第9話 身だしなみ
時間は正午。軽ワンボックスでは少し荷の重い山中の坂道を抜け、行程の半分ほどに達する御殿場市に近づきつつあった。
昼寝と言うには早い時間のひと眠りをしていた少女が目覚めたらしく、真っ先にノートPCを点ける様子がルームミラーに映っている。
ネットのチェックを終えた少女は、車内後部の座椅子に座ったまま俺に言った。
「お腹減った、あとトイレ」
ショッピングモールでのトイレ休憩から考えるとだいぶ進化したらしい少女。俺もトイレに行きたかったので、案内看板を見て見つけたロードサイドの真新しいデパートに車を乗り入れた。
上階の駐車場に車を停め、外に出て横のスライディングドアを開けると、少女が自分で出てくる。並んで歩き店内入り口からデパートに入った。
相変わらず女子トイレ入り口まで付き添わされたが、少女は一人でトイレに入った。俺もトイレを済ませ、二人で駐車場フロアに戻ろうとすると、部屋着のまま来た少女は自分のジャージを摘んでいる。
「何か必要な物があったら買って行こうか?服とか」
少女は俺を上目遣いに見ながら言う。
「やっぱヘン?」
服を買いに行く服が無い。という昔のCMコピーを思い出した。とはいえ俺もジャージのまま出かけたりするし、町田の市街地に行くと俺と同じくらいの高校生がジャージをお洒落に着てたりする。少女の問いに逆に問い返した。
「その服で会いにいくのか?」
そのアニソンフェスが少女にとって大事な物なら、気の抜けた格好で迎えるべきじゃない。俺だって初めて自分の原付を買った時は、取っておきのツナギとフルフェイスヘルメットでバイクショップに受け取りに行った。
少女はぐぅっと息を詰まらせて、婦人服のフロアを見渡し始めた。
自分の好むものだけを見せてくれる通販サイトとは違うデパートの風景。情報入力の多さに酔ったらしくフラフラしている。あれこれと考えていた少女は婦人服コーナーを通り過ぎ、子供服のコーナーで幾つかの服を手に取った。
ジャージ。フリースの上着。体育で履くような布の運動靴。
「わたしはこれ」
自分の意志で選んで部屋に閉じこもった少女、これが少女の偽らざる姿。恥じることの無い格好だというなら何も言うことは無い。
少女は俺をチラっと見て、それから言う
「ねぇあれ何?」
俺が少女の指差す方向を見てる隙に、少女は子供用のパンツとスポブラを手に取った。バレバレの動きにちょっと可愛いとこもあるな、と思ってしまった。
服の会計。俺が丸々貰っちゃおうとした一万円の旅費の中から出すのかな?と思ってたら、俺と一緒にレジに並んだ少女が携帯で支払う。
トイレと買い物を終えた俺と少女は、デパートの駐車場に停めた軽ワンボックスの中で昼食を取った。
まだ外食は少女にとって困難だろうし、少女のお婆ちゃんが用意してくれたクーラーボックスの中の食料は出来るだけ食べ尽くさないといけないと思った。
少女はクーラーボックスの中を探り、俺にサンドイッチの包みと紅茶のポットを渡してくれた。少女も同じ昼食を取って食べ始める。
俺は運転席。少女は後部の座椅子。お互いまだ同じスペースに居ても負担にならないくらい親しいわけじゃない。
空調を使うためエンジンをかけたままのワンボックス。俺が運転席のラジオを点けると、少女がノートPCのスピーカー音量を上げ、聞いたことのない女性バンドの曲を流す。
少女の話では、これから富士アニソンフェスまで聞きに行くのはこのバントだという。正直ずいぶん古臭いガールポップって感じで俺には魅力がわからなかったが、一つの車の中で同じお弁当を食べ、同じ曲を聞くというのは悪い気分じゃない。そのバンドの曲までもが何だかいいものに聞こえてくる。
少女の祖母手作りの見事なサンドイッチを食い、いい香りの甘いミルクティを飲んで一息ついた俺は、軽ワンボックスでデパートを出た。
富士山は、もう目の前。
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