己が肉体と矜持を武器に、大切なものを守り抜く…。不器用な“漢”の物語!

 現代に生きるプロレスラーが主人公。地方に向かう道中に発生したバスの転落事故のさなか、彼は過去の日本(あるいは日本によく似た異世界)に飛ばされてしまう。

 混乱冷めやらぬうちに、今度は郎党たちに追われる女性と出会い、巻き込まれるように戦闘になってしまう主人公。辛くも勝利した後、女性の家で厄介になることになるのだが、どうやら女性を取り巻く環境は複雑なようで……。



 三人称で進む物語は非常に読みやすく、物語もテンポよく進んだ印象です。特に、ちょっとした情景描写や心象の描写が冴えていて、主人公がどこで、何を感じ、どう行動したのか。非常に分かりやすく描かれており、脳内で映像が生き生きと動くようでした。

 また、情報の取捨選択が非常に巧みで、魅せたい場面とそうでない場面がきちんと区別されており、テンポを落とさないままに魅せ場を堪能することができます。伝わってくるのはある種の美学。あるいは矜持。守るべきもののために戦う漢(おとこ)の姿が、そこにはありました。

 そんな巧みな文で描かれるのは、未だに真剣が振るわれる時代を己が身一つで戦い抜く、プロレスラーの物語。

 刀を始めとする刃物を手にした相手に対して、主人公は鍛え上げた肉体と、プロレスラーとして培ってきた技術を持って立ち向かいます。
 そこにはチートなどありません。時間をかけ、汗水垂らして磨き上げた筋肉と技、何よりもレスラーとしての矜持だけで迎え撃つのです。そんな漢を見せる主人公の姿こそが、本作最大の魅力だと思います。

 閃く銀線に対し、躍動する筋肉。飛び散る汗、ぶつかる技と技。その戦闘描写が先に上げたテンポの良さと合わさると鮮明に映ります。刃物を向ける敵が放つ威圧感。対して無手な自分の緊張感。その1つ1つが具に描かれ、手に汗握るとはまさにこのこと。

 派手な爆発も、神秘的な力も無い。にも関わらず、心躍ってしまう。それはきっと、その戦いに“華(はな)”を感じてしまうから。プロレスラーの主人公が持つ圧倒的な美学が描く、美しい戦いがあるからだと思います。魅せ方、と呼んでも良いかも知れません。相手の技を尊重し、その上で、自分の技を披露する。私自身プロレスというものを全く知らないわけですが、もしこれがプロレスというもの魅力なら、なるほど。長年愛され続ける理由がとても良く分かる気がしました。

 全体の雰囲気も私好みで、「和風」では無く「和」なんです。文明が自然を克服するより更に前の時代設定ということもあり、人は自然に寄り添い……人が自然に従う生活がありありと浮かんできます。そんな時代で己が道を探求する人々の姿、そして、影で悪巧みをする人々。どれをとっても生き生きとしていて、歴史に疎い私でも分かりやすい時代劇を見ているような。自然の色や香りのする世界がひしひしと伝わってきます。

 だからこそ、そこに迷い込んだ現代人の主人公が混乱したり、悩んだりする姿には自然と親近感を覚えてしまいます。ですが、プロレスラーとして生きてきた彼の、少し“抜けている”部分にクスッとなったりして、不器用で。どこまでも好印象なんです。そんな彼が“大切なもの”を守るために戦う姿……。惚れるなという方が、無理な話でした。

 助けた女性(ヒロイン)に迫る悪意。果たして主人公はおのが肉体と矜持を武器に、最後まで彼女を守り通すことができるのでしょうか。また、女性が狙われる理由とは……? 興味が尽きません。



 人、描写、どちらをとっても非常に魅力的な作品。各所に感じられる美学と、そこから導き出される“漢”の姿。読めば必ず惹きつけられること間違いなしです!

 プロレスを知らなくても、時代劇風の作品を知らない・苦手にしている方も。ぜひぜひ呼んで欲しい読んで欲しい作品です!

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