第2話 CORE(コア)
戦場にきて三ヶ月が過ぎた。
いや。正確にはここは戦場ではない。紛争地帯だ。洗濯物を干しながら新田正義(にったまさよし)が思う。
一体、なにが悪かったのだろう。就職することができなかった新田は四年生を三度も繰り返した。就職では新卒じゃないと不利だったため、単位をわざと落として留年したのだ。頭ではおかしなことだとわかっていたが、周りと同じように新田も留年しては就職活動を繰り返していた。
けれど、就職先が決まることはなかった。
落ちるたびに自分を否定された気がした。誰にも必要とされていない気がした。
あからさまに親は失望した顔を見せ、新田は奨学金を返済するためにきいたこともなかった国へとやってきたのだ。紛争地帯で働きたいと思ったわけではない。紛争地帯でしか仕事が見つからなかったのだ。
高齢化社会となった日本の仕事は高齢者に独占され、若者の代名詞だったフリーターは、定年退職した高齢者たちに奪われてしまった。どんな仕事も経験者が優遇され、働いたことのない若者より、元気な定年退職者を採用していた。そして若者はバイトにすらありつけない状態となっていた。
年金をもらうことのできない高齢者に生活保護は優遇され、『若いなら働ける』という理由で若者は保護もされない。そんな日本では若者の餓死者が相次いぐようになっていた。医療技術が発達した日本では、老衰で死ぬ高齢者よりも、餓死する若者の方が多いのだ。
そして、新田のように仕事に溢れた若者は紛争地帯へ向かうことになった。
そんな彼らは『CORE(コア)』と呼ばれた。金だけでなく、人材も日本はだしている。そう国際社会にアピールするためだけに集められた、なんの訓練も受けていない派遣兵士。彼らは武器を持つことができないなど、さまざまな制約があった。
ピンと張られた洗濯物が風に揺れている。洗濯物を干し終わった新田が洗濯カゴを回収する。これでよしと。最近、やっとここでの生活にも慣れてきた。ここにくる前にCOREの特殊性はきいていたが、まさか訓練もせずに紛争地帯にやってくるとは思わなかった。
新田が憂鬱げにため息をつく。きょうはこの後、料理も作らないといけないのだ。長年、実家で甘やかされて育った新田は料理を作った経験もなかった。きょうのメニューはたしか、カレーライスだ。カレーの作り方を頭のなかでおさらいしていた新田が笑みをこぼす。武器どころか、怖くて包丁も持てない人間が紛争地帯にきていることが急におかしく思えたのだ。
新田が食堂へ駆けだそうとしたとき、近くの草木が揺れた。
新田の体に緊張が走る。
基地にいるとはいえ、ここは紛争地帯だ。なにが起こっても不思議ではない。それに、傭兵でも軍人でもないCOREを毛嫌いする人間も大勢おり、自分の腕を自慢するためだけにCOREを殺そうとする人間も少なくなかった。
けはいを殺した新田が、余った物干し竿を手にする。武器を持つことを禁じられているCOREの新田は身の回りの物を武器にするしかないのだ。物干し竿が武器になるのか、と笑うやつもいるかもしれないが、使い方次第ではなんだって武器になる。ペンは剣より強し、なんていうが、ペンを敵の目に突き刺せば、そのまま脳髄にまで届いて、死に至らしめることだって可能だろう。
少なくとも、物干し竿はナイフよりも射程距離が長い。
「誰だ?」如意棒のように物干し竿を構えた新田が声をかける。
返事の代わりにむせるような咳払いが聞こえてきた。
……敵ではないのか? 困惑しながらも、新田が物干し竿で草木をかきわけると、人影が倒れてきた。
ひっ。新田が思わず小さく声をあげる。
倒れてきたのは背の低い、白髪の老人だった。
血まみれだ。
「あっ、あっ……」老人がうめき声をもらす。
新田は、白髭から覗いた顔に見覚えがあった。
時々、足を運ぶバーのマスター、アセスだ。
「だ、大丈夫ですかっ?」物干し竿を放りだした新田がアセスを抱き起こす。「い、一体、なにがあったんですか?」
しかし、新田を見つめるアセスの目は虚ろだった。
「アセスさん! アセスさん!」
アセスの震える口が開く。
新田はアセスの口元に耳をやった。
「……こ、鼓動」やっとのことで、そういったアセスは意識を失った。
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