第6話 喫茶店へ

「37度5分・・・・・・か」


 動かす度に節々に痛みが走る右腕をどうにかずらし、脇に挟んだデジタル表示の体温計の結果を見る。あの日、あの後に向かったバイトの途中でどうにも具合いがすぐれず早退をしてそのまま3日ほど寝込んでしまっていたのだ。


 朦朧もうろうとしたまま連れられた医者の診断ではインフルエンザでは無いと言われ、安堵したがその後、母も不思議がる程の高熱が出て、目を覚ました時には2日程の時間が経過していた。


 ベッドの上から器用に身体をひねって、使い終わった体温計をベッドの横に置いてあった水や風邪薬の乗ったお盆に片付ける。そのまま水の入ったコップを手に取ると、ゴクリと一気に喉を潤した。高熱がかなりの水分を奪っていた所為せいで喉がカラカラに渇いている。

 そのあとにびっしょりと汗をかいて濡れたパジャマから着替えるために枕元に置かれたタオルで身体をゴシゴシと乱雑にぬぐい付ける。昨日までは起き上がる事さえ辛く、ほとんど食事も喉を通らなかったが、今日はこれくらいの事なら何とか出来そうだ。


 昨日までは本当に辛かった。視界はグラグラと揺れて定まらないし、人が何人か出入りしていた覚えもあったが、それすらも記憶があやふやなままだ。あまりこの部屋に人が出入りして欲しくはないのだけれど、起き上がる事も出来なかったからそうも言ってられないのか。


 この部屋は僕の中ではまだ不完全な部屋だ。無理くり二階の空き部屋を押し付けられ、家具も揃い切っていないこの状態では未完成と言うしかない。第一、なんで和室なのだろう。隣の洋室は物置なのだからそこをあてがってくれればいいのに。親父はどんなに懇願してもダメの一点張りでお袋も住めば都とか言っているし。そういう問題じゃないっての。僕には僕のイメージってのがあるんだ。


 大体、何だよ畳の上にベッドって。締まらない事この上ない。置いたカーペットはすぐにずれて隅に丸まるし、ポスターもまったく合わずに浮いちゃってるし、和タンスとカラーボックスが交互に置かれているし、窓もりガラスで昭和じゃないんだぞ。何より一番気に入らないのは入り口の引き戸。この引き戸さえなんとかできれば少しは格好もつくってのに。まったくこの引き戸は・・・、って思っている矢先にその問題の引き戸がスーッと開いた。


「あ、目が覚めた? よかったよかった。おばさん呼んでくるね」

「ああ、三奈美か。いいよ、お袋呼ばなくても」


 引き戸の先から現われたのは久連山くれやま 三奈美みなみと言って近所に住む幼馴染だ。齢はいっこ下の16歳で、ウチがここに引越してから1年後ほどにここの近くに越してきて、それからなんとなくでご近所付き合いがはじまってもう十年近くになる。

 

 我が家の子供が僕だけの一人っ子で三奈美の両親が仕事で忙しい為、親父とお袋がたいそう可愛がってそのまましょっちゅう家に遊びに来るようになってしまった。僕にとっても妹と同然な様なモノなので、コイツにどれだけ裸を見られようがなんとも思わない。


「ごめん、替えのパジャマってどこ?」

「あ、持って来る」


 もう少しで肩にかかりそうな黒髪を後ろで結び、少し大きめのすぐにずれてしまうピンクのフレームの眼鏡、モコッとしたセーターの上にベージュににんじんのアップリケが施されたエプロンを付けている。あれはおそらくお袋のエプロンだろう。拭き残しがあった背中をちょいちょいと拭いて、三奈美は汗拭きに使っていたタオルを持ったまま、階下に下りて行った。

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