第4話 結

「……」

「…………」

「にゃあ」


 なにをふざけているんだろう。

 俺はうっかり点になりかける目を無理矢理引き締めながら、魔王の続く言葉を待ち続けたが、彼はにゃあにゃあと甘ったるい声を出すばかりである。そして怜悧な双眸で聖女のほうを見やると、とたんにふんにゃりと相好を崩した。

 玉座を離れると突然床にはいつくばり、巨大な背中を床にすり付けて、角の生えた頭を手首でけずる。

 そして、聖女の足下へ寝転がった。

 なにか、奇妙な音が聞こえる。

 ごろごろごろごろごろ。

 …………。


「……猫?」

 俺のつぶやきに、聖女がアッと声を上げた。

「まさか! ポン吉っ!?」

 なにぃっ?


 ――ポン吉。フルネームを工藤ポン吉。生後六年。キジトラの元野良猫だ。五年ほどまえ、ズタボロで飢えかけていたのを俺がみつけて拾ってきた。以降、すべての寝食の世話を俺がやってきたというのになぜか俺にだけは懐かない、クソ可愛くねえ猫だった。


 俺たち母子が死にこの世界へと転生してきて以来、一匹だけそこに残してきたこの家族を、忘れていたわけではない。可愛くないとはいえ、生き物である。こいつも、餌をくれるものがおらず飢えて死んだか? だとしたら哀れだ。


 俺がそういうと、おかんは魔王――もといポン吉の頭を撫でながら、うーんと唸った。

「せやけど、半分野良猫やったでしょ。忠誠誓って心中なんかせえへんわ。猫用の窓も開けてたはずやし、外に出て、ふつうに寿命を終えたんじゃないかなあ」


「ごろごろごろごろ……」

 聖女に懐くな魔王。てかおまえ転生してもやっぱり俺には懐かないんだな。まあいいけど。


「おおよしよし、ぽんちゃん、さみしかったねえ。おかあちゃんもうどこにもいかへんよ」

 受け入れるなよ聖女。どうすんだこれ。


 俺だって、こんな魔王に剣を突き立てる気にはなれない。振り返ると、旅の仲間となった武闘家と魔法使いは完全に呆気にとられていた。そらそやろな。


 その場が完全にグダってしまった時、扉のほうから魔物が飛び込んできた。カラスを思わせる尖ったくちばし、トカゲの目玉と、コウモリのような羽をもつガーゴイルだ。俺たちはすぐに戦いの体勢になり、魔法使いはさっそく詠唱を始める。聖女も立ち上がろうとしたが、膝の上に魔王が寝ているのであきらめた。

 ガーゴイルは、そんな勇者一行と魔王の上空を周回し、様子を探る。ザコ敵のくせに襲いかかってくる気配がない。

 これはもしや、真なる覇王を呼びに行くフラグか。それとももしかして、こいつ自身が――

 ガーゴイルはケエエと奇妙な声でいななくと、続いて人の言葉を発した。


「雅道! 真由美! おまえたちも転生してきたのか!」

「……タカシさん!?」

「おとんかよ!!」

 俺は膝を強打する勢いで崩れ落ち、そのまま床に突っ伏した。にゃあにゃあごろごろ、ガーゴイルにすり寄っていく魔王。

 魔法使いと武闘家は無言のまま視線を交わし、うなずきあう。二人で手をつなぎ脱出の呪文を唱え、さっさと離脱していった。

 追いすがりなどしない。むしろできれば俺も連れて行ってほしかった。



 そうして俺たちの旅は終わった。


 勇者と聖女と魔王とガーゴイルは、およそ一年ぶりの家族団らんをともに過ごし、異世界で新年を迎えようとしている。 

 魔王城の禍々しいレリーフに、おかん手製の注連縄飾り。魔王ポン吉がさっそくじゃれついて、コタツに入ったガーゴイルがケエエケエエと笑っている。


 新年三が日のうちに、王国の兵団がやってくるだろう。もしかしたらそこに、かつての仲間二人がいるかもしれない。

 だがそれは魔王とそこに懐柔された元勇者への襲撃ではなく、物資の支援と新年の挨拶だ。

 あれから、俺たちは魔王のごろにゃんな正体を隠さず示し、勇者と聖女が責任もって飼……もとい監禁して見張り続けるので、そっとしておいてほしい旨、了承を取り付けている。それは魔王討伐成功として認識され、王国は生涯にわたって俺たちに物資を届けてくれるという。

 ちまたではきっと、俺とおかんはその身を犠牲に魔王を封印した英雄としてたたえられていることだろう。


 俺は太陽色の髪をコタツ机にだらりと垂らし、終始うとうとしているばかり。その眼前で、聖女とガーゴイルが将棋を指していた。

 聖女が手に持った駒をじゃらじゃら鳴らして微笑んだ。

「おとうさん、相変わらず弱いわあ。相手にならへん」

「おかあさんが強すぎるんだよ。参ったなあ。まあぼう、次やらんか」

「やんねーよウゼエ」

「にゃあ」

 ポン吉が三メートルの巨体をスリ寄せてきた。やつは寒くなってくるとこうして膝に載ってくるがそれは俺の体温目当てであり、断じて懐いているわけではない。それでもキジ猫だったときには可愛げもあったが、いまはデカいし重いしツノが痛いのでやめてほしい。


 おとんガーゴイルはお茶をすすり、ホウと大きく息をついた。

「何年ぶりかな、こんなにゆっくりと家族で過ごすのは」

「姿は全員おそろしく変わってるけどな」

 俺が毒づくと、ケエエケエエとガーゴイルは笑った。

「そんなことはどうでもいい。まあぼうが小学校でイジメに遭って、それで学校に行かなくなって……そのフォローを、おかあさんに任せきりだったからな。存在感のない親父で悪かったよ」

 聖女がニコニコして言った。

「何言ってるの。仕事辞めたあたしのぶんも、おとうさんが働いてくれたからそうしてられたんよ。心臓麻痺だって、まーくんもようやっとコンビニまで独りで出られるようになって、ほっとしたせいとちゃうの」

 ガーゴイルはそうかもなあと柔らかくうなずいた。


 魔王城からはるか遠く、どこからともなく聞こえてくる、鐘の音。教会あたりが打っているのだろう。日本のもののように、寺で釣鐘を108回ついているわけでは無論ない。がらんごろんと洋風だ。

 それでも、おかんとおとんと猫と、コタツに入って聞いていれば、それは除夜の鐘以外のなんでもないのだ。


「新年あけましておめでとうございます。今年もよろしく」


 家族三人と猫一匹、頭を下げあう。

 ずっと昔にあったのと同じ、穏やかな正月。



 魔王城の暖炉で、餅の焼ける香りがした。

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俺とおかんと勇者と聖女 とびらの@アニメ化決定! @tobira

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