最終話 同じ月
兄はせっせと松陽新報に翡翠記を書いていました。
恭、あなたは龍之介君をどうしたかったのですか。キリストを人間としてしか信じない彼に、憎悪と友情が混ざって、得体の知れない感情を持ってしまったのではないですか。やがて自分を超えていく小説家になるであろう龍之介君に嫉妬していたのではないですか。そうして、彼に「本当に言うはずだったこと」を言わなかったのではないですか。牧師に見立ててワタシにすべてを伝え尽くしましたが、それは恭の救いにも、龍之介君を救うことにも、何にもなっていません。
お花畑の家を片付けた日、夕餉にまたしじみ汁が出てきました。恭は食卓につかず、藤椅子に深く腰掛けて、昔行った玉造温泉から買ってきた提灯を上目遣いで眺めているばかりでした。
同年、十一月に龍之介君は久米正雄さん宛てに手紙を書いています。
――僕は一切の遠慮をすてていう 僕はすべての他の人間を軽蔑するだけそれだけ君を尊敬する。
ワタシは恭からその内容を教えてもらいました。恭がどうやってそれを知ったのかはわかりません。ワタシに伝えた直後、
「この男……」
聞いたこともない口調で恭は呟きました。「恭兄さん……」とワタシは思わず心配して声をかけてしまいました。
誰にでも愛されることを求める救えない友。誰に愛されても救われないことを選ぶ友。
救いたい兄。救いたくない兄。
恭の心は乱れていました。
ワタシは苦しむ兄の姿と、旅立つ龍之介君の背中に、同じものを感じました。
同じ月、「柳川隆之介」という作りものめいた筆名で、龍之介君の短編「羅生門」が帝国文学に発表されました。
同じ月~若き日の芥川龍之介~ 猿川西瓜 @cube3d
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