艦艇公開・その7

○砕氷艦しらせ 科員食堂 1750i


「じゃあ、明日も同じなのか、森?」


 大林や森などの機関員が作業服に着替え、数名集まって今日の話をしている。

 特に話題の中心は森と白瀬である。


「はい、艦長から直接、白瀬1尉のお付きを指名されました。ですから明日も忙しいのに、抜けることになります。申し訳ないです。」


 軽く頭を下げる森に、気にするなと頭を上げさせる。


「それにしても大林3曹、白瀬1尉の私服姿、見て見たかったですね!可愛かったんだろ?森ちゃんから見ても!?。」


 中岡3曹の声に、森は少しムッとした表情を作って、すぐにいつもの表情に戻す。

 大林はそれに気づくが、指摘はせずに呆れた様子で中岡を見やる。


「まぁ・・・その・・・可愛いは可愛いかったですよ?・・・可愛かったです。」


 やはり森には思うところがあるらしく、少し機嫌悪そうな顔で歯切れの悪い返答をする。


「それは・・・俺も見てみたかったかもな。普段は黒縁メガネで識別帽かぶってる姿しか見たこと無いから、どんなんだろうって興味はある。」


 大林は森を見ながら、私服姿の白瀬を想像して思った事を口に出す。


「なんか白瀬1尉って、『WAVE』って言うより、『学者』みたいなイメージですからね。国立大の准教授ぽいですよね!」


「中岡、俺は高校の先生と思ったけど、何が違うんだ?」


 大林はふと思ったことを中岡に聞く。

 ちなみに、大林と中岡は同じ3曹だが、大林の方が先任であり、中岡は昇任直後である。


「あっ、いや、通ってた大学の准教授と、性格が似てるように見えたんですよ。あの捕らえ所のない感じとか、『ウナギ准教授』そっくりなんですよ。」


「ウナギとはまた、すげぇあだ名だなぁ。まぁどっちも“学校の先生”だから変わらないか。それにしても中岡よぉ、なんで一般曹候補生こっちに来たんだ?すぐそこの幹部候補生学校江田島に行けばよかったのに。勿体ねえよなぁ?西都海洋大の船舶機械コースだろ、確か?機関長目指せば良かったのに、勿体ねぇ。」


 大林の質問に、その場の機関員が中岡を注目する。突然話題の中心になってしまい、両脇や前に座っている同僚や先輩後輩達をキョロキョロと見回す。


「いや、お、大林3曹、自分の事はいいじゃないですか!そ、それより白瀬1尉ですよ!艦魂ってみんな私服持ってるんですかね!?と言うか、他の艦艇にも白瀬1尉みたいな艦魂、いるんですかね?」


 適当に思いついた事を早口で口に出し、無理矢理話題を変える中岡。

 大林は会った時を思い出し、指折り数え始める。


「俺が見たのは、八丈海将補だろ、国東2佐に、剣龍2尉だろ?それから五月雨3佐、電3佐、涼波1尉、天霧3尉に海霧2曹。まだまだいるぞ?白瀬1尉の話だと、曳船にもいるらしいからな。」


 大林の話に、それぞれが驚きの声を上げる。


「剣龍2尉ってあの潜水艦“けんりゅう”ですか!?潜水艦にもいるんだ!?」


「“はちじょう”の艦魂は海将補なんですか!?クルーも大変ですね!?」


 八丈の階級に驚いた森の声に、大林が答える。


「八丈海将補も、俺にずっとぼやいてたよ。簡単に言やぁさ、『大切にされるのは嬉しいけど気疲れする』って。けどさ、艦魂は艦魂でも、相手は海将補だぞ?『それは大変ですね』って返すのが精一杯だったよ。」


 思いもかけず、艦魂の海将補から愚痴を聞かされた大林は、その時を思い出して、ため息混じりに自身も愚痴をこぼしてしまう。


「そうだ、思い出した!白瀬1尉の私服、”いずも”の衛生の人達からプレゼントされたって言ってました!」


 突然思い出し、大声を上げる森にすぐに反応する大林。


「えっ?もしかして、佐伯1曹がプレゼントしたのか!?まさか!?」


 大林は佐伯を思いだして、驚きの声を上げる。


「えっと、野原さんとか黒川さんもって、白瀬1尉が言ってましたよ?衛生の人全員からじゃないでしょうか?大林3曹、佐伯1曹ってご存知なんですか?」


「知ってるも何も、今もだけど”どぶ板通り”とかによく飲みに連れてってもらってるからな。それにしても、”いずも”の衛生員達に先を越されるとは・・・ちょっと悔しいな。」


 ”どぶ板通り”とは横須賀の商店街の通称で、海軍カレーやネイビーバーガーの他、スカジャン(横須賀ジャンパー)などの衣料品店等もあり、また、米海軍の基地もあることから、英語と日本語が入り乱れている、不思議な空気も感じられる商店街の通りである。

 そこで佐伯と大林は、“しらせ”で会って以来、酒を酌み交わす仲となっている。

 その佐伯達から、白瀬にプレゼントが渡されたと聞き、大林だけでなく中岡や森達にも悔しさが広がる。


「俺達も世話になってるんだ。プレゼントの一つくらいしたいよな?・・・なぁ、森?なんかアイディアあるか?」


「そうですね・・・白瀬1尉、私服着てる時、凄く嬉しそうだったんです。ですから、違う種類の服とか小物とかを考えてみます。」


 白瀬とのやり取りを思い出していたが、夕方の事も一緒に思い出し、少し暗い気分になる森。

 中岡は訝しげに、そんな森を見る。


「森ちゃん、大丈夫か?」


「大丈夫ですよ?すいませんが、ちょっと“色々”考えたいので、当直まで部屋に戻りますね。」


 そういいながら10度の敬礼をして、その場から逃げるように立ち去る。

 椅子の下にタオルが落ちているが、気がつかなかったようである。

 森が扉まであと数歩まで近づいた時、大林がそれに気がついて声をかける。


「あっ!森、タオル!・・・ありゃ、行っちゃったよ。中岡、後で一緒だろ?渡しといてくれるか?」


「了解です、大林3曹。後で渡しておきます。さて、自分も部屋に戻ります。」


中岡はタオルを拾い上げ、大林に敬礼して食堂から出る。


○砕氷艦”しらせ” 一般観測隊員室


(支援室の件、艦長はどうするんだろうねぇ?)


 青の作業服に着替えた白瀬はベッドの下段に寝そべりながら、昼間の航行支援室ニアミスの件を思い出す。


(自衛官君たちが自衛官として職務を果たすのと一緒で、僕は『南極観測船』として広報したかった、だけなんだよねぇ。入ってくれたら嬉しいし・・・)


 目をつぶり取り留めもなく考えていると、不意に小谷とのやり取りを思い出し、少しにやけたような表情になる。


(小谷君は僕の知らない事、色々教えてくれたねぇ・・・髪のまとめ方とか、服とか、お化粧とか・・・。彼女が来てくれたら、もっと楽しくなるのかねぇ?)


 急に表情を引き締めると、今度は艦長と森を思い出す。


(・・・森君・・・ちょっと可哀想な事をしてしまったねぇ・・・彼女はただ、艦長命令を遂行してただけだったから・・・艦長は艦長で、“しらせ”と乗員君達を守りたかった、だけなんだろうねぇ・・・悲しいねぇ・・・)


 大きめのため息を1つ、大きくついて森がどこにいるか把握しようとする。

 すると森より先に、大林の現在地を把握し、ベッドから起きると扉に向かう。

 直後、扉がノックされ、外から大林の声が聞こえる。

 白瀬は招き入れると、椅子に大林と向かい合って座る。


「白瀬1尉、森が少しおかしい気がするんですが、昼間、何かありましたか?あっ、私の思い過ごしなら、申し訳ないんですが・・・」


 そう言ったあと、大林は食堂での森の様子を伝え、心当たりがないか聞こうとする大林。

 聞き終えた白瀬は、一瞬躊躇する素振りを見せ、ゆっくり思い出すように話す。


「・・・そうだねぇ・・・あんまり詳しく言う事は出来ないけれど、様子がおかしいのは・・・多分・・・僕のせいかもしれないねぇ」


「白瀬1尉の、ですか?」


白瀬は目を伏せながら、語り始める。


「これは誰にも言ってもらいたくないんだけど・・・ちょっと、艦長とあってねぇ・・・。森君は、艦長と僕の間で・・・板挟みになってしまったんだよねぇ・・・」


 大林は、白瀬を黙って見つめ、聞くことに徹する。


「・・・ちょっと、艦長の物言いに、大人気なくカチンときてしまってねぇ・・・制服の時は言う事を聞くよう言われて・・・僕も馬鹿だねぇ・・・もらったプレゼントを、艦長への当て付けに使ってしまったんだから・・・黒川君や、前に乗ってくれていた佐伯君に申し訳ないよ・・・それに、僕は森君に・・・言わなくてもいい事を言ってしまったよ・・・馬鹿だねぇ・・・本当に・・・」


 黙って聞いていた大林は、森の様子を思い浮かべ、目の前の白瀬を見る。


「大林君、僕は森君を通して、艦長へ暗に好きにさせてもらう事を・・・伝えようとしたんだよ。・・・ここは・・・“しらせ”は、『家』じゃないんだよ。自分の『体』なんだよ。自分の体を一切自由に出来ない時間が、自衛官君たちにはあるのかねぇ?24時間365日『常在戦場』の気持ちで、とは言うけれど・・・」


 一旦区切って顔を上げ、目線を合わせる白瀬。


「上陸中に私服で遊びに行ってても『自分は自衛官だ』って、例えば大林君は言えるのかねぇ?教えて欲しいんだよねぇ。僕は、僕だけにそれを求められるのは、間違っている気がするんだよねぇ。」


 大林は少し瞑目すると、「あくまでも大林個人として」と注釈を入れて、意見を述べる。


「私はよく佐伯1曹と、飲みに行きますが、それは一個人として行っていると思います。ですが、いつ、どこで、何が有るかは、誰にも分からないです。常にその事を頭において、つまり、いつでも自衛官として行動出来るように、気を配っているつもりです。ただ昔は、たまに深酒して後悔してましたけどね。」


 そうに言うと、反応を伺う大林に対して、白瀬は食い入るように見つめている。


「あ~・・・つまり・・・すいません、上手く言えなくて。その・・・ですね・・・」


 大林は白瀬から返事があると思っただけに、思いもよらず黙って見つめられてしまい、急に言葉が出てこなくなってしまう。


「あぁ、いや、僕が悪いようだから、謝る必要はないよ?大林君?」


「何か・・・申し訳ないです。」


 白瀬に謝罪すると、そのままうつむいてしまう大林。

 2人の間に沈黙が横たわる


「お互いに距離感を掴めないのは、まだ仕方ないよねぇ。」


 少しして、大林が持ち場に戻るため扉に向かい、その前で一旦白瀬の方に向くと、白瀬は椅子のそばで立ったまま、そう声をかける。


「これから、白瀬1尉のペースで掴めればいいと思います。それでは持ち場に戻りますので、失礼します。」


 大林は10度の敬礼して、部屋を出て行く。


○砕氷艦しらせ 艦橋左舷側 0948i


「”くにさき”の航海灯も撮っておかないと!昨日忘れてからなぁ!あっ!あれも撮ってない!」


 予定より早い0850に開場した艦艇公開2日目。

 涼波からアキラを紹介された白瀬は、“白川”1尉として、森も引き連れて通常のルートを案内し、艦橋に至っている。


「ねぇ、森君?ずっと撮影しているようだけど、彼は一体どこを撮っているんだろうねぇ?昨日、2周したとも言っていたけど。」


 アキラが夢中になって撮影しているのを見て、どこが面白いのだろうかと疑問に思う白瀬。


「私にはよく分かりませんね。」


 2人は撮影するアキラを見ながら、小声で雑談をしている。

 ここまで2人は、説明をしながら進んでいたのだが、アキラはちょっとしたポイントで、「撮って良いですか?」とか「ここは呟きサイトに載せて大丈夫ですか?」と聞いてくる。

 白瀬はなんとも思わず「どうぞどうぞ!」と許可していていたが、随行している森は、浮き輪や救助艇などを撮りまくっているアキラに、やや呆れている。

 特に『そこまで撮るのか?』と呆れたのは、火災発生時に投下できる燃料タンクをレバーから、天井を伝いタンクまで伸びるワイヤーを順番に撮っていったり、『安全守則』の書かれた銘板を1枚1枚撮影していっている、等であった。

 『安全守則』とは、注意すべき点や守るべき点を、箇条書きしたものである。

例として『クレーン安全守則』には、こう書かれている。


1 作業指揮は、明確に行え。

2 指定された者の外は、取り扱うな。

(中略)

11 艦の動揺に備えよ。

12 安全帽を装着せよ。


 一つ一つはとても当たり前で、民間のクレーンを取り扱う会社で普通に言われている事も、わざわざ明示されている。

 しかし労働災害は往々にして、『誰でもわかる、当たり前の事』が守れなかったり、出来なかったりした時に起きるものであり、このように明示する事によって、作業者に注意を促し、危険を除去しようと努力しているのである。

 そういった銘板ではあるが、森にとっては、『撮影する程の物なのか?』と疑問に思う。

 人は立場が違えば、見方も変わるものである。


「そう言えば先週、横須賀で話しかけられていたねぇ?彼も同じだったのかい?」


 アキラの姿に、横須賀でたまたま見かけた似たような出来事を思い出し、森に問い掛ける。


「見てらっしゃったんですか?あれはアマチュアの小説家さんが、資料用にサンドレット撮って良いかって事と、使い方を聞かれてたんです。それから、索の張る順番とかも。」


「へぇ、もしかして僕の事を書いてくれるのかねぇ?だったら嬉しいんだけれどもねぇ?」


 嬉しそうな表情を、森に向けている白瀬に対して、浮かない表情の森。


「戦記物とかそういうジャンルは、読まないので分かりませんけど、海自の作品は、“白川”1尉はご存知か分かりませんが、護衛艦が中心ですし、支援艦は正直、地味な存在ですからね。」


「地味?どういう事だい?」


 白瀬は少し驚いたように、森を横目に見る。

 森は言いにくそうに、白瀬に説明する。


「えっとですね、小説に海自私達が出てくる場合、主砲やハープーンを撃ったりするような内容が多いんです。・・・だから小説では、“しらせ”や“くにさき”みたいな支援艦って、見向きもされないみたいなんですよ。」


 それを聞き終えると、白瀬は興味が失せたようにアキラに注目し直す。


「ふーん・・・じゃあ、その小説家君も同じなのかねぇ?」


「分かりません。でも、”しらせ”のピンバッジを着けていましたから、好きなのは間違いないですよ?」


 森が白瀬にそうに告げると、白瀬は少し表情を緩める。

 分かりやすい反応をした事に、少しだけ安堵する森。


「すみません!撮影に夢中になっちゃって!」


 ある程度撮り終えたのか、白瀬達の方に頭を下げるアキラ。


「いやいや、楽しんでもらえてるなら、僕らとしても嬉しいからねぇ!」


「アキラさん、こちらの事は気にしないで下さい。」


 森は時間を気にしつつそうに答える。

 白瀬はそのまま、簡単に艦橋の説明を行い、それに対しての疑問をアキラから受け付ける。

 時間をさり気なく確認した森は、白瀬の背後から「予定時刻まで後15分です。」と囁く。

 白瀬は微かに頷き、アキラに天井を指差して説明を続ける。


「大きく傾くから、捕まってないと転がってしまうんだよ。」


「なるほど!だから天井に手すりがついてるんですね!撮っとかないと!あれ?『ぶら下がり禁止』?」


「あぁ、そうに表示しておかないと、運動するのに使われてしまうからねぇ。」


「確かに、運動不足になってしまいがちですから、こういうの有ったら使っちゃいそうですもんね。」


 数回天井に向けてシャッターを切ると、辺りを見回す。

 見学者の数も入ってきた時より増えていてるが、まだ身動きには余裕がある。

 アキラは今のうちにと、撮影しながら色々と聞いていく。

 白瀬もそれに対して、色々答えていくがある事について聞かれ躊躇する。


「ごめんねぇ。それについては、ちょっと答えられないんだよねぇ。森士長、そうだよねぇ?」


「アキラさん、ごめんなさい。ホームページとかには出ているはずですが、それ以上の事は言えないんですよ。”しらせ”は“砕氷艦”ですので、そこはご理解下さい。」


 むっとした表情になった白瀬は、すぐさまアキラに訂正を入れる。


「アキラ君、“しらせ”はねぇ、“南極観測船”なんだよ。でも管理しているのが、海自だから言えないだけなんだよねぇ。」


 森はそれを聞き一瞬唖然とするも、直ぐに白瀬とアキラに訂正をする。


「”白川”1尉?17イチナナAGBとして計画されて、艤装も海自ですよ?アキラさん、しらせは”砕氷艦”なんです。」


「何を言っているんだい?僕らの任務はなんだったかねぇ?観測隊の人達や物資を無事に往復させる事のはずだったんじゃなかったかねぇ?それに加えて“観測”も任務にあるんだよねぇ?」


「“白川”1尉?お言葉ではありますが、“観測”に関しては、南極観測隊の方の任務であって、海自ではありませんよ?それに、往復の任務を言い渡しているのは、横須賀地方総監、つまり海自です。」


「あの、お2人とも・・・あの・・・」


 突然静かに始まった、白瀬と森の意地の張り合いに、事情を知らないアキラは白瀬と森を交互に見て、オロオロしてしまう。

 その時、アキラのポケットからアラーム音が聞こえ、同時に森の時計からもアラーム音が聞こえる。

 どうやら時間切れのようである。


「あっ!ごめんなさい、アキラさん。最後の最後にみっともないところをお見せしてしまって。」


 スコドロを取ると、謝罪する森。それに合わせて白瀬もスコドロを取って頭を下げる


「い、いえ!そんな事無いですよ!えっと、涼波さんから、次の案内される方もいるって聞いてますから、僕はここから1人で見て回ります!“白川”1尉、森士長、ここまでありがとうございます!」


 アキラは慌てて御礼を述べると、1礼してラッタルから艦橋を後にする。

 森は白瀬の手を取り、ブリッジ側に出ると、周りに聞こえないように小声でしゃべる。


「白瀬1尉!確かにあなたは“南極観測船”かもしれませんが、あの場では“砕氷艦”って言って下さい!気付かれたらどうするんですか!」


「僕はねぇ!“南極観測船”なんだよ!?“観測船”が“観測船”だと自己主張する事の、どこがいけないのかねぇ!?」


 白瀬は自分の存在を否定されたように感じ、声量は辛うじて抑えたものの、雰囲気は怒りに満ちあふれている。


「例えそうでも!ほどほどにしていただけますか!?あなたは本来、出てきちゃいけないんですよ!?お願いしますから、もう少しだけで良いので、海自側に寄って下さい!?でないと、私も白瀬1尉を”護りきれません”!!」


「森士長・・・」


 白瀬は森の言葉に、それ以上言う事が出来ず、左手を強く握り締めると早足で艦橋を抜けてラッタルから下に降りていく。

 森も慌てて見学者を縫いながら追いかけ、ラッタルを降りるが、そこから先、姿を消した白瀬を見つけることは出来なかった。


○砕氷艦しらせ 舷外ラッタル側 1025i


 1人で護衛艦“さみだれ”と“すずなみ”の見学を終えた小谷は、約束の8分前に”しらせ”へ到着しラッタルの側にいた、例の通信員士長に声をかけ、白瀬と森を呼び出してもらう。

 通信員士長は予め聞いていたらしく、小谷には先に、舷門当直の側で待つように伝え、直ぐトランシーバーで連絡を入れる。

 小谷は“しらせ”のスコドロを取って一礼し、また被って見学者の列に混じって登っていく。

 舷外ラッタルから降りてすぐ「小谷です!よろしくお願いします!」と、スコドロを取って一礼すると、挙手敬礼で応じる2人の海曹。


「昨日の食堂にいたよね?聞いてたよ、決意表明!頑張って入ってくれよ?こんな良い船、日本に1隻だけなんだから、乗らなきゃ損だからな?」


「2曹、先代“しらせ”に、それ聞かれたら怒られちゃうんじゃないんですか?」


 小谷はそのやり取りにクスッと笑う。


「なんか、まるで“しらせ”が“人”みたいな言い方するですね?」


 小谷の何気ない率直な感想に、はっとする2人。


「あ、あぁ、男ってみんなこんな感じだよな!?なぁ、そ、そうだろ!?」


「うえっ!?あ、そ、そうそう、そうなんだよ!車とかにも、人みたいに話しかけたりする人、いるから!なんつーかなぁ!?擬人化って言うの!?そんなだよ!」


「そうそう、擬人化だよ!擬人化!横須賀に空自の連中来たとき、機付長って言うの?が、元カノの名前、F-15イーグルに着けてたとかって言ってたよな?な?」


 明らかに狼狽えている2人にいぶかしんでいると、森がジト目で2人を見ながら艦内から出てくる。


「あの!高校生をナンパしてるって騒がれても困るので、大人しくしてていただけますか!?」


 シュンとする2人をよそに、努めて明るく「行きましょうか、小谷さん!」と、引きはがすように連れて行く森。

 小谷は慌てて2人に一礼すると、まるで引きずられるように連れて行かれる。


「ごめんね、小谷さん。普段はああじゃないんだけど、多分、お祭り気分で浮かれちゃったんだと思うんだよ。」


(こっちがバレないように必死になってるのに、何バラしそうになってんのよ、先輩共!!白瀬1尉は白瀬1尉で消えちゃうし!!どいつもこいつもぉー!!)


 表面的には困った顔で謝っているが、内心は白瀬とのことでイライラしていたのに加え、さっきの先輩2人が余計な事を言いかけた事ではらわたは、グツグツと煮えくり返っている。


「森士長、気にしないで下さい。私は別になんとも思ってないですから。それより、”白川”1尉はどうされたんですか?」


「ごめんなさい、副長に急用で呼ばれて、いつ戻ってくるか分かんないの。」


 飛行甲板まで移動してきた2人は、格納庫の端に行き、即興の架空話で小谷を納得させる。


「そうなんですか?残念ですが、お仕事の方が優先ですからね。そうだ、そう言えば森士長?ちょっと昨日調べて気になった事があったんですが、聞いてもよろしいですか?」


「えっと、私に答えられる事なら。質問の方は”白川”1尉からは聞いてないから分からないよ?」


「昨日のお話で、座礁とか主機の事仰ってましたよね?でも、調べたら“白川”1尉の乗艦歴より前っぽいんですよ。なんか、おかしいなぁって。」


「さ、最近もあったのよ!それ、小さい奴だったから、ネットにも出てなかったみたいだね、多分!?」


「でも、森士長の乗艦されたの、昨年度の往復の時からですよね?昨日はその前にあったって仰ってませんでした?」


「そ、それは『大きい事故は』って意味でね、小さいのは多少あるのよ!他の主機も一緒なんだけど、”しらせ”のディーゼルは特にお転婆さんなのよ!?もう、参っちゃうなぁ!あはは!・・・えっと、わかったかな?」


 沈黙する2人。

 森は風通しの良い涼しい場所にいるはずなのに、背中は水でもかけられたように、ぐっしょりと濡れている。

 小谷はというと、首を傾げて納得がいかないような表情で床を見ているが、顔を上げると、クスッと笑う。

 気が気でない森は耐えきれず、小谷に聞く。


「私、変なこと・・・言ったかな?」


「いえ、変ではないんですが森士長も、先程の方々と同じ事言ってるなって思ったんです。」


「同じ事?」


「主機に『お転婆さん』って。」


「へっ?」


「森士長も、ディーゼルエンジンを擬人化されるほど、愛着もっていらっしゃるんだなぁって。私も“しらせ”は好きですけど、まだそこまでになってないですから、早くそこまでになれるようになりたいです。」


 小谷はそこまで言うと、天井を見上げてから、その流れで、ゆっくり辺りを見回す。


「早く・・・乗員になりたいです。」


「焦っちゃダメだよ?焦るとチャンス、逃しちゃうから。」


「はい!」


 力強く返事をする小谷に、安堵すると共に、一緒に仕事したいと思うようになる森。


『艦艇公開中のお客様に、ご連絡いたします。本日の砕氷艦“しらせ”の公開は午後12時までとなっております。繰り返し・・・』


 まだ時間は1130iだが、”しらせ”の出航が1400と予定されているため、早めの1200に終了となっている。


「もう、行っちゃうんですね?」


「だね。九州1カ所と日本海側2カ所寄って、北海道寄って、東北の太平洋側寄って、横須賀に帰って、その後は・・・」


 表情を引き締め、姿勢を正す森。

 小谷もつられて姿勢を正す。


「いよいよ、南極なんですね?」


「そうなんだよ。ちょっと南極そこまで行ってくるから、小谷さん・・・ううん、ナミちゃん、私が帰ってきたら、横須賀のホテル1で敬礼して出迎えてよ?」


 まるで、すぐ側のコンビニにでも行くかのようなノリで、小谷に言う。


「あの、森士長?私その頃、入隊直後のはずで、教育隊に入ってますから、お迎えには・・・」


「もう、そこは『了解しました!』で敬礼の場面じゃないの?マジメなんだから!」


 軽く頬を膨らませ、怒ったような表情を作る森。


「すみません・・・」


「気にしないで、無茶振りしたのこっちだから。」


 慰めるように、小谷の肩に手をかけながら謝る森。

 帰り用のラッタルまで最短距離で案内し、一緒に降りていく。


「結局、”白川”1尉は間に合わなかったわね。ごめんなさい、ナミちゃん?」


「いえ、お忙しいのに、私のために2日間ありがとうございました!次にお会いするときは、乗員同士としてお会いできる事を楽しみにしていて下さい!」


「ナミちゃん・・・っと、小谷ナミさん、挙手敬礼してくれる?」


 頭の中で疑問を浮かべながら、姿勢を正し敬礼する。

 森は答礼し、小谷に手を下ろすように言う。


「敬礼、練習してるみたいだけど、まだまだ合格点あげられないな。ちゃんと待ってるから、本当に教育隊、頑張ってよ?」


「了解しました!森士長!」


 小谷は、今度は自分から敬礼しようとすると、ラッタルに白瀬を見つける。

 小走りで降りてくると、白瀬は息を整えて小谷の側に立つ。


「いやぁ、副長に捕まった後、艦長にも捕まってねぇ!申し訳ないよ!」


「いえ、帰る前にお会いできただけでも良かったと思います!」


 スコドロを取って両手で持つ小谷。白瀬もスコドロを取る。


「時間がないから、単刀直入に聞くよ?小谷君は『自衛官の宣誓』は言えるかねぇ?」


「はい、言えます!『私は、わが国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し、・・・(中略)・・・事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に務め、もって国民の負託にこたえることを誓います。』です!」


 日頃から読んでいたようで、淀みなく答える小谷に森は驚いている。


「ちゃんと言えてるよ・・・私、入隊直前に必死になって覚えたのに・・・」


「正解だよ、小谷君。次、幹部自衛官は?」


「幹部ですか?私は、幹部自衛官に任命されたことを光栄とし・・・重責を自覚し?・・・すいません、幹部の宣誓を聞かれると思わなかったものですから。」


「いやいや、少しでも覚えているのはすごいよ!申し訳ないけど、実は幹部の方、オマケでねぇ。」


「そうなんですか?」


 オマケと聞いて、拍子抜けする小谷と森。


「小谷ナミ君、君は、海上自衛隊に入隊し・・・」


 そこまで言って、言葉が詰まる白瀬。2人が不審に思い始めると、急に俯いて眼鏡を外し、ポケットに入れる。

 顔を上げ小谷を見据えると、右手を”しらせ”の方に伸ばしながら、続きを述べる。


「・・・この、砕氷艦“しらせ”に乗り組む事と、僕の事を口外しない事を、君への『責務』として、この私、白瀬が君に命ずる。了解したのなら敬礼してくれるかねぇ?」


 森は驚愕の表情で、息が出来ない金魚のように口をパクパクさせるばかりで、出すべき言葉が出てこないようだ。

 小谷も驚きで固まるが、「出来ないのかねぇ?」との白瀬の声に、慌ててスコドロを手に持ったまま敬礼してしまう。


「小谷ナミ君、慌てすぎだよ?挙手敬礼なら、帽子を被った方が良いよ?」


 言われて気づき、スコドロを被って改めて挙手敬礼する。


「りょ、了解しました!白瀬1尉!」


 白瀬はスコドロを被ると、答礼の挙手敬礼する。

 小谷は白瀬の雰囲気が、急に変わったような気がして、違和感を感じる。


「いい返事、小谷ナミ。それでは私は、横須賀で貴女が乗艦するのをお待ちしています。失礼します。」


 眼鏡をかけると、ラッタルを登っていくが途中で足を止め、小谷に向かって「また会おうねぇ~!」と手を振り、また登って艦内に入っていく。


「小谷さん?あのね?その・・・」


 森は、ようやく金縛りが解けたように、小谷に近付いて説明しようとするが、どう言い訳するか思い付かないで、しどろもどろになる。


「あの、森士長。私・・・白瀬1尉との約束、『責務の完遂』に務めます、必ず。」


「ナミちゃん・・・」


「白瀬1尉がどうして偽名を名乗っていたかとか、どうして本名を教えてくれたかは、何か理由があったんだと思いますから、聞きたいですけど、教えてくれるまで私からは聞きません。」


 少し間を開けて続ける小谷。


「それより今は入隊と、白瀬1尉の事を口外しない事を、私に与えられた、初めての任務として完遂する事を誓います。森士長、証人になって下さい。」


 呆れ顔になってから、両手を腰に当て、返答する森。


「いいよ、証人になってあげる。・・・もう、自衛官じゃない、立派に。・・・これで海自に来なかったら怒るからね!?陸自とか空自に行かないでよ!?絶対だからね!?行ったら私が引きずってでも、海自に入れるからね!?いい!?」


 小谷はそれを聞いて、挙手敬礼し「よろしくお願いします!」と答える。

 森も答礼し「じゃあね」と“しらせ”に戻っていく。


○砕氷艦“しらせ” 右舷側暴露部


 森はラッタルそばのドアから、艦内通路を通り反対側の右舷側に出て来る。

 艦首を見るも白瀬はおらず、艦尾を見ると、スタンションに手をかけ、“おやしお”型潜水艦を見ている白瀬を見つける。

 黙って歩いていき、体1つ分空けて白瀬の右側に立ち、“おやしお”型を見る森。

 お互い、言葉を発することもなく、無駄に時間だけが過ぎていく。

 森が口を開こうとすると、白瀬は離れようと歩き出す。


「待って下さい!白瀬1尉!」


 白瀬は森の真後ろで足を止める。森は白瀬を見ることなく、言葉を続ける。


「何故名前を、自分からバラしたんですか!?」


「僕は、彼女に嘘をつき続けるのが辛かったんだよ。どうでもいい相手なら、どうでも良かったんだけどねぇ?・・・それに彼女なら、絶対に乗艦する・・・そう、絶対に。だから、自分からバラしたんだよ。」


「艦魂って、予知能力もあるんですね!?」


 少し八つ当たり気味に、白瀬に言葉をぶつける。


「予知能力?そんなの持っていないよ?これは確信だよ、森士長。」


「もし来なかったら、どうするんですか!いえ、今の段階で民間人に機密を漏らしていることになるんですよ!?」


 白瀬の物言いに、たまらず感情的になって振り向き、白瀬に詰め寄る森。


「大丈夫、僕と森君と小谷君が黙っていれば。・・・森君は小谷君が約束を破るとでも?それとも、任務を全う出来ないとでも?」


「それは・・・ないと・・・思いたいです!・・・思いたいですが・・・」


 言葉尻を小さくして視線を下げた森に、白瀬は言葉をかけることなく立ち去ろうとする。

 森は顔を上げ白瀬の背中を見るが、すっと虚空に消えていく所が見えるだけであった。


○砕氷艦”しらせ” 横須賀地方総監部 数年後


 季節は巡り、また”しらせ”艦艇公開の時季がやってきた。

 相変わらず夏休みとあって、たくさんの人でごった返す。


「いやぁ、日本の夏より、南極の夏の方が好きなんだけどねぇ。」


 白瀬は隣にいる3曹に話し掛ける。


「私も、と言いたいですけど、どっちも極端ですよ?」


「森3曹?僕は南極観測船だよ?南極の方が良いんだけどねぇ・・・」


 森は昇任して3曹になっていて、雰囲気も士長の時に比べ、しっかりしてきている。


「分かりました、”砕氷艦”の白瀬1尉?」


 眼鏡のフレームの上から抗議の視線を送る白瀬。


「そう言えば白瀬1尉!この前機関科うちからプレゼントした、白のワンピースに麦わら帽子、むちゃくちゃ可愛かったですよ!ツインテールも似合ってたし、今日も着てみてくださいよ!」


「いやぁ・・・あれは・・・申し訳ないけどねぇ、僕には似合わないよ。船務科の皆がくれたジーンズの方が、僕は好きだねぇ・・・」 


 数週間前を思い出し、楽しそうな森とは対照的に、暗い気分になる白瀬。

 プレゼントされた際、森に散々いじられた為、贈られた事自体は感謝しているが、セットになっている記憶のせいで、仕舞ったままになっている。


「森3曹、交代に来ました!」


そう言いながら近づいて来た1士は、立ち止まり挙手敬礼する。


「ありがとう。じゃあ、ここと1尉の事、よろしくお願いね?」


 そう言うと、広報の腕章を外して1士に渡す。

 受け取った1士が着用している間に、森は艦内に入っていく。


「ジーンズとお化粧のセット、ありがとねぇ。電測員君?」


「いえ、ジーンズはあの時の印象が強くて、他が選べなかっただけです。お化粧は強く興味を示されていたのでプレゼントさせていただきました。」


 不動の姿勢のまま、辺りを見回す。

 白瀬は、自室に戻る旨を伝えると、見学者に声をかけられてしまうが、1士が代わりにそちらに向かう。

 その背中を見て表情を緩めると、艦内に入り姿を消す。



 艦艇公開の賑わい



 一時の祭り



 彼女にとって艦艇公開は、南極に向かう準備に入る合図でもある



 まもなく秋



 白瀬は氷海と基地に思いを馳せながら、1人、気を引き締めるのであった

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海の防人達 月夜野出雲 @izumo-tukiyono

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