5 繋がらない解と式

 俺が『仕事』を終えてホテルに戻ると、三人がロビーで迎えた。

 ――浦野、ユイ、そしてひねり。

「おやおや、出迎えご苦労さん」

「……ふざけるな、ヤス。どこに行ってた?」

 浦野が険しい表情で詰め寄ってくる。

「散歩さ。何だよ、散歩は禁止だってのか?」

「こんな時にのんきに散歩してる場合かよ!」

 浦野の言いぐさに、俺は内心あきれかえった。

 『のんきに散歩』、ねえ……。

 俺は今回の『散歩』ほど真剣かつ真面目に行動した時は、人生においてなかったんだがな。

「……やけに長かったですね」

 ひねりがそう言って疑惑の眼差しを向ける。

「散歩に制限時間があるのかよ」

 俺の挑発に浦野が簡単に乗ってきた。

「おいヤス、そんな言い方ねえだろ! みんなトイレにも行かず、ずっとここでおまえのために待ってたんだぜ!?」

「『おまえのために』? ははっ、『自分のために』の間違いだろ?」

 単に『人殺し』の行方がわからなくて不安だから寄り集まってただけの話だろう。

「それに『みんな待ってた』って言うが、アキがいないじゃないか」

 わかっていて尋ねる。――アキがもういるはずがないことを。

「アキはもう部屋に戻ったよ。寝てるんじゃないか?」

 浦野が仏頂面で答える。

「ずいぶん薄情だな。ほったらかしか?」

 表情を険しくした浦野の機先を制して、ユイが口を開いた。

「アキさん、強がっててもかなりナーバスになってるみたい。すぐに部屋に帰って、ひねきちが声をかけても拒否して……」

 ユイの視線をうけたひねりが後を続ける。

「それでもちゃんと鍵はかけてましたし、アキ先輩も『鍵をかけて出ないから大丈夫。ひとりのが安全』っておっしゃって……」

「俺達も心配して最初部屋の前にいたんだが、『うっとうしい』って追い払われたぜ。ずいぶん気が立ってたな」

 浦野が肩をすくめると、ひねりも心配そうに言った。

「正直不安はありましたが、非常口にも鍵はかかってましたし、ここのロビーさえ押さえておけば他に二階への侵入路はないので、危険はないと判断しました」

「危険はない? やれやれ、のんきなのはおまえらの方だろ」

 ――つくづく甘い連中だ。おかげで簡単に計画が遂行できた。

「……どういう意味だ、ヤス」

 すごむ浦野の横で、何か察したらしいひねりが急いで階段に向かった。

「――行きましょう、アキ先輩の部屋へ」

「そうね、やっぱアキさんも一緒にいた方がいいわね」

 ユイの言葉に俺は笑いそうになる。

 いまさら何を言ってやがる。本当にのんきな奴らだ。

 俺達はそろって二階へ上がった。そしてひねりがアキの部屋のドアをノックする。

 だが当然返事はない。

「アキ先輩?」

 ひねりがノブを回すと……あっさり開く。

「あれ――」

 はっとしたように中に駆けこむひねり。

 そして室内をくまなく探すが……。

「いない……」

 ――当然だ。

 ひねりは何かの痕跡が残ってないか調べながら、部屋を駆けずり回った。しかしもちろん収穫は何もない。

「ひねり、アキさんは一体どこに……」

 ユイが言いかけたのをさえぎり、ひねりは言った。

「探しましょう!」

 俺は内心でため息をつき、廊下に出ようと歩き出した。

「あ、待ってください! 別行動しないで一緒に探しましょう!」

 やれやれ、念入りなこった。俺に工作や証拠隠滅をさせないつもりらしい。

 ひねりは部屋を出ると、まず残る唯一の出入口である非常口に向かった。二階から外に出るならそこしかない。

 ひねりは先頭を切って、俺の部屋と浦野の部屋の前を素通りすると、突き当たりの非常口に駆け寄った。そして指紋を付けないようドアノブにハンカチをかけて回すが――。

「……だめ、開かない。鍵がかかったままだよ」

 ユイはひねりを押しのけ、ドアを端から端まで確かめて言った。

「見たところ鍵も壊されてないし、扉を外された形跡もないわね……」

 ユイの横で考えこんでいたひねりが、突然はっと気付いたように言った。

「まさか……アキ先輩はまだ二階にいるのかな?」

 ひねりの提案で、俺達は二階の部屋を片っ端から捜索した。

 だが当然何も見つからない。

 続いて一階に降り、四人で片時も離れず建物の中をくまなく探した。それが終わると外にも出て、みんなで固まってホテルのまわりを一周した。

 が、結果はもちろん――。

「いない……」

 ロビーに戻るなり、呆然とつぶやくひねり。

「やっぱり予告通り――」

 ユイが言いかけ、また気まずい空気が流れる。

 ……誰も言いたい事を言いやがらない。内心はっきりと俺を疑っていながら。

「と、とにかく警察に電話するわ」

 そう言って目の前のフロントに走るユイ。

「――あら?」

 フックを押しなおし、何度もダイヤルを回す。

「通じない……」

 馬鹿が。電話線なんてとっくに切ってある。

「くそっ、マジかよ!」

 悪態をつく浦野。ひねりは電話が通じないのを確かめてうなだれた。

 駅のある町まではかなり歩かなければならない上、夜中では暗くて道も分からない。倉庫にあった懐中電灯も夕食前に処分しておいた。

「明け方まで孤立ってことか……」

 浦野の言葉を否定する者は誰もいなかった。闇の中、町までたどり着くのが無理なことはみんなわかっているようだ。

「あれ……もしかして、非常口の鍵なくなってる?」

 ユイがフロントに置かれた、鍵をまとめて入れてあるカゴの中を見て言った。

「あ……本当だ、ない……」

 ひねりが全ての鍵を並べて確認する。

「ひねきち、最後に鍵を見たのはいつ?」

「えっと……ヤス先輩が散歩に出た直後に調べたよ」

 抜けてるようでなかなか周到だ。だがそんなことで俺の計画は見破れない。

「散歩出発後か……だったら俺は無実だな。鍵がなきゃ二階へは忍びこめねえからな」

 鼻でわらう。

「おまえ、途中で戻ってきて鍵を盗んだんじゃねえのか」

 浦野の言葉にひねりは首を振った。

「出発後はアキ先輩も含めて、みんなロビーにいました。戻ってきたら誰かが気付きます」

 浦野は少し考える様子を見せた。

「……ならアキが自分の部屋に戻った時は? 全員二階に上がって結構話してたし、その間はロビーががら空きだったろ?」

 それもユイが否定する。

「その時はひねりに命令されて、アタシが階段の真ん中でロビーを見下ろしてたわ。ずっと見張ってたけど、ロビーには誰も来なかった」

「その後は私達三人でずっとロビーにいましたから……ヤス先輩はフロントに近付けません」

「合鍵はねえのか?」

 浦野の問いにユイが少し考える。

「難しいわね。あったとしてもオーナーが管理してるんだからこのホテルの中にはないし、事前に作ることもできないわ」

「だったら元々非常口の鍵が開いてたんじゃねえか?」

 食い下がる浦野に今度はひねりが答えた。

「それはちゃんと確認しました。だからアキ先輩一人で部屋に戻るのを許したんです」

「アタシたちが一階に下りてからは、ロビーは一度も空けなかったわよね……」

 ユイのつぶやきに、うなずく浦野。

「ああ、トイレにすら誰も行ってねえ」

 それを聞いて俺はふきだした。

「――語るに落ちたな。それなら鍵を盗んだのはおまえらの中の誰かしかねえじゃねえか」

「……おい、もういっぺん言ってみろ」

「おまえらの中の誰かが犯人じゃないかって言ってるんだ」

「そんなわけねえだろ! ヤス、おまえがアキを殺したんだろ?」

「人聞きが悪いことを言うな。おまえらだって同じ容疑者だろ?」

 俺は浦野、ユイ、ひねりを順に見る。

「馬鹿野郎! 犯人なんておまえしかいねえだろ!」

「なら証明してみろよ。非常口は開かねえんだろ?」

「くっ……」

 ニヤニヤと浦野を見る。

 ……わざわざトリックを仕掛けた甲斐があったというものだ。

 それがカンにさわったらしく、浦野は声を荒げた。

「そんなこたあどうでもいい! 散歩から帰ってくる前にアキを殺してきたんだろ!?」

 ちっ……考える事すら放棄したか。馬鹿が。

「……頭が悪い奴は黙ってろ。不可能な事を一体どうやって実行するんだ?」

「なんだと――? この人殺し野郎!」

 俺も頭にきて怒鳴る。

「いい加減にしろ! てめえにそんなこと言われる筋合いはねえ!」

「この――!」

 浦野が俺につかみかかろうとする。

「やめてください! ここで争っても仕方ありません!」

 ひねりが割って入る。

 ……意外と度胸があるようだ。

「クソが……明日警察が調べりゃ、てめえがやったって事なんか一発でわかるぜ」

 舌打ちして荒々しく階段をのぼる浦野。

「浦野先輩! 一人になるのは危険です!」

「うるせえ! こんな人殺し野郎と一緒にいられるか!」

 ひねりは階段の途中まで浦野を追いかけたが、俺が動かないのを見て足を止めた。

 ひねりは俺と浦野を見比べ――。

「必ず部屋に鍵をかけてくださいね!」

 浦野に向けて声をかける。

 ……俺を放置、あるいはユイ一人に見張らせるのは危険だと判断したらしい。

「ふん、鍵なんていちいちかけてられねえが……今回だけは別だ。俺までこいつに殺されるのはごめんだからな」

 そう吐き捨てて部屋に向かう。

 一方俺は――。

「さあて、それじゃ俺はまた散歩に――ってわけにはいかないようだな」

「だめです。私とユイさんと一緒にいてください」

「下級生に命令されるいわれはないんだがな」

「……すみません。ですがご協力をお願いします」

「断る、と言ったら?」

「二人でついて行きます」

「ちょっ、ひねきち……アタシも?」

 俺は肩をすくめて玄関に行きかける。その進路に立ちはだかるひねり。

 ――引く気はないらしい。

「……朝までずっと見張る気か?」

 力強くうなずく。

「仕方ねえな――」

 俺は玄関から離れると、階段の左脇にあるフロントまで戻り、そこにもたれかかった。

 それでも二人は油断なく俺の動きを警戒する。

 ……これじゃ茶も飲めやしない。

「ふん、勝手につきまとってろ。だが俺はおまえらの命令に従う気なんてないぜ。好きな時にここから離れさせてもらう」

 俺はゆっくりとソファーまで歩くと、そこに座って腕を組んだ。

「さあ、しっかり見張ってないと逃げ出しちまうぜ」

 そのまま根くらべのような睨み合いになる。

 ――そんな緊張状態が一時間以上続いただろうか。

 ……さてと、そろそろ動くとするか。

 俺は唐突に立ちあがる。

 敏感に反応する二人。

「ヤス先輩、どうかしましたか?」

 警戒感をあらわにして尋ねるひねり。

「トイレ」

 俺はロビーの右端にある、裏口につながる廊下を指差した。トイレはその先だ。

「まさか中までついてくるなんて言わないよな?」

「……行きます」

「って、待ちなさいよひねきち! さすがにそれは――」

 ユイと同じく、さすがに俺もあきれて言う。

「おいおい、大きい方でも入ってくるのかよ」

「……ではトイレの前にいます。できるだけ早くしてください」

「それは腹に聞いてくれ」

 俺達は三人そろってトイレの前まできた。

 そこは小さいながらも男女別々になっており、男子トイレは小便器が二個据え付けてある形になっていた。

「じゃあここで待っててくれ。あまり急かすなよ」

 俺は中に入ると、予定通り『用』を足す。

 即ち――窓から外に抜け出すという『用』を。

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