境界の無い物語
- ★★★ Excellent!!!
『遺書』というキャッチコピーどおり、これは1人の男の或る顛末を描いた作品である。
いや、もしかしたら作品ではないのかもしれない。何故なら、文章のどこにも「これがフィクションである」とは明言されていないのだから。
どこにでもいるような、どこにでも落ちているような、ドロップアウトしてしまった男の独白。綴られていく言葉は、虐げられた自らの経験と浅慮を語るうち、やがて更なる深みへと沈んでいく。
そして、それが如何なる人間にもけっして赦されることのない領域に踏み込んだ瞬間、物語は読者の足を掴み、男の持つ暗闇の中へ引きずり込もうと一斉に襲い掛かる。
少しでも共感した瞬間に、もう二度と戻れなくなるだろう。
何故なら――「これがフィクションである」という保証はない。
1人の男の口を借りた瞬間に、虚構と現実の境界線は引かれることなく消えてしまった。
明日は我が身。
物語を読み終えた瞬間、暗闇はぐるりと私たちを取り囲む。