9 計画の終わり

「ははっ、ははは――」

 俺は力なくわらう。

「ひねり……おまえは俺が誰を殺してきたと思うんだ?」

「……もし拉致しただけで殺していなかったのなら、浦野先輩を。それかあるいは――」

 少しためらってから――。

「アキ先輩を、です」

「……なぜ俺がアキを?」

「なぜならこの計画は、アキ先輩を殺す事で完了すると思われるからです。最後はアキ先輩を自殺に見せかけて殺し、浦野殺しの罪をすべてアキ先輩一人になすりつけて――」

 俺はもう一度わらう。

「――ハズレだ」

「……そうですか」

 ひねりは微笑んで言った。まるで『ハズレ』の意味にまで推理が及んでいるかのように。

 ……こいつは本当に別人のようだ。――いや、もしかして初めから何もかも見透かされていたのだろうか?

「あの――ひねきちの推理、間違ってるんですか?」

 ユイの言葉に俺は首をふった。

「一番最後だけが……な」

 そう答えてゆっくりと立ち上がる。

「――ついてこい」

 ユイが不安げにひねりを見る。

「大丈夫だ。怖いなら離れて俺の後に続け」

 俺は急ぐでもなく玄関から出た。

「もう夜明けか――」

 いつの間にか東の空が明るくなっていた。

 少し距離をおいてついてくるひねりとユイ。俺のすぐ後ろにはあの猫までいた。

 ――そしてホテルから少し歩いた崖のそば。そこに東屋あずまやがあった。

 その近くに、崖際に立って海を見ている人影。

「あ――」

 振り返って小さく声を漏らしたその人影は……。

「アキ……」

 俺は照れたように笑いかけた。――それですべてが伝わった。

「……さすがね。ひねりちゃん」

「え、アキさん――どうして――」

 ひとり状況が飲みこめていないユイに俺は言った。

「今から事件の――俺の計画のすべてを話そう。ひねりには必要ないかもしれないけどな」

 俺はアキと肩を並べると、自ら告白を始めた。

「そもそもこの計画は『浦野殺害計画』――つまり浦野ただ一人だけが標的だったんだ。他には誰も危害を加えないとアキと約束してた」

「その……どうして浦野さんをターゲットに?」

 ユイの言葉に、俺はアキの顔を窺う。

「……その話は最後にしましょう」

「――そうだな。まず事件の流れを説明しちまおう」

 まず最初は……『アキ事件』ってやつからか。

「アキが部屋から消えたのはひねりの推理通り、アキが自分で非常口から抜け出したんだ。フロントから鍵をあらかじめ盗んでおいてな。アキは最低限の荷物だけ持ってしばらくホテル付近にひそみ、その後はこの東屋を隠れ場所にしてたんだ」

 俺はアキの髪をなでた。

 ――夜の闇の中ではかなり不安だっただろう。懐中電灯も不用意にはつけられないのだ。

「そして俺が散歩から帰ると、アキが消えたのに気付いて捜索が始まる。アキはみんなが下を捜索してる最中に戻ってきて、非常口から浦野の部屋へ忍びこんだんだ」

「え――あの時二階に隠れてたんですか?」

 驚くユイに、アキは申し訳なさそうに答える。

「――ええ。武器を持って、ずっと浦野の部屋にね」

「その後、俺は浦野とケンカして部屋に帰らせた。わざと挑発してな。そしてひとりで部屋に戻ってきた浦野を、隠れていたアキがバットで不意打ちして気絶させたんだ」

 アキはその後の流れを自分の口で説明し始めた。

「そして私は、浦野を縛ってガムテープで口をふさぎ……引きずりながらすぐそばの非常口から外に引っ張り出したの」

「その時は殺してなかったんですね?」

 ひねりの問いに頷くアキ。

「私はホテルからそんなに離れてない場所に、何とか浦野を引きずりこんで隠したわ。そこでシャツを脱がせて、成功の合図として茂みにかけに行ったの」

「その間俺は、アキが浦野を引きずり出す時間を作るため、おまえらが二階や外に行かないよう、散歩に行こうとするふりや隙あらば逃げ出す風を装ってロビーに引きつけてたってわけだ。そうして時間を稼いだ上で、頃合を見てトイレに行って――」

「窓から抜け出して合図のアロハシャツだけ確認し、すぐに戻ってきたわけですね」

 ひねりが最後を締める。

「そうだ。ちょうどその時、おまえと鉢合わせちまったがな。まさか男子トイレに踏みこんでくるとは思わなかったぜ」

 苦笑する。やはりこいつを甘く見ていたようだ。

「それからおまえらと一緒に浦野の部屋へ様子を見に行って、窓から茂みのアロハシャツをわざと発見させ――それを囮に俺は逃げ出したってわけだ」

「そこまでして脱出した理由は、やっぱりその――」

 言いにくそうなユイ。

「そう、浦野を殺しに行ったのさ。俺はアキを東屋に帰らせ、そろえておいた道具で証拠が残らないように準備してから、浦野をめった刺しにした。そして崖から蹴落としてホテルに帰ってきた――何食わぬ顔でな」

 俺はため息をつく。

「これが今回の事件の全貌……俺が立てた『計画』だ。そしてこのトリックをもって『名探偵』に挑んだんだが……見事に負けちまったな」

 肩をすくめる俺に、ユイが腑に落ちない様子で聞いてきた。

「でもアキさんに罪をなすりつけないなら、どうしてこんなトリックを使ったんですか?」

 もちろんそれは、ひねりの奴にこの謎が解けるかという挑戦でもあったのだが――。

 俺はニヤリと笑って答えた。

「――浦野を『遊戯的に殺す』ためさ」

 『なぜこんな事をしたのか』と問われれば、そう答えるしかない。実際『浦野を殺す事』と並んで、それが最大の目的だったのだから。

 案の定驚いている二人。

「ヤスさん、それってどういうことですか……?」

 ユイの質問に俺は問い返す。

「おまえらも知っているだろう? アキが浦野と浮気したって噂を」

 返事は聞くまでもない。

「だが動機は浮気なんかじゃない。そもそもアキは浮気なんてしていない。本当の動機は――」

 言いかけてためらい、アキに目配せする。だがアキははっきりと言った。

「二人を巻きこんだ以上、隠すわけにはいかないわ」

 俺は頷いた。

「――アキは浮気をしたんじゃない。浦野にレイプされたんだ」

 顔を伏せるアキ。

「だから俺は浦野の野郎を単に殺すだけでは飽きたらず、ゲームのダシに――おもちゃにしてやりたかったのさ。……あいつがアキに対してしたのと同じようにな」

 ――ひねりには真相を暴かれてしまったが、この点だけは見事に成功した。俺にとっては、もうそれだけで『計画』の目的は達成されたのだ。

 言葉を失っている二人に俺は言う。

「後は最後の仕上げだけ……。それでやっとこの『計画』――『復讐のゲーム』は終わるんだ」

 俺はアキからあの話を泣きながら聞かされて以来初めて、心晴れやかに微笑んだ。

 そしてこの計画に最後まで付き合い――見破ってくれたひねりに心から言った。

「――ありがとうな。楽しかったぜ」

 俺はアキに目配せをして、そっと頷きあった。

 次の瞬間、俺達は肩を抱き合ったまま崖から海に身を躍らせる。

 ――そう、計画通りに。

「先輩!!」

 ひねりが追いすがるがその手は俺達には届かない。

 飛びおりる瞬間も、海に落ちて行く間も、俺とアキは見つめあって静かに微笑んでいた。

 ――もし真相が闇の中のままこの時を迎えたら、どれだけ暗く虚しい気持ちだっただろう。

「……ありがとう、ひねり――」

 俺とアキは強く手を握りあう。

 『死』という最後の裁きが訪れる、その瞬間まで――。

 死んだ後も一緒にいられるよう、最後の願いをこめて――。

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ひねりインバーテッド~遊戯的復讐~ 愚童不持斎 @ARGENT

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