七回目(鎮魂)
「テス、テス。只今マイクのテスト中」
スマートフォンの中で、彼女が恥かしそうに可愛い声を上げる。
宮城県名取市立閖上中学校。
翌日行なわれる卒業式の準備のために、生徒会役員である僕達はかり出されていた。
背景にある体育館の時計は、まもなく十四時四十五分を指そうとしている。
彼女はマイクのスイッチを切ると、僕のほうを見て、ふいに目の色を変えて近づいてきた。
「どういうつもりよ。学校でスマートフォンを出して、動画を撮るなんて」
「いいじゃん。来年の準備の参考になるし」
「――本当にそれが目的なの?」
「うん、そうだよ」
彼女は近づいてきた時よりも機嫌が悪くなった。
「先生に没収されても知りませんからね」
未だに動画を撮影している僕に向かって、彼女は顔を顰めて舌を出した。
小さい時から知っている。
家が隣同士で、殆ど兄妹のように育った。
夏は閖上の海に行って、遊泳禁止の荒い波打ち際で貝を拾った。
冬はたまにしか降らない雪で雪合戦をして遊んだ。
小学校の高学年になるとお互いに意識して、外ではなかなか一緒にいることはなかったが、家に帰ると隣の家の窓からはいつも彼女の笑顔が見えた。
彼女の姿をカメラで追いながら思う。
この卒業式が終わればお互い三年生。
そろそろステージを一つ上げてもよい頃だろう。
彼女はステージ下のマイクに歩み寄る。
「テス、テス。只今マイクのテスト中」
再び可愛らしい声が聞こえてきて、僕は思わず微笑む。
カメラに映った時刻は、十四時四十六分を過ぎていた。
二〇一一年三月十一日、十四時四十六分十八秒。
僕の時間は一旦そこで止まり、未だに動き出す気配はない。
そして、大切な記憶もあの日から掌の中でしか動かない。
*******************
全ての魂に救済を。私は決して忘れません。
只今マイクのテスト中 阿井上夫 @Aiueo
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