第3話 ショッピングモール

 雨の日の車内は濡れた鉄の匂いがする。

 

 いつもとはガラリと変わった客層の中、先ほど買ったマスクをつけゆっくりと出発するバスに揺られてゆく。

 

 朝のサラリーマン、OLといった仕事へ向かう人種とは違う主婦や老夫婦、くたびれた年配の男性など、普段の車内では見ることの出来ない人々が、学校に向かった後のこのバスを利用しているのだとはじめて知った。


 目的のショッピングモールはここから三つほど離れた停留所で下り、そこから私鉄に乗って向かう。

 

 数年ほど前に郊外の開発途中の大きな空き地に建設された「ソレ」は、『WILDNINE』(ワイルド9)といい前身は百貨店もどきのディスカウントショップだ。


 この地域では最大級の巨大な商業施設で、併設された建屋には映画館、バッティングセンター、屋内プールなど、多くの娯楽施設が併設されている。

 本店の方では二階建ての巨大な建造物の中に所狭しと様々なテナントが出店され、一日中居ても飽きることはない。


電車に揺られ、店内地下に併設された駅に降りるとそこはもうすでに人でごった返していた。


「ひゃー、平日なのにすごい人!」


 奇麗に丸めて折り畳んだ傘を持って、結花ゆいかさんははしゃぐ素振りを見せる。大きな塊の様になって動く集団の波を避け、はぐれないようにと側に寄った。



「ほんとにすごいたくさんの人だな。いったいどこからこんなに集まってくるのだろう」

「それは、もう街中からでしょ? ほら、気をつけないとはぐれちゃうよ」

「う、うん」

「とりあえずさ、この傘置いて来ようよ。けっこう危ないんだよ? 人混みのなかでこんな物持ってると」


「そうだね。入り口のとこにあるかな」

「あ、うーん、そうだね・・・・・・。あ、あそこ!」



指差す先にロック式の傘立てを発見する。傘をそこに収めるとナンバーのついた鍵を引き抜く。


「これでよし、と」


 手を払うフリをして身軽になったといった感じでにこやかに振り返る。彼女のちょっと仕草でさえ小動物の様な愛らしさを感じて、僕は少し照れてしまう。


「さぁ、出発、出発ー!」


 軽やかに歩き出す彼女の後姿に遅れないようにと慌ててついて行くのだった。


「あ、そうか」


 1階のフロアの途中でふいに彼女は思い立ったように留まった。


「どうしたの?」

「ごめん、トイレ行かせて?」

「あ、うん」

「あのね、コレ・・・・・・、コレコレ」


 と、彼女が足元を指差す。追った視線の先にはスカートの下のジャージがあった。


「長靴は仕方ないとしてもいくらなんでもジャージはね・・・・・・。流石に・・・・・・、恥ずかしいかな」


 ほんの少し照れた様に彼女は微笑む。僕は快く承諾して公衆所の少し離れた場所で彼女を待った。


「ごめんごめん!待ったー?」

「いや、ぜ、全然・・・・・・」


 鞄の中にジャージをしまい込んでたたたっと駆けて来る彼女に、上ずいた返事を返してしまう。なんというか慣れない・・・・・・。ただでさえ知り合ったばかりだというのに無防備な感じで僕に接してきてくれるので、思わずぎこちなくなってしまう。


マスク越しにでも手で顔を隠してしまう僕に彼女は何かを感づいたのか、


「ねぇねぇ、とりあえずどうしよっか」


 なんて、顔を近づけて言ってくるものだから僕はますます顔を赤らめてしまう。


「じ、じゃあ、携帯・・・・・・、うん、携帯を見に行こうか」

「うん、いいよ! でも、その前にちょっと喉渇かない?」

「え、あ・・・・・・、うん」

「あそこのジーニャ入ろうよ」

「うん、いいよ・・・・・・」


 促がされるままに1階角に設置されている『レ・ジーニアス』のフロアに入って行く。そこも、店内は大勢の人で賑わっていてレジの店員さんがテキパキと注文をこなしていた。


「どれにする?」


 並んでいた行列はあっという間に捌かれ僕達の番になった。レジ横に置かれているメニュー表を見てもちんぷんかんぷんで、どれを頼んでいいのか分からなかった。


「あ、もしかしてジーニャ初めて?」

「う。うん」

「あー、そっか。えーと、コーヒー飲める?」

「うん」

「じゃあ、甘いのは?」

「あ、うん。平気」

「そう量は多くなくていいよね、あ。 これとこれ、下さい」

 


 テキパキと注文をこなしてくれる彼女に店員が笑顔で答える。


「ありがとうございます。えー、と。こちらのトッピングはいかがなさいますか?」


「あ、うん。 どうする?」

「え? い、いえ・・・・・・いらないです」


「ありがとうございます。それではお会計1238円になります」

「あ、はい」


 財布を取り出そうとする彼女を制止して僕はコーヒーの代金を支払った。いいのに・・・・・・なんて、言う彼女に「これはさっきのお礼だから」と言って、僕はおつりを受け取って財布のポッケにしまった。


 コーヒーとちょっとしたお茶受けの小菓子の乗ったトレーを持ち、店内の奥のスペースに向かう。そこも大勢の客で賑わっている。二人席の小テーブルを確保してなんとか落ち着くことができた。


「やー、すごい人だね」

「うん、ほんとに」


 コーヒーの入ったカップを口にする。 あ、思ったより全然おいしい。


「ジーニャほんとにはじめてなんだ?」

「う、うん。あんまりこういうとこ行かないし」

「そうなんだ。意外っちゃ意外かな。こういうとこ皆、利用するもんだと思ってたし」


「あー、でも男子は食い物の方が先かな」

「あ、納得」

「うん」


 彼女も先程までつけていたマスクを外し、小さなスコーンを口に運ぶ。


「落ち着くのか落ち着かないのかよく分かんないとこだよね、ここも。都会じゃもっと新しいお店もできているみたいだし。一世代前なのかな」


「どうだろ、少なくとも僕にとっては新しいけど」

「そっか。うーん、でもここら辺だったらここが限界なのかなー、所詮は地方だもんね」


「うーん、どうなんだろう。よく分からないかな」

「わたし的にはもっと流行りのお店とかきて欲しいけどなー。しょうがないか」

「うん、しょうがない事にしようよ」

「うん。瀬島君がそう言うなら、そういう事にしておきましょう」


「うん、そうしておいて下さい」

「はい、わかりました。そうします!」


 とは言ったものの、あまり納得はいっていないのか足をバタつかせる。


「あ、ねぇねぇ。そういえば携帯。ガラケーにする? スマホにするの?」

「スマホ?」

「・・・・・・スマホもかー、スマホもかー!」

「え、スマホってなに?」


「スマホってのはねー、スマートフォンっていって携帯だけどいろいろできちゃう機種のことだよ」

「へー」

「たとえば、写真取れたり、アプリできたり、ほんとにもういろいろできちゃうの」

「へー、そうなんだ。すごいね」


「そう、便利なの。ただ、お高い」

「お高い」


「そう、月の料金が7000円くらい」

「高っ!」


「わっ、びっくりした! 瀬島君、そんな大きな声も出せるんだね」

「あ、ガラケーでいいです・・・・・・」

「あ、うん。わたしもそっちおすすめしようと思ってた。瀬島君けっこう機械苦手そうだし」


「あー、あんまり詳しくないかも」

「ふんふん。じゃあ、決定ー。もしかして瀬島君ってアナログ派?」

「え、いや、どうなんだろ」


「音楽とか今はデータで聞けちゃうとか知らなかったり?」

「さぁ、でもどうだろ。ウチにレコードはいっぱいあるかな」

「え、レコードって何?」


「レコードって知らない? あの大きな黒い円盤みたいな奴でレコード盤の上に針をのっけて聞くの」


「え、なになに? それ。そんなの初めて聞いたよ!」

「え、そうなんだ。あーでも大分、古いのかな。親父が何十年も前の物だって言ってたから」

「えー、なんで瀬島君の家にそんなのあるの?」


「あ、うち喫茶店やってるから」

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