艦艇公開・その6

 広島県呉市、海上自衛隊呉地方総監部において、0900iより行われている艦艇公開。

 Fバースの各艦には見学者の列が出来て、どこも盛況のようである。

 特に護衛艦と砕氷艦は、三十~四十分待ちの列となっている。

 そんな砕氷艦“しらせ”艦内の一室に、白川1尉こと白瀬、機関員の森士長、高校生の小谷が雑談をしている。

 一見すると、一般的なガールズトークで盛り上がっているようであるが、内容は小谷から2人への、艦内や普段の生活の質問が主である。


「それじゃあ当然ですけど、航海中は外をほとんど見てないって事でいいんですよね?」


「私も白川1尉も、基本引きこもりの職場だからね。もちろん、休みの時は、気分転換も兼ねて外を見るようにしてるよ?」


「こもりっきりじゃ、分かんなくなってしまうからねぇ、確かに。でも休憩中にアデリーペンギンの群れやウェッテルアザラシとかを見つけると、『帰ってきたんだねぇ』って、思うんだよ、小谷君!」 


「帰ってきた、ですか。まるで『船に帰る』と同じなんですね、”白川”1尉にとっては。」


「そうなんだよ!僕にとっては、第2の故郷と言っても過言ではないんだよ!何度も帰ってるんだけど・・・」


 そこまで白瀬が言いかけた所で、森は左肘で小谷に見えないように白瀬の右腕を2回つつく。

 白瀬はどうしたのかと森を見ようとすると

、小声で囁かれる。


「”白川”1尉、私達は基本的に2年です。超えているのは極一部。それを彼女が知ってる場合、ややこしくなるのでご注意を。」


 白瀬はあまり気にしていなかったのだが、通常“しらせ”の乗員は2年で移動となり、毎年乗員の半数は入れ替わる。極一部では2年以上配属されている者もいるが、あくまでも“極一部”である。


「あの、どうかされたんですか?」


「ん?お昼を少し遅らせるか早めるか聞かれたんだよねぇ。ちょうど今だったら、見学者さんが少ないから、2人ともすんなり入れるんだけど、おなかの具合はどうだろうねぇ?」


 言われて小谷は腕時計を見ると、1135となっていて、少し悩むが、「お願いします!」と答える。


「助かるねぇ、森君。僕もちょうど食べたくなっててねぇ。さて、3人で行くとしようかねぇ!」


「そうだ、“白川”1尉、支障が無ければ、メガネ外して行った方が良いかもしれませんよ?」


「支障は無いけども・・・なんでかねぇ、森君?」


 森の提案に、白瀬は疑問を浮かべる。


「その方が可愛いからですよ、“白川”1尉?」


 にっこり笑って白瀬を見る森。

 一瞬きょとんとするが、「そうかねぇ?」と疑問に思いつつメガネを外して、左の胸ポケットに差し入れる。

 偶然だが、メガネ右側のつるがポケットの外に出てしまう。

 直そうともう一度持ち上げると、小谷が「つるを出してる方が、良いと思いますよ?」と、白瀬の手を止める。

 そんなやりとりを見ながら、森は一人ごちる。


(可愛いって言うのも本音なんだけど、実際、万が一にも食堂で「白瀬1尉」なんて呼ばれちゃったら、大変だもんね・・・。あ~あ、早く機関室戻りたいなぁ。)


 内心でそう思いつつ、表情には決して出さないように気を使う森は、早く役目を終て持ち場に戻りたいと願う。


「そうだ!小谷君に森士長、ちょっと行きたいところがあるんだけど、つきあってもらえるかねぇ?ただし、一切の質問は厳禁なんだよねぇ。特に小谷君、どうだろうか?」


 森と小谷は顔を見合わせ首を傾げるが、小谷は力強く「分かりました!」と返事し、森も「了解しました、“白川”1尉。」と返事する。

 3人は部屋を出ると、黙って歩き始める。そして、ラッタルを登ったかと思うと、少し先で降りたり、気がつくと回り込んでいたりと複雑なルートをとっている白瀬。

 しかも階段と違って、ラッタルには甲板の位置表示が無く、小谷は自分が今、“しらせ”のどこにいるのか分からなくなってきている。

 対して、白瀬と森は普段の生活の場であるので、森も迷っている雰囲気はないが、疑問は浮かべている。

 所どころで白瀬から部屋の説明があったりするのだが、その時白瀬は、その部屋に関してのみ、質問を受け付けた。

 そしてラッタルを下り、ある甲板の艦内通路に着いた時、小谷の後ろにいた森はある事に気付き、手を伸ばして声をかけようとする。

 すると白瀬は突然立ち止まり、小谷は白瀬の背中にぶつかりそうになる。

 2人が白瀬が立ち止まった事に対して、疑問に思っていると、後ろを振り返らずに森に向かって、落ち着いた口調で言い放つ。


「森士長、『一切の質問は厳禁だ』と、が言った時に、君は了承したはずだ。黙ってであるについてきなさい。」


 森はその言葉の力強さに、怯んでしまった。

 そして自分を見てもいないのに、白瀬に露呈したことに対して、驚きの色が隠せずにいると同時に、初めて聞く、指揮官のような白瀬の言葉使いにも困惑を隠せなくなる。

 森が白瀬の存在を知った5~6日前から連日、機関室で点検していると、どこからともなくふらっと姿を現している。

 機関科の隊員達が点検している姿を、にこにこと眺めていたり、「いつもありがとう」とか「暑いのに申し訳ないねぇ」と一人一人に労いの言葉をかけている。

 それと、先ほどの白瀬の言葉と雰囲気の違いがあるのだから、森でなくても戸惑うだろう。

 小谷も突然の事に戸惑っていると、白瀬は黙って歩き始める。

 小谷と森は慌ててその後を追い掛ける。

 森は汗が一気に吹き出すのを感じ、あることを祈りながら、白瀬の背中を小谷の右側から見つめる。

 そして森が通路の風景から、無意識に右側の、ある“ドア”を見た瞬間、白瀬が「このドアを見てごらん」と、小谷に声をかける。

 森の心臓は一瞬『ドクン!』と、強く打ったかと思うと、後は早鐘のようにリズムが早くなり、一気に心拍数が上昇する。

 すると、白瀬は左側のドアを小谷に見せながら何かを説明しているが、森にはその言葉が耳に入ってこない。


(お願い!ナミちゃん!!右側見ないで!!白瀬1尉!余計なこと言わないで!!お願い!!お願いだから!!!)


 縋れるものには何にでも縋りたい気持ちで祈っている森に対して、ゆっくりと左側の部屋を一つずつ説明していく白瀬。

 そして、「あれ見てほしいんだよねぇ」と言いながら、元の歩くスピードに戻りながら、左側を説明していく白瀬。

 少しずつ遠ざかる“ドア”を背中で感じながら、ここまで来れば表示も見えず、自分と白瀬が言わない限り、小谷には分からないだろうと少し安心する。

 そしてラッタルの側で立ち止まると、やっと後ろを振り向く白瀬。


「さて、小谷君。ここの風景を、よーっく見回してほしいねぇ?よーく、だよ?そして覚えて欲しいんだよねぇ。ただし、カメラ等の撮影やメモは禁止だからねぇ?」


「はい!!」


 小谷は返事をすると、ラッタルやドアの一つ一つを確認するように見ていく。

 森はすかさず白瀬に耳打ちしようと近づくが、1m位まで近付いた時、白瀬に睨まれてしまう。

 森に対して左右に首を数回振ると、いつもの柔らかい視線に戻して小谷の方を向く。

 小谷はというと、白瀬から、質問が来るかも知れないと考えた。

 それこそ天井の灯火管制用の照明や、廊下の備品の位置を指差しながら呟き、必死に覚えようとしている。

 それを見て、淋しそうな表情になっている白瀬と、それに気付き、疑問に思う森。


「さて小谷ナミ君?そろそろ時間切れなんだけども、いいかねぇ?覚えてくれたかねぇ?」


 先ほどの淋しそうな顔が見間違えだったかのように微笑む白瀬。

 呼ばれた小谷は、緊張した面持ちで直立不動になる。


「は、はい!」


「森士長?もし君がこの“しらせ”にいる間に彼女が乗り組んで来たら、今度は2人でじっくり案内してあげようじゃないかねぇ?まだ、『案内してない所』があるはずじゃなかったかねぇ?」


 白瀬は左側の森に向くと、右目をウインクさせる。

 森は白瀬の意図に気付き、返事を返す。


「そうでしたね、”白川”1尉?時間があればもっと『色々な部屋』を案内出来たんですが・・・もう、食堂に行かないとですね?」


「そうだねぇ、森士長。さぁ、小谷君?ここの風景は絶対に”しらせ”に乗り組むまで忘れてはいけないよ?だからねぇ?」


「?・・・はい!ですね!?あの、ここに何か意味でも・・・」


 白瀬は人差し指を小谷の口元に近づけて、発言を遮り「食堂に着くまで、質問厳禁なんだよねぇ」と言って微笑む。


(ごめんね、小谷ナミ君。これが僕の出来る精一杯なんだよ。後は本当に自力で、ここを見に来てほしいねぇ。)


 その後、今度は森が先導する形で科員食堂に向かうが、当然のように白瀬を見習い、わざと遠回りをする。

何度も似たような場所を通っているように思え、段々と自分の位置関係が分からなくなってくる小谷。

 しかし、質問厳禁と言われてしまっている以上、それを守る以外に選択肢はなく、黙ってついて行く。

 科員食堂付近まで来ると、森が様子をうかがい、見学者が少なくなったところですぐ入室する3人。

 時間は1232iとなっていて大幅に時間は遅くなっており、食べ終えて出て行く隊員達は、見慣れない客に首を傾げながら出て行く。

 食事を自分達で盛り付け、空席に座ると、3人で「いただきます!」と言って食べ始める。

 白瀬と森はいつも通りだが、小谷は自分の前で盛り付けていた森とほぼ同じ量の為、今の小谷にとっては多めの量となっている。

 少し離れた席や厨房からの視線に、森は気になっているが、白瀬と小谷は気にせず、食事について食べながらしゃべっている。

 10分程すると、白瀬と森は食べ終えて、森が白瀬の分を一緒にして片付ける。

 小谷は森と同じ盛り付けに、やや後悔し始めている。

 まだ三分の一位が残っているからで、少しキツそうにも見える。


「大丈夫かねぇ?もし無理そうなら言ってほしいんだけどねぇ?」


「い、いえ、これぐらい食べられないで、入隊出来ません!」


 そう言うと、ご飯をかきこみ、味噌汁で流し込んでいく。

 その様子を食器の返却を終えた森が少し離れた所から見ていると、奥に座っている3種夏服姿の2曹と3曹が手招きをしているのに気付く。

 急いでいくと、2曹が口に手を当てながら小声でしゃべる。


「森、あの2人、誰?」


 森も小声で白瀬と小谷に、聞こえないようにしゃべる。


「奥の女の子は、“しらせ”希望の高校生です。」


 一瞬だけ目線を小谷に向けて、すぐ森に戻す2曹と3曹。


「もう1人は?お姉さんか?」


「いえ“白川”1尉です。」


 ギョッとした2人は、白瀬の背中を見る。


「な、なぁ、森!?何で別の船の尉官がここで飯食ってんだよ!?しかも、あれ私服じゃないか!?」


 小さめな声で早口でまくし立てる3曹。

 しかし、森は思っていたより大きい声に、慌てて自分の口に人差し指を当てて3曹達に注意を促す。


「しー!静かにお願いします!1尉の事がナミちゃんにバレたら、艦長から私達怒られちゃいますよ!?それに1尉はここの乗員ですよ!」


「ど、どういう事だよ!?ここの乗員!?初めて見るぞ?それに”白川”1尉は民間人だって、あの高校生に言ってるのか?」


「違います、“アール作業”ですよ!R作業!」


 森の言葉に2曹と3曹は目をしばたたかせた後、目を大きく見開き白瀬の背中を2度見する。


「そういう訳ですから、絶対に公開中というか、小谷さんがそばにいる時は、気をつけて下さいね!?お願いします、お二人とも!?」


「あ、あぁ。分かったよ、森。」


「マジか・・・あれが例の白せ・・・っと、あっぶねー、あっぶねー!”白川”1尉かぁ・・・メガネ外して私服じゃ分かんないですよ、2曹。」


「見たことあるのか?」


「とにかく、私はこの後も随行しますので、ここで失礼します。」


 森は2人に10度の敬礼をすると、席に戻っていく。

 小谷が立ち上がって食器を返却しにいくと、森とすれ違う。


「どうされます?すぐ移動しますか?」


 立ったまま訪ねる森に、白瀬は首を横に振って座るように促し、小谷を伺う。


「小谷君、食べきれたねぇ。ただ、ちょっと苦しそうだから、少し待とうと思うんだよねぇ?」


 そこに小谷が戻ってくる。


「私なら・・・ウップ・・・だ、大丈夫です!」


「まぁ落ち着こう?私に合わせちゃったんでしょ?他のWAVEより食べるから、大変なはずよ?」


 森の言葉に、小谷は驚く。


「えっ!?そうなんですか!?あれがWAVEの基本の量かと・・・」


「機関科は、特に体力勝負なんだよ。重いもの持つし、エンジン近くは暑いしね。それから一番の原因は、元々大食いだから、だね。」


「そうなんだぁ・・・」


「そう、落ち込まないで。きっちり食べきったのは、誉めて上げるから、ね?とりあえず座って?」


 小谷にも座るように促すと、食休みの為休憩させる白瀬。

 そこへ誰かが入室して来る。

 それに気がつくと、奥にいた海曹士達は一斉に立ち上がり、キャップや帽子を被っている者はキャップや帽子をとり、被っていない者はそのまま10度の敬礼を入ってきた人物にしている。

 白瀬と森も例外ではなく、何事かと後ろを振り向くと、ちょうど答礼している2佐が目に入る。

 小谷も慌てて立ち上がろうとすると、「そのままで良いよ。」と制する2佐。

 白瀬と森にも座るように言って、テーブルのそばに立つ2佐。


「本橋です。小谷ナミさん、お久しぶりですね。また会えるとは思いませんでしたよ?」


「お、お久しぶりです!本橋航海長!!覚えていてくれたんですか!?」


「えぇ、昨年まで副長だった河田も覚えていましたよ。『あれだけ熱心なら、早く来てほしいな』って、私と言ってましたから。」


「えっ?河田副長もですか!?嬉しいです・・・けど、ちょっと恥ずかしいですね、あはは!」


 昨年度まで“しらせ”副長兼船務長だった河田は、現在海幕へ人事異動となっている。

 2人が小谷を覚えていたのは、かなり詳細に聞こうと熱心だった姿や、“しらせ”に乗艦したいという熱意が、男性志望者よりもあるような点が、河田と本橋の記憶に残っていたのである。

 艦艇公開では様々な外部の人間が、ひっきりなしに質問などを投げかけてくる。

 そのため、彼等の記憶に残っているという事は、それだけ小谷に対して期待をかけているのではないか、とも思われる。


「楽しんでますか?しらせうちの公開は?」


「はい!“白川”1尉と森士長のおかげで、とても充実してます!」


 本橋は疑問を浮かべ、森を見てから隣の人物を見る。

 少し考えるような表情をして、胸ポケットのメガネのつるに気がつくと納得した表情になり、もう一度小谷を見る。


「小谷さん、今回の特別ツアーは艦長や“白川”1尉達の発案です。ただ、今回だけですからね?もう一度見たいなら、頑張って入隊して下さいよ?」


「はい!必ず配属されてみせます!」


 少し声が大きかったようで、奥の方や厨房の方から、小谷に声がかかる。


「頑張れよ!」


「待ってるからな!」


「(教育隊の)教官に負けんなよー!」


 その声に、顔を赤くして恥ずかしがるが、立ち上がると本橋に「ありがとうございます!」と一礼して、奥の海曹士達にも少し大きめの声でお礼を述べ、一礼して座る。

 すると一人の1士が拍手し、他も次々にし始め、本橋、白瀬、森も拍手に加わる。

 小谷はおろおろしながら、本橋や白瀬達を見て、もう一度、溢れそうになる涙をこらえながら立ち上がり、食堂全体が視界に入るよう、椅子をどけて左斜め後ろへ2歩下がると、拍手に負けない声を出す。


「頑張って絶対・・・絶対に海上自衛官として、ここに戻ってきます!」


 一度姿勢を正し、深々と頭を下げると、さらに拍手の音が大きくなり、そこに口笛も混じる。

 そして、小谷が席に着くと、拍手の音も小さくなって鳴り止む。

 少し俯き加減でテーブルを見ている小谷に、水色のハンカチが斜め左側から、ピンクのハンカチが正面から差し出される。

 顔を上げると、顔を見合わせている白瀬と森が目に入る。

 お互いに譲り合っているが、白瀬がさっさと水色のハンカチをポケットにしまう。

 小谷は森からピンクのハンカチを受け取り、溢れかけた涙を拭き取る。

 本橋は腕時計を見ると、声をかける。


「私は、また艦橋や飛行甲板に行きます。”白川”1尉、森士長、小谷さんの案内、続けてお願いしますね。」


 小谷に会釈した後、左手で持っていたスコドロを被り、本橋はそのまま科員食堂から出て行く。

 食べ終えた隊員達も、小谷に軽く手を振ったり、一声かけたりしながら出て行く。


○輸送艦”くにさき” 艦内通路 1304i


「むっちゃ~ん!どこ~?なの~?」


「06ちゃん!お願い!出て来てー!」


「国東、申し訳ない!ちょっと目を離した隙を突かれたよ!こうなったら、アクティブ打つしか・・・」


「お、親潮海将!お気を確かに!こんな金属の固まりの中で、しかも距離ほぼ0ですよ!アクティブソーナー使われたら、全員行動出来なくなります!特に響1佐と自衛官さんの耳が可哀想ですよ!」


「私からもお願いします!私のセンサー類、一時的にでも使用不能にするわけにはいかないんです!」


「親潮海将、私も一緒にいたんです。私も同罪ですよ。」


「そんなことより皆さん!一刻も早く探しましょうよ!06ちゃーん!」


 親潮、八丈、響、国東、2105、剣龍、凉波が血眼になってエアクッション艇“LCAC2106”を探している。

 事の起こりは1248iの食事終了に遡る。

 食事の片付けをしていた国東達は、誰かがLCAC姉妹を見ているだろうと思い込み、気にかけていなかった。

 そこに2105から「2106の姿が見えない」という報告が入り、今に至っている。

 自衛官や艦魂達は把握できる国東だが、何故かLCAC姉妹だけはうまく把握出来ず、焦りを隠せないでいる。


「そうだ!凉波のとこにSHはいないのか!?彼らなら探し出せるだろう!?」


 親潮は凉波に小走りで近づき、凉波の両肩を前後に激しく揺する。


「お、落ち着いて下さい、親潮海将!飛行隊は現在いません!日向海将補や出雲1佐なら可能性はありますが、DDHの方々もここにはいません!」


 凉波に言われ、悲しそうな顔で1歩下がると、がっくりと肩を落とす。

 そこに、2105が親潮の右足に抱きついてくる。

 その顔には涙の跡が光っており、目は赤く充血している。


「ね~ね~、親潮~?むっちゃん、どうして無線に出てくれない~?の~?」


 2105と目線を合わせるため跪き、諭すように話しかける。


「2105・・・ちゃん、いいかい?ここは”くにさき”の中だって分かるよな?」


「うん!わかる~!よ~?でも、この中でもおしゃべりいつもしてた~、の~。」


「えっ?私達と同じ様に会話出来るのか?じゃあもしかしたら今は、無線聞こえてるかわからないってこと・・・か?」


「親潮~・・・」


 不安げな顔をして、今にも泣き出しそうな雰囲気である。


○掃海艦はちじょう側の桟橋 同時刻


「えっと”さみだれ”と“すずなみ”の主砲とか、“くにさき”もOKだし、この前小説で読んだ“はちじょう”のトランシットも追加で撮ったし、残るは“しらせ”2周目!!」


 コンパクトカメラの画像を、液晶画面でざっと確認し、歩き出そうとするアキラ。

 人がごった返す中、正面に見たことのある後ろ姿を見つける。


「あれ!?昨日の女の子、今日も来とるみたいだけど、また1人?良くはぐれる子じゃねぇ?」


 昨日のアレイからすこじま公園で遭遇した女の子だと気がつき、そばに親御さんがいないかキョロキョロと見回して探すがそれらしき姿が見当たらない。


「昨日は、凉波さんとかいう自衛官さん?が、迎えに来とったし、あそこの自衛官さんに話してみよう。」


 アキラは、急いでそばにいた広報の腕章を着用した自衛官に駆け寄り、事情を話して女の子を保護すべく2人で向かう。


「あの青作業服の子です!いっちゃーん!ちょっと待ってー!」


 聞こえていないのか、そのまま“しらせ”に向かう女の子。

 女の子に追い付くと、2人は前に回り込む。

 その子は、驚くでもなく、きょとんとした顔で小首を傾げる。


「いっちゃん、アキラだよ?覚えてる?」


「いっちゃん?あたし『むっちゃん』っていうんだ~!よ~?」


「えっ?むっちゃん?いっちゃんじゃないの?」


「えっと、むっちゃんていうんだね?お父さんとお母さんと、どこではぐれたか、覚えてるかな?おじさんに教えてもらえる?探して上げるから。」


 アキラは予想外の返答に困惑し、広報の自衛官は跪いて“むっちゃん”といくつか会話しているが、どうやら要領を得ないようだ。


「名前も『むっちゃん』としか分からないし、これで放送かけて分かるのかなぁ?」


「あの、昨日この子に似た『いっちゃん』て子の迎えに『凉波さん』っていう自衛官さんが迎えに来てました。その方なら分かるんじゃないですか?」


「どこの所属か、分かりますか?」


「そこまでは・・・すみません。・・・なんかヒントは・・・あっ!」


「思い出しましたか?」


スコドロ識別帽!識別帽ですよ!確か”すずなみ”でした!そこの凉波さんです!」


 不審そうな顔をアキラに向けるが、すぐさま無線で連絡をとる自衛官。


「君、本当にいっちゃんじゃないの?」


「むっちゃん!だよ~?」


「どこに住んでるの?」


「あれ~!だよ~?」


 むっちゃんの指さす方向を見て、驚くアキラと自衛官。

 その方向は、輸送艦”くにさき”である。


「じょ、冗談が上手いんじゃねぇ、むっちゃんは!」


「今、”くにさき”から迎えが来るから、もうちょっと待っててね?むっちゃん?」 


「えっ!?本当・・・なの?」


「あっいえ、探してもらったら、“くにさき”に凉波さんがいらっしゃったので、来てもらうことになったんです。」


 それからしばらくして、”くにさき”から女性自衛官が3人の元に走ってくる。

 昨日と同じ3種夏服だが、”くにさき”のスコドロをかぶっている。


「すみませんでした!輸送艦”くにさき”航海士の凉波です!姪がご迷惑おかけしました!むっちゃん、ダメでしょう!勝手にいなくなって!2佐も心配してたんだからね?」


「やっぱり、ガチの海自好きじゃなくて、本物の自衛官さん中の人だったのか・・・」


「良かったね、むっちゃん?」


「うん!」


 その後、2つ3つ会話を交わすと、広報の自衛官は挙手敬礼してから離れていく。

 凉波はアキラの方に向くと、10度の敬礼すると、アキラも頭を下げる。


「昨日といい今日といい、重ね重ね申し訳ありません。ご迷惑おかけしました。」


「あっ、いえ、大丈夫です!迷惑なんて全然かかってないですから!」


 慌てて両手を振って、凉波を気遣うアキラ。

 06は凉波の左足に抱きついている。


「本来ならお礼をしたいところなんですが、生憎とご覧の通り忙しい状態でして・・・」


 と、胸についている”さざなみ”のピンバッジに目をとめる。

 アキラも目線に気づき、そちらに目を向ける。


「それ、エコーにいる”さざなみ”のピンバッジですね?護衛艦、お好きなんですか?」


「はい、好きです!でも、あちらの”しらせ”も好きなんです。これから撮影しようと思ってたんですよ。」


 少し考え込んだ凉波は、アキラに質問する。


「”しらせ”と”さざなみ”どちらがお好きなんですか?」


「えっと、難しいですね?・・・えっと、“しらせ”ですね。“さざなみ”も好きですけど、呉に滅多に来ないですし、他と違うっていうか・・・」


 その返答に、また考える素振りを見せる凉波は、何か思い付いたような表情をする。


「・・・もし、お時間あれば、ついて来ていただけるでしょうか?確認してきたいのですが、日陰にいた方が良いと思いますので。」


 そうに言うと凉波は06の手を取りながら、アキラを輸送艦”くにさき”に案内しようとする。

 アキラは突然のことに驚きながらも、ついて行く。

 艦内の格納庫に案内されると、待つように言われ、凉波と06は水密ドアを開けて中に入り、扉を閉める。

 急いで06と多目的区間に向かうと、国東に引き渡し、白瀬に連絡をとる。


『白瀬1尉、突然すみません、凉波です。今大丈夫でしょうか?』


『凉波君かい?少しだけなら。』


『では手短に。明日、案内していただきたい“人”がいます。大丈夫でしょうか?』


『ちょっと待ってねぇ・・・』


 2~3分くらいして、白瀬から連絡が入る。


『朝1から1時間の約束なら。こっちの方も約束があってねぇ、聞いたら1030からでってことになったから、そっちには1015までと伝えて欲しいねぇ!ごめん、それじゃまたねぇ!』


『あのっ!白瀬1尉!?』


 凉波の呼びかけに、白瀬は応答しなかった。


「困ったなぁ・・・1時間で納得してもらえると良いんだけど・・・」


 そう呟くと、先程の水密ドアまで戻り、アキラの所に向かう。


「明日も公開に来られるんですよね?」


「はい、来られます。それが何か?」


「9時5分頃、”しらせ”のラッタルまで来られますか?1015までで申し訳ないんですが、今回のお詫びとお礼と言うことで、私ともう1人でご案内させていただきたいんです。」


アキラは少し考え込むが返答する。


「多分大丈夫だとは思いますが、もしかすると、行列で遅れるかもしれませんが、大丈夫ですか?」


「私達の方は大丈夫です。お待ちする立場ですので。」


「分かりました!なるべく列の先頭に行けるように頑張ります!」


アキラは礼をすると、“しらせ”見学に向かう事を述べて、”くにさき”を後にする。


○砕氷艦しらせ 後部右舷側01甲板(飛行甲板直下) 1533i


「えっ!?主機もときが故障ですか!?」


「氷海から抜けていたから、問題無かったけど、もし氷海内だったら、帰れなかったかもしれなかったねぇ」


「それは私の着隊前の話ですね。先輩方からも聞いてて、『俺達の仕事が、“しらせ”全員の命に関わる!気合い入れて、全力でやれ!』っていつも言われています。」


「後は、ラミング中に片舵損傷した時は、置いてけぼりを覚悟したねぇ!」


「置いてけぼりですか!?」


「最低人員を残して、”しらせ”で越冬って事だったですよね、”白川”1尉?」


「そ、そうそう、その越冬組に入るところだったんだよねぇ!」


 森にフォローされながら、白瀬は今の所ボロを出さずに済んでいる。


「所で小谷君?改めて聞くけど、君はどうしてこの砕氷艦である“しらせ”に乗りたいのかねぇ?」


「はい、私は12月生まれなんですが、南極で20歳の誕生日を迎えたいって夢があるんです!」


 左手でスタンションを軽く掴みながら、右にいる小谷を見ている。

 小谷の右隣の森も小谷を見ている。

 視線は少し厳しく、何か見定めるような雰囲気が出ている。

 白瀬は森のそれに気付きながら、話を進める。


「それだけ、では無いよねぇ?」


「はい、それは勿論です!自衛官ですから、国防を担うのも覚悟しています!その傍らで南極観測をCIC・・・じゃなかった、航行支援室から携わっていきたいんです!」


 白瀬を見る目は、覚悟を決めている者のする目であり、小谷の本気度が伺える。

 そのすぐ側では、見学の順路になっているため、艦内から左舷側の出口となるラッタルへと、見学者が喋ったり、写真を撮ったりしながら歩いていく。


「“白川”1尉、発言よろしいでしょうか?」


 突然、発言の許可を求める森の声に、小谷は振り向く。


「いいよ、森士長。どうぞ?」


「ありがとうございます。小谷さん、これの意味分かる?」


 森は、小谷の目の前で手を広げた後、親指と小指を曲げて、小谷に見せる。


「3ですか?えっと、3?・・・3・・・」


「3年」


 手を下ろし、真っ直ぐ小谷を見る森。


「3年?ですか?」


「私が入隊してから、この”しらせ”に乗り組むまでにかかった時間・・・そして、希望を出し続けた時間・・・3年よ。これでも早い方らしいよ。」


 驚いてはいないが、少し戸惑う小谷。

 白瀬は黙って、成り行きを見守る。


「最近は行けるWAVEの人数も増やすって言ってるから、男性よりチャンスはあるはずだよ。でも、だからといって、すぐに行けるかは運次第になっちゃうけどね?」


 実際WAVEは2015(平成27)年度で10人が行っていて、今後は16人程度まで増員する予定でいる。


「20歳の誕生日を南極で迎えたいってことは、成人式もしたいって事よね?」


「はい、そういう事になります。」


「そっか・・・私は1年違いで迎えられなかったから、小谷さんには叶えてもらいたいなぁ。応援するよ!」


「ありがとうございます!森士長!」


 思わず小谷は、大声で森に礼を述べ頭を下げる。

 近くを通っていた見学者が、その声に驚き一瞬立ち止まって注目し、また歩いていく。


「小谷君、僕からも、いいかねぇ?」


 その声に、真後ろになっていた白瀬の方に向き直り、「なんでしょうか?」と返答する。


「多分、他の艦艇の見学でも言われたかもしれないけど、・・・もし、もしも、だよ?希望が叶わなかったら・・・どうするんだい?」


「諦めずに希望を出し続けます!南極観測に自衛官として、長く携わりたいんです!」


 白瀬はメガネをかけ、小谷に半歩近付いて、少し見上げるようにじっと見つめる。


「あ、あの・・・」


 何も言わない白瀬に、段々と戸惑いが隠せなくなってくる。

 白瀬は、人差し指でメガネの位置を直すと、その位置のままで話す


「小谷君?僕は君には、ここに来てもらいたいと思ってるんだよ。乗員のみんなに負けない気持ちを、持ってるのが分かったからねぇ。」


「“白川”1尉、ありがとうございます!」


「でも、海上自衛隊は、『国の組織』ってことも、きちんと理解してほしいんだよねぇ。そこで、明日までの宿題を出そうと思うんだよ。」


「宿題ですか?」


 自分の顔のそばで、人差し指を立てた白瀬は続ける。


「うん、宿題。”しらせ”に乗り組む自衛官の事を調べる宿題。これはネットとかでも出ているからねぇ。と言っても範囲が広すぎるねぇ・・・そうだねぇ・・・乗り組む期間だとか、生活とかかねぇ?質問するからねぇ?」


「分かりました!どんな質問にも答えられるように、改めて勉強してきます!」


 白瀬はそれを聞いてから、後ろの森の方を見るため、体をずらす。


「森士長、聞いたかねぇ?」


「はい、聞きました。」


「明日、1030が楽しみだねぇ!」


「“白川”1尉のお考えは、今一分かりかねますが、楽しみなのは一緒ですよ!」


 その時、艦内放送で「蛍の光」が流れ始める。


『本日は、砕氷艦しらせの艦艇公開へお越しいただき、ありがとうございます。本日の公開は、午後4時までと・・・』


 ゆっくりと聞き取りやすいスピードで、艦艇公開の終わりを告げる艦内放送。

 小谷は、近くのスピーカーを見上げ、森は腕時計を確認する。


「申し訳ないねぇ、小谷君。」


「いえ、こちらこそ、ありがとうございます!”白川”1尉、森士長!」


「ごめんね、小谷さん。私はそろそろ着替えて一度機関室行かなきゃなんだよね。”白川”1尉も行かなきゃだから、ここで今日はお別れだね。」


「森士長?僕は・・・」


 白瀬がそう言いかけたところで、森の視線が厳しくなっているのに気付く。

 小谷からは、背後にいるので森の視線に気がつかない。


「あ・・・僕は、部屋に戻って航行支援室に戻らなきゃだったねぇ、いやぁ、時間が経つのが早いねぇ!あはは!じゃあ、森士長、一緒に行こうじゃないか!」


「すみませんでした、お二人とも。お忙しいのに長々と、ありがとうございました。あの、明日の10時半もよろしくお願いします!」


 小谷は、一礼し頭を上げると、「失礼します!」と言って、舷外ラッタルに歩いていく。

 2人はそれを見送って姿が見えなくなると、森が抗議の声を周りに聞かれないように上げる。


「白瀬1尉!お昼の!何考えてたんですか!?心臓止まるかと思いましたよ!突入するんじゃないかと、生きた心地しなかったんですから!」


「ごめんねぇ、森士長?ただ僕は、見せて上げられない代わりに、『またここに来たい』って思ってもらいたかったんだよ。本当は扉は見せても大丈夫だけど、それじゃあ面白くないと思ってねぇ。」


「紛らわしいですよ!お願いしますから、明日は大人しくしてて下さいね!士長の私が、白瀬1尉にこんな事言うのはあり得ないんですから、そこも理解して下さいよ!本当にお願いします!」


「分かったよ、君の忠告通りに大人しくしているよ。」


 森に背中を見せる白瀬の、続く言葉に凍り付く。


「君も艦長命令とは言え、なんて、大変だねぇ?明日もよろしく頼むねぇ!森士長?」


 笑顔で振り向き、森の左肩を一回軽く叩くと、踵を返して歩いていく。

 森が何も言えず立ち尽くしていると、白瀬は何か思い出したように立ち止まり、また森の方を向く。


「そうそう、言い忘れていたけど、明日0905位に凉波君がお客様を連れてくるそうだけど、1時間位しかないから、通常ルートだけ案内するから安心してねぇ!」


 そう言い残すと、艦内に歩いて入っていく。

 森は我に返って事情を聞こうと慌てて追いかけるも、既に姿を消してしまっている。


「白瀬1尉・・・すみません・・・」


 森の言葉は誰の耳にも届くことなく、呉の夕景に溶けていった。

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