第4話 外出無き旅行

 それからの数日間、俺が少女の部屋までコーヒー牛乳を届けに行く日は続いた。

 少女はあれ以来ほとんど話さないようになり、俺が差し出したコーヒーを早々に飲みきると、義務は果たしたと言わんばかりの態度で俺に背を向けてネットの掲示板や通販サイトを見ている。

 日曜で配達が休みになる前日、土曜の朝に俺はいつも通り牛乳屋の軽ワンボックスを乗りつけた。

 今日も老婦人は居ない、形だけのノックをした後で鍵の開いている玄関の引き戸を開けて、引きこもり少女の部屋の襖を開ける。

 中からの返事は無い。少し待ってから襖を開ける。少女は座り机の前のスペースに倒れていた。

 毛布を体に巻きつけ、普段は尻の下に敷いている座布団を枕にしている少女。

 急病か何かかと思い顔を覗き込むと、目線だけでこっちを見る。

 

「大丈夫か?」

「別に」

 

 少女はそれだけ言って、毛布を頭から被った。

 今朝はいつもとは違う状態になるのは何となく予想がついていた。今日は少女の聞きたがってたアニメバンドのイベントが行われる当日。少女は今日も家の中。薄暗い部屋のPC前でふてくされてる。でも、今日は俺も昨日までとは違う。寝転がる少女に言った。


「行くぞ、富士アニソンフェス」


 少女は毛布から顔だけ出して俺を見る。恨みっぽい目は涙で潤んでいる。


「行けたら苦労しないわよ!だって行けないんだもん!出られないんだもん!しょうがいじゃない!」


 俺は毛布の中で手足をバタバタさせる少女より、その部屋にある物々に視線を走らせつつ言った。


「出られないんなら、出なくていい」


 俺はそれだけ言うと、ちょうどよく毛布で梱包された少女を抱え上げた。

 満杯の牛乳箱二つを積み込むのに比べれば軽いもの。しかし少女は暴れ、叫ぶ。


「ダメって言ってるでしょ!出なきゃいいって、ほら出ちゃったじゃない!やめろこの変態!おばあちゃ~ん!」


 俺は泣き叫ぶ少女を、横のドアを開けっぱなしで家の前に停めた軽ワンボックスの中に放り込んだ。牛乳みたいに割れないのはいい。


「やめろお願いやめてってばぁ!助けてハイエースされるー!」

「ハイエースでなくて悪かったな、目ぇ開けて見てみろ」


 普段は牛乳が積まれている軽ワンボックスの後部は、部屋らしき物になっていた。

 畳が一枚敷かれていて、窓には厚手のカーテンがかかっている。

 軽自動車とはいえ人ひとりが広々と寝っ転がれる配達用ワンボックス車の後部スペース。

 右側は細長いテーブルになっていて、進行方向に対して横向きになるような形で座椅子が置かれてる。


 一度少女の部屋に引き返した俺は、少女が使ってる無線LANのノートPCとスマフォをテーブルに置いた。少女は知らない場所に連れてこられた猫のように車内を見回している。


「これで、富士山まで行くの?」


 半分閉じたスライドドアから顔を突っ込んだ俺は、俺は普段の配達で乗りこなしているホンダ・アクティのボディを叩きながら言った。


「この部屋の中でいつも通りにしていればいい、外が勝手に富士アニソンフェスの会場になってくれる」

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