第14話 潜入
これなら楽勝だ。
深澤たちとともに、船内を探索していた新田が思う。数十名の傭兵たちが警備に当たっていると思われたため、子供たちを探すのには細心の注意をするよう深澤に告げられた。たしかに、何度か傭兵たちにでくわしたが、お世辞にも彼らはプロとはいえなかった。
近年にいたるまで、戦闘機、戦車など、抑止力のために最新兵器の開発が盛んに行なわれたが、ある一定値を越えたあたりから開発が滞るようになった。ほとんどの研究が、何年もかけて一万発撃てる銃を一万一発撃てるようにするような、傍目からは変化に気づかないようなものとなってしまったのだ。
無論、こういう研究の積み重ねがイノベーション、革新的な発明へとつながるのだが、あまりにも費用対効果が悪く、高騰しすぎた防衛費を許すほど、世界の財政は緩くなかった。
予算削減を迫られた各国の防衛は民営化され、手持ちの軍隊から防衛会社の傭兵へとシフトしていった。そして、軍隊を維持する予算がほかへ費やされるようになった。
しかし、その決断は必ずしも功を奏したわけではない。
防衛会社は、宣伝のために最新鋭の武器を次から次へと購入し、莫大な広告を打った。そして、莫大な宣伝費の穴埋めは人件費へとのしかかってくる。訓練された傭兵は金がかかる。全員が全員、素人というわけにはいかないが、全員が全員、プロでなくてもいい。国や軍隊に忠誠心もなく、戦場へ行く人間は金に困っている人間が多かった。防衛会社のスカウトマンは生活に困っている人間に目をつけるようになった。
戦争が起こるたび、都市部のホームレスの数は激減した。彼らは生きるため、いや、その日の食料を得るためにわずかな賃金で戦場へ行った。
無論、昨日までホームレスだったような人間が戦場で活躍するようなことはなく、そのほとんどが、倉庫整理や遺体運びなどの雑用に当てられた。
生活に困っているのはホームレスばかりではない。高騰しすぎた授業料の奨学金を払うことができない、職にありつけなかった大学の卒業生もスカウトマンの餌食となった。なかには誰もがきいたことのあるような一流大学の卒業生も少なくなかった。彼らは学歴が高すぎるという理由で就職できなかったのだ。大学だけでなく、大学院まで卒業した立派な人間を自分のような中小企業で働かせるわけにはいかない。そう引け目を感じた会社たちに雇用されなかった彼らも、勉学に集中するために借りた奨学金を返済しなくてはならない。住民情報やカルテなどのデータが統一されたいま、一度でも返済が滞ると、これからの人生に多大なる影響を及ぼしてしまう。仕方なく、彼らの足は戦場へと向かった……。
適された場所へ配置されれば、彼らの知識や知能を使って素晴らしい功績を収めることができたかもしれない。いや。もしかしたら、戦争を止めることだってできたかもしれない。
しかし、各々の能力など関係なく、ただただ、右から左へ派遣するだけの状態では彼らの能力など誰にも知られぬまま、若いという理由だけで最前線に送られた。彼らのなかには、飛び交う銃声に怯え逃げだすものも数多くいた。
悲しいが、お金を貰っているからプロとは限らないのである。
無論、生きるのに困らない程度。いや。生きるのにも困る程度の賃金でプロ意識を求めるのに無理がある。
こうして、割を食うのは雇われたものだけではない。
過去にアメリカのとある州がハリケーンに襲われたことがあった。
しかし、警察や消防署は被災者たちを救わなかった。
その州では警察や病院などの機関ですら民営化されていた。そして、利益重視のため、緊急事態のときのために維持しておいた、ありとあらゆるライフラインを経費削減の名のもとに切断してしまっていたのだ。被災者たちを助けたくても、助けられないというジレンマに職員たちは葛藤し、株主たちは胸を撫でおろした。
なぜ株主は胸を撫でおろしたのか。もし、ライフラインが生きていたら、たくさんの被災者が助かったことだろう。しかし、それは莫大な費用がかかるという前提のもとだ。経費が多くかかれば、売り上げが減少し、株主たちの配当も減ってしまう。彼らにとっては、被災者を助けない方が儲かるのだ。
予算削減という名目を盾に、警察、病院等、損得勘定だけで動いてはいかない機関というものが資本主義の餌食となってしまった。
COREだって、その象徴だ。派遣兵士の多くは日本で職にありつけなかったものたちが、自衛隊たちの補助として派遣されている。彼らもここにくる前までは、訓練も受けたことのない一般人だったのだ。武装しているからプロとはいえないのだ。
はっとした新田が体を物陰に引っ込める。
傭兵が近づいてきているのに気づいたのだ。
銃を持った傭兵はあたりを警戒するでもなく、だらだらと通り過ぎていった。
「大丈夫か」
「ええ」たずねてきた深澤に新田がうなずいた。「どうやら、出航して気が抜けているみたいですね」
傭兵たちにとっては、子供たちを船に連れ込むまでが勝負だったのだろう。出航したいま、その警戒心はあってないようなものだった。その証拠に、新田はすでに酒を口にしていた幾人かの傭兵たちを目撃していた。
「素人の傭兵ばかりみたいですね」
「お前だって、ここへきてから三ヶ月も経ってないだろう?」
深澤の言葉に新田が笑う。「そうですね」
二人のやりとりを遮るように佐藤が告げた。「行こう」
あたりを伺っていた佐藤が前方の部屋へと入っていく。新田は自分に言いきかせた。無駄話をしているひまなどない。事態は一刻も争うのだ。
佐藤を追って、部屋に入った新田の耳に重低音が響いた。
そこには無数のパソコンが並べられており、船内のようすをモニターで確認することもできた。
ここに人がいなくてよかった。もし、人が駐在していたら一発で新田たちの姿が発見されていたことだろう。
佐藤がパソコンを操作している。COREとしてここへくる前、佐藤はプログラマーとして働いていたときいたことがある。しかし、過剰な低予算で仕事を引き受ける諸外国と、自動でプログラムをプログラミングするシステムを搭載したパソコンがでてから、仕事がなくなったのだ。
新田は佐藤の動きを目で追ったが、佐藤がなにをしているかまではわからなかった。
「よし」佐藤がパソコンを操作しながら告げる。「これで防犯カメラの映像はループするようになりました。これで私たちが廊下を歩いても映像に写ることはないでしょう」
新田がモニターを確認するも、特に異変は見当たらなかった。いや。異変がないことがうまくいっている証だろう。
「どうやら、ここからモスキート音(おん)を流す操作ができるみたいですね」
「え?」深澤が佐藤にたずねる。
船の昇降口のようすがモニターに写されている。
新田は船の入り口にスピーカーが設置されているのに気づいた。「あれがスピーカーだったのか」
潮風にやられないようビニールに包まれたスピーカーが海に向かってつけられていた。これで子供たちをおびき寄せたのか……。
パソコンから伸びた線を佐藤が眼鏡につなげる。
数秒後、佐藤のレンズに地図が表示された。
佐藤は船内の地図を眼鏡にダウンロードしたのだ。
これで、船内の配置がわかる。
「どこか、子供たちが監禁されていそうな場所はないですか」新田が佐藤にたずねたとき、なにかが背中に当たるのを感じた。
「動くな」
全身に冷や汗が走った。この距離で撃たれたら助からない。助けを求めるように、新田が深澤や佐藤に視線を送る。しかし、深澤たちは呆れたようすで新田の背後を眺めていた。
そっと新田が振り返ると、そこにいたのは鼓動だった。
鼓動は持っていた懐中電灯を銃に見立てて新田に突きつけていたのだ。
「こんな状況でふざけないでくださいよ!」
声を殺しながらも怒鳴る新田に鼓動が告げた。
「子供たちを見つけたぞ」
COREの鼓動 鳴神蒼龍 @nagamisouryuu
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