第4話 雑談

「えっ、うそ! 瀬島せじま君の家って喫茶店やってるの!?」

「うん、小じんまりした所だけど」

「あーそうか、じゃあ悪かったかな。こんなチェーン店みたいな所に連れて来ちゃって」

「いや、そんな事ないよ。勉強になった」


「ごめん、悪い事しちゃった」

「ううん、全然。気にしなくていいよ。それにこのコーヒーおいしいし」


 バツが悪そうに身体をすくめる彼女に僕は気にしないでとうなががす。


「喫茶店って言ってもこんな豪華じゃないし、ほんとにこう・・・・・・、古びた感じの町の喫茶店って感じだし。逆に見習いたいくらいだよ」

「うん・・・・・・。あ、喫茶店はずっと昔からされてるの?」

「うん、引越して来てちょっと経ってからだからもう10年くらいかな」

「へー、すごい!あ、もしかしてバイト・・・・・・、いや、バイトじゃないかな。家のお手伝いもしてるの?」


「うん、暇な時はだいたい。そう忙しいわけではないし楽といえば楽だよ」

「そうなんだ! 今度、お邪魔していい?」


「ぶっ・・・・・・! いや、それはち、ちょっと」

「えー、なんで? 瀬島君がコーヒー入れてくれるのでしょ?」


「僕は料理とか運ぶくらいだから・・・・・・。それにウチのコーヒーはインスタントだよ?」

「えーそうなんだ! 意外! 喫茶店って皆、コーヒーは豆から淹れてるものだと思ってた!」


「親父が面倒くさがりでさ。楽出来るところは楽するタイプだから。焙煎もインスタントも味変わらないって・・・・・・。違うと思うんだけどなぁ」

「ははははっ! おもしろい人だね! 瀬島君のお父さんって!」

「変わり者って呼んだ方がいいくらいだよ、ウチの親父は」

「はははははっ!」


 どうやらようやく機嫌も直ってくれたみたいだ。注文したコーヒーも空になり店内にはさらに人が溢れ返って来ている。場所を移動するにはいい頃合ころあいだと思う。


 ・・・・・・本音ではもっと彼女と会話を交わしていたい、とも思っていた。快活な彼女との言葉のやり取りは心地良く、会話を交わすほどにもっと彼女の事について知りたくなった。・・・・・・かれているのだろう。この子に。

 

「どうする? そろそろ携帯電話を見に行く?」

「そうだね。もうお昼時なのかな。お客さん増えてきたね」


「うん、あまり長居しても他のお客さんの迷惑になりそうだ。よっか」

「じゃあ私トレー片付けてくるね」

「あ、ありがとう」


 トレーを持って席を立つ彼女。人混みをするすると掻き分けて返却所にトレーを片付けるとちょこんと席に座り直した。


「あれ、どうしたの? 行かないの?」

「え、だって・・・・・・。なんか、まだ物足りなさそうに瀬島君座ってるんだもの。まだ、行きたくないのかなって」

「ああ、ごめんごめん。行こうか」

「うんっ」


 どうやら僕が座っているのを見てそう思ってしまったらしい。意識なんてしてないはずなのに。悪い事をしてしまった・・・・・・。


 店内を出てフロアに出ると活気に溢れた様子で買い物にいそしむ人達の姿が満員電車の様なすごい密度で集まっていた。はぐれないようにお互い気を使いながらやっとの思いで1階の店舗案内板の前まで辿り着くと、携帯電話の販売所の場所を探した。


「ここからけっこう距離あるね。あー今来たところをまた戻るのかぁ」

「大変だ。これは。ここまでだって苦労してきたのに」

「もうちょっと空いてるといいのだけれどね。ま、仕方ないか。行こ?」

「うん」


 携帯電話の販売フロアはここから反対側、先ほどのコーヒー店を通り過ぎてさらに奥のフロアにあった。見渡すだけでもうんざりする程の人ごみの中をまたき分けて進んでいかなくてはならない。僕達は意を決して人々の海の中に飛び込んでいった。


「あ」

「なになに、どうしたの?」


 途中、フードコートの集まる飲食スペースとも言えるテナント群の中で僕は思わず黒い看板に釘付けになった。急に立ち止まった僕にびっくりしたように彼女は声を掛ける。


「いや、ごめん。なんでもない」

「え、なに? あ、もしかして、あれ?」


「いや、いいよいいよ。何でもない。行こう?」

「あーそうか、もうそろそろそんな時間だもんね」


「いや、あれはまた今度、男子達と行くことにするから。いいよ、行こう?・・・・・・女の子はあんまり好きじゃないでしょ?ああいうとこ」

「え、そんな事ないよ? じゃ、お昼はあそこにしよっか」

「え!? いいのっ?」


「えーなんで? ラーメンぐらい普通でしょ?」

「いや、でもあそこは・・・・・・」


「へーきへーき、行くよー!」

「あ、、うん・・・・・・」


 言うが早いか、お目当ての場所に向かってしまう彼女に慌てて付いてゆく。


 黒い看板。


そして、そこに荒々しく描かれた白抜きの文字。


 半立ちの様な格好でせわしなく麺をすする男達。あの場所は先日、テレビで放映されたばかりの話題の店。替え玉三玉まで自由。どっさりと高層ビルのようにどんぶりに積まれた野菜と肉の固まり。しょう油と豚骨をベースに背油を暴力的なまでに注ぎ込んだ、男だけが知る野蛮で粗野な味。


 麺屋「鉄ひづめ」その三号店である。店内の男女比率は見事に男100%。そんなところに彼女みたいな人を連れてっていいのか、野獣の群れに献上するようなものではないかと躊躇ちゅうちょしたが、そんな事おかまいなしに彼女はすすっと店内に入ってしまった。

 

 カウンターに座り、メニューを見ると想像以上の男臭さに彼女は息をんでいるようだった。


「すごいね、・・・・・・これ」

「・・・・・・、うん」


「ひゃー、これすごい。お肉、こんなに」

「うわ、うわわ、これ、どんぶりから飛び出してるけど、いいの?」

「うん・・・・・・、ここはそういうとこなんだ」


「ひゃー、すごい。食べきれるかな、わたし」

「少なめってできるのかな、聞いてみようか・・・・・・」


「量は普通しかないよっ!」


 話を聞いていたように気難しそうな店主が、腕まくりしたTシャツをさらにグイッと引き上げ、で上がった麺の水切りをしながらえる。

 圧倒されつつも彼女はメニューからなんとか食べ切れそうなものを選んで注文を決める。


「こ、これにしようかな・・・・・・」


 僕もこれから先の事を考えて、いつもとは遠慮気味に控えめなメニューに決める。


 待つこと七分、弱・・・・・・。


 僕達の目前に来たのは暴力的なまでに山盛りになった炭水化物のかたまりだった。


「だ、大丈夫? ・・・・・・食べ切れなかったら僕が代わりに食べるから」

「う、うん・・・・・・」


 目前に積み上げられた食物の山塊さんかいを前に彼女は息を呑む。そして、おそる恐るはしをつけると、


「・・・・・・。あ、おいし」

「うん、味はおいしいんだよ。ただ、量がね・・・・・・」


「あ、でもこれけっこうするするっといけるよ、ほら。うん、おいしいです!」


 その言葉に店主もまんざらでもない顔で、どんぶり鉢にスープの種を次々に仕込んでゆく。結局、半分ほど食べきった所で彼女はギブアップしてしまったが、店主はそれをおとがめなしと判断しその異例の決定に店内はにわかにざわめいた。


 満腹となりはち切れそうなお腹を抱え少し後悔もしたが、隣で嬉々ききとしながら先ほどのラーメンについて語る彼女の姿を見てるとあの選択も悪くはないな、なんて思えて、足取りも自然と軽くなってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る