第3話 転
そうして俺たちの、長かった旅は終着を迎えつつあった。
イベントフラグ回収――もとい、各地で起こる諸々の出来事を体験するうちに、自然と俺たちは戦闘力を増し、なんとなく金も手に入って、装備もよくなっていた。
俺の装備、英雄の剣、英雄のカブト、妖精のころも、英雄のブーツ。
英雄の鎧だけ、塔の
妖精のころもは、こう見えて回避率と魔法防御力がチートなのだ。このさいビジュアルは二の次だ。
聖女の装備は俺と比べたら統一感はあった。妖精の杖、天女の櫛、精霊王のローブ、神竜のブレスレット。そして裸足。なぜ裸足なのかというと、靴はアクセサリ枠であり、ブレスレットがその枠にあるからだ。最強の靴よりも神竜のブレスレットのほうが有能だった。なので裸足。
腕輪をつけたら靴を脱がなくてはいけない理屈はちょっと説明が付かない。
かような格好で、俺たちは、魔王の城へと乗り込んだ。
漆黒の門を開くと、さっそく魔物が襲いかかってくる。だいたい5体程度ずつ小分けになって。
俺は剣をふるった。
「
剣の先から炎が吹きだし、魔物たちを焼き尽くす。
聖女は目を閉じて呪文を唱える。そのあいだ攻撃されることはない。安心して詠唱する。
「――
聖女なのにけっこうダークな技を使いこなす。あいつ死者と会話ができるんだよな。道中、村娘が亡き父に会いたいというイベントをこなしたさい手に入れた『死者の指輪』がいい仕事をしている。
「四方正拳突き!」
「
そういえば仲間も増えた。
進撃は凄惨を極めたが、俺たちは誰一人欠けることなく、魔王城の最奥、巨大な黒金の扉の前までやってきた。
聖女がそのたおやかな指先に優しい光をともし、ここまでくるのに負った俺たちの傷を癒してくれる。こうしたとき、幼さの残る聖女の面差しは慈愛に満ちて神々しく、女神や菩薩といったほうがしっくりくる。
あたたかな光のなか、レモンイエローの長いまつげが影を落とす。
「……いよいよだな」
俺が言う。聖女はうなずいた。
「ほんま、長いようで結構あっという間やったなあ。もー、かあさん無理ばっかりして腰がいたなってかなんわ。まーくん、これ終わったら温泉いこか」
「……頼む、しゃべらないでくれ、おかん」
「言っておくけど混浴とちゃうで? かあさんまだお父ちゃん一筋やねんから」
「聞いてねえし、そういうことを言うなってんだよ! ああああ気持ちわるい」
俺は身震いし、仲間たちを促してさっさと立ち上がる。
本当、おかんの言うとおり、長いようで短い旅だった。俺は童貞ニートだった過去とは比べものにならないほど逞しく勇者らしくなり、使命感と呼べるほどではないが、さっさと魔王とやらを倒して凱旋するぞという気になっている。
そうなるまでに、たくさんのことがあった。出会いと別れ、悲しみと喜び。偉大なるひとの死と託された夢。語り尽くせないほどのことがあった。語り尽くせないので語らないが。
「さあ、いこう――最後の戦いへ」
俺は扉を開けた。
漆黒のクリスタルに覆われた魔王謁見の間。荘厳な神殿のような建てましは、皮肉なことに俺が初めてこの世界にやってきた、あの神殿によく似ていた。
巨大な空間に、扉から玉座までまっすぐに引かれた深紅の絨毯。それはまるで、これからはじまる死闘の凄絶な血風を象徴しているようだった。
奥の方に置かれた玉座には、魔王が腰掛けていた。
俺たちを待っていたらしい。退屈そうに肘をついて、勇者一行を昏い瞳で見つめている。
一見すると、人間のようにみえる。だがその背丈は三メートルをゆうに越えているだろう。闇色の長い髪は腰まで垂れて、黒金の甲冑の上にあった。
その姿は、美麗というほかなかった。男の俺でも見ほれるほど美しい顔。黒檀色の艶やかな肌は色気すら感じたが、赤く光る瞳がまがまがしい。
耳は真上に向かって尖り、眉間から羊のような角。紅い唇をにやりと歪めれば、鋭くとがった牙が見えた。
ともすればふるえだしそうになる足をなんとか踏みだし、俺たちが前へ進んでも、魔王は立ち上がることもなかった。
玉座に片肘をつき、足を組んで、端正な顔をさほど興味なさそうにゆるめたまま、視線だけをくべてくる。
踏み込めば剣を当てられる距離まで歩み寄って、俺は初めて、声を出した。
「……よう。初めまして、魔王様。こちらは勇者ともうします……倒させてもらうぜ」
魔王は返事をした。
「にゃあ」
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