COREの鼓動

鳴神蒼龍

第1話 ピノピナ

 ――そう遠くない未来


 また仲間が消えた。

 マリアが目を覚ますと、昨日まで一緒にいた仲間の数は激減していた。

 ひとり、ふたり、さんにん……。

 百人以上いた仲間も、いまでは七人ほどに減ってしまっていた。

 あたりを見回しても、山のように積まれたゴミばかりが視界に飛び込んでくるだけだ。トラッシュマウンテンと呼ばれているゴミ山で暮らしているマリアは、ゴミのなかから見つけたビニールや缶を売って生きていた。ここに住み着いているのは孤児ばかりで、マリアを含め、ほとんどの子供たちが物心ついたころから、身を寄せ合って生きていた。

 しかし、数日前から仲間たちが、どんどん消えているのだ。

 理由はわからない。一晩に十人以上消えることもあれば、二、三人のときもある。

「お姉ちゃん」目を覚ました弟のレイが抱きついてきた。「またいなくなったの?」

 マリアはなんとこたえていいかわからなかった。ただでさえ、怯えているレイをこれ以上、不安にさせたくない。

「またきこえてたね」レイがマリアの体に顔をうずめる。

 ここ数日、夜になると、どこからともなく子守唄のピノピナがきこえてくるのだという。消えてしまった仲間たちは朝になるたび騒いでいたが、マリアはきいたことがなかった。どうして、あたしだけきこえないのだろう。たしか、ピノピナがきこえるようになってから、仲間たちがいなくなり始めたはずだ。そう不思議に思いながらも、マリアはレイの手を引いて歩きだした。 

 なんとしてもレイだけは守らないと。

 胸が軽く痛む。

 マリアの胸は膨らみ始めていた。

 自分の年齢なんてわからないが、あたしも大人になる年なんだろう。おそらく、ここに住んでいる子供たちのなかでは最年長だ。

 こんな生活から抜けだしたい。レイだけは学校にいれてあげたい。そのためには、ゴミ山を抜けだした仲間のように、体を売らないといけないのだろうか……。

「食べな」

 路上に立っていた女がレイに飴を渡そうとする。

 マリアは受けとろうとしたレイの腕を引っ張った。

 昼夜問わず、このあたりでは露出の多い服を着た女たちが男を求めて立っていた。

 顔をそむけたマリアが逃げるように彼女たちの前を横切る。あんな人間にレイを関わらせたくない。

 ときおり、札束を見せびらかした大人に声をかけられることがあった。白人や黄色人など、肌の色が違う大人が多かった。けれど、マリアが札束を手にとることはなかった。札束を受けとった仲間がどうなっていったかを見てきたからだ。札束を受けとった彼女たちは初めこそ、その大金に浮かれていたが、すぐに性病や妊娠で苦しむようになり、産まれた子供をトラッシュマウンテンに捨てていくのだ。そして、あたしたちのような子供が増える……。

 レイを育てなくてはならないが、いくらお金のためとはいえ、あたしはそんなふうになりたくない。あたしにはあの女たちのようなことはできない。

 そう考えながらも、ハンバーガーショップからでてくる客にマリアは笑みを浮かべた。客のほとんどはこの国の紛争目当てにやってきた人間で、外国からの兵士やジャーナリストと呼ばれる記者たちがほとんどだった。

 彼らはあたしたちを見ただけで、涙をこぼし、食べ物を恵んでくれる。こうして立っているだけで彼らは食事をくれるのだ。住む場所もないマリアたちにとっては貴重な食事だ。

 いつもは仲間が殺到して簡単に食事にありつくことはできないのだが、きょうはマリアたちしかいなかったため、簡単に食事にありつけた。兵士からもらったハンバーガーをレイと分け合う。多めの食事にありつけて嬉しい反面、仲間たちがいないのはさびしい……。

 ひさしぶりに満腹感を味わったマリアはレイとともに仕事にとりかかった。


「どこにいくの?」レイが不安げにたずねる。

「きょうは違うところで寝よう」

 日が沈み、ゴミを漁るのをやめたマリアは夕食を食べ終えると、残された仲間とともに新たな寝床を探していた。いつものように、トラッシュマウンテンで寝起きしていたら、レイまで消えてしまう気がしたマリアは別の場所で寝ようと思ったのだ。

 マリアたちが歩いていると、すぐに廃墟街へとたどり着いた。

 目についた建物へ入る。なかは埃まみれだったが、そこは簡易ホテルだったらしく、ベッドが放置されていた。

 ここだったら、寝るのに困らないだろう。いや。いままで住んでいたほったて小屋より、ずっとマシかもしれない。これからはここを寝床にしてゴミを拾いにいこう。

 そう考えながら、マリアは仲間たちに布団を一つの部屋へ集めるよう指示した。同じ部屋で寝れば、知らずに彼らが消えることもないだろう。目を覚ましたとき、仲間が消えているのは辛い。

 隣の部屋から自分と同じぐらいの大きさの布団を運んできたレイがマリアの横に布団を置く。

 その姿はひどく愛おしかった。

 レイだけでも守らないと。

 布団をかき集めたマリアたちは横になった。

「みんな、どこに行ったんだろうね」仲間のひとりが話しかけてきた。

「わからないよ」マリアが隣に寝ているレイを撫でる。横になったレイは布団に入るとすぐに眠りについていた。「けど、あたしたちだけでも、生き延びなきゃ」

「そうだね」話しかけてきた仲間は目を閉じた。

「おやすみ」マリアがつぶやく。けれど、マリアは寝ないつもりだった。

 寝ている間にレイを失いたくなかったからだ。いや。レイだけではない。ともに育った仲間たち。ここにいるのはマリアの家族なのだ。なんとしても、彼らと離ればなれになるわけにはいかない。

 そのとき、外にけはいを感じた。

 マリアの体に緊張が走る。そっと周りを見回したが、仲間はすでに眠りに落ちていた。何者かが仲間をさらいにきたのだろうか。そう思案していたマリアの耳に猫の鳴き声がきこえてきた。

 なんだ、ネコか。マリアはほっと胸を撫でおろした。最近、猫の鳴き声を耳にすることが多い。トラッシュマウンテンだけでなく、廃墟にも住みついているのか。まぁ、こんな廃墟街があったら、猫も住みやすいだろう。安心したのか、マリアは睡魔に襲われた。ダメだ。ここであたしが寝たら、レイを守る人がいなくなってしまう。必死にマリアは睡魔と挌闘していたが、睡魔の誘惑には勝てなかった。

 うすれゆく意識のなか、マリアの脳内では猫の鳴き声がこだましていた。


 マリアが目を覚ます。

 迫りくる睡魔に勝つことはできず、マリアは眠りに落ちてしまった。

「レイ!」マリアは声をあげたが、すでにレイの姿はなかった。

 マリアがあたりを見回す。レイだけではない。仲間の姿も消えていた。

 飛び起きたマリアは建物のなかを探したが、誰ひとり見つけることはできなかった。

 マリアの瞳から涙がこぼれる。 

 ……どうして、あたしも連れて行ってくれなかったのだろう。また、ピノピナがきこえてきたというの。……一体、どうしてあたしだけにはきこえないの……。

 ひとりぼっちになったマリアは耳をすましたが、子守唄がきこえてくることはなかった。

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