ドライブとトラブル

 車での配達や趣味でバイクで走り回っているとトイレ問題というのは結構切実で、行動範囲内のトイレが使える施設は事あるごとにチェックしている。

 その中にもカテゴライズがあって、最低ランクは公園のトイレ。他にもウォシュレットがついてるか否か、店員に許可を求めなくてはならないか勝手に入れるか、トイレの個室は幾つあるか、また綺麗かなどで細かく分かれている。

 ニトリのショッピングモールはその中でも最上ランクに近く、店舗の一部が開き始める朝8時から使えて、清潔度も極めて高い。

 朝のガラガラな駐車場、ちょうど良く店内入り口から最短距離の場所に駐車することが出来た。

 

 「だから戻ってって言ってるでしょー!どこよここ!」

  

 少女は運転席の背をガンガン蹴り、合間にドスドスと車内のフロアを踏みしめる。俺はカーテンを開けて言った。

  

「トイレ休憩だ。一緒に行ってやるから」

 

 少女はさっきから赤い顔を更に赤くして、何事か呟いていたが、寄る排泄本能の波には勝てないらしく、「ん」とだけ言ってシートを叩く手を止めた。

 車を降り、横のスライディングドアを開けて少女に手を差し出した。

 自分の意志で部屋から外に出るのはどれぐらいぶりか、恐る恐る顔を出して外を見回していた少女は「はうっ!」と声を上げてジャージジボンの前を押さえ、俺が車の中に作った部屋の中から飛び出してきた。

 そのまま俺の背にしがみつき、顔を隠す少女。拳で背をドンドン叩くので、背中に少女を捕まらせたまま歩き出した。

 

 少女を背に貼りつかせた二人羽織みたいな姿で店内に入った。

 人目を引くと思いきや、開店間もないショッピングモール。数人の店員が忙しく働いてるのが見えるだけで客は見当たらない。

 少女のが無理なく移動できるようにそっと歩き、入り口のすぐ横にあるトイレに向かった。

 「ほら着いたぞ、行って来い」

 駐車場からここまで数十m。団地暮らしの俺からしてみれば同じ棟の中くらいの距離が、少女にとって随分遠かったらしく、俺の背を強く握り締め息を切らしていた。

 少女は背中に押し付けていた顔を剥がし、チラっと女子トイレの入り口を見た。それからもう一度俺の背に顔を埋め、俺を女子トイレに押し込んだ。

 トイレの中まで一緒に行くことになった俺は、落ち着かない気持ちで周囲を見回す。幸い客も店員も居ないけど、もし外から誰かが入ってきたら、今まで品行方正に生きてきた積もりの俺は犯罪者ってことになるんだろうか。

 少女は俺がトイレの中にまで付き添ってきた事よりも、動揺して挙動不審になっているみっともない様を見て少し落ち着きを得たらしく、俺を突き飛ばしてトイレの個室に入った。

 何度か借りたことのある少女の旧い日本家屋のトイレよりだいぶ綺麗で設備の整ったトイレ。個室の中から必要以上に水を流す音が聞こえる。女子トイレというものに入ったのは小学校の時の校内鬼ゴッコの時以来だが、なんだかいい匂いがする。

 だからといって今の危険な状況が去ったわけではない。俺は個室とトイレの出入り口、いざって時に逃げ出す窓を交互に見ながら少女の用が終わるのを待った。

 外に出ることを恐れていた少女の気持ちはこんなものだったんだろうか?そう思ってたら個室のドアが開き、少女が出てきた。憑き物が落ちたようなサッパリした顔。気弱になった俺が早く出ようと目で訴えるのを横目で見ながら、悠々と手を洗っている。

 

 やっと女子トイレから出たことで、俺は溜め息をついた。そう思った途端にトイレ掃除のおばちゃんとすれ違い、思わず顔を少女の背で隠した。

 少女は俺を見て、外の世界を見回して、プっと笑い出す。出先でのトイレを無事済ませたことで免疫が出来たのかもしれない。

 相変わらず黙ったまま俺の後ろを歩く少女の表情を盗み見たが、さっきまでの切迫し怯えた顔よりも余裕が出来たように見える。少なくとも俺の背に頼らず自分で歩いてる。ひな鳥の世話をする母鳥の気分になった。

 ショッピングモールのスーパーマーケットを指差して言った。


「旅に必要なものがあったら買ってくか?」


 食料は車内のクーラーボックスに充分あるが、少女の格好はジャージ上下にくたびれたフリースとサンダル。外で見かけなくもない服装だが、よそ行きと言うには無理のある姿。

 少女は、早くも特売目当ての客をちらほら見かけるスーパーマーケットの店内を見て、目をそらした。それからまた俺の背に顔を押し付けた。


「早く行こう、早く」



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