第2話 傘の中の内緒話

 これだけは言っておきたい。こんな風に女の子に誘われるなんて生まれて初めての経験だ。だから、だからこそ、


「ごめん、・・・・・・皆勤賞がかかっているから学校行かないと」


 なんてヘタレ感満載の発言が出てしまっても仕方が無いと思う。口に出した後、自分でもそんな断り方は無いだろうと思ってしまった。普通に相手の立場だったらドン引き対象、何だよこの気弱野郎・・・・・・、となっていただろう。


 しかし、彼女は


「あー、そっか。皆勤賞か。皆勤賞かかっているならしょうがないね。うん、ゴメンね。ちょっと調子に乗っちゃった」


 なんて意外とも取れる返事で僕の気弱な発言を受け流してくれたのだ。じゃあ、行こっかと彼女にうながされて立ち上がろうとした瞬間、ふいに彼女は腰を下ろし


「ねぇ、知ってる? 授業始まって二限目とさ、三限目とかにさ・・・・・・、教室に入ってくと、皆の視線けっこう痛いよね」


「・・・・・・うん、分かる」

「今頃、何しに来たんだよって奴。でもさ、その授業後の放課にちょっとからかわれて次の時間には元通りだよね」

「えっ? その時間だけ? なんて」


「そうそう、あるある。理由も聞かれない時とかあるし」

「あー! それ、分かる! ひっどいよね! せめてさ、そんだけイジるんなら理由くらい聞いてよっ! って」


 だんだんと熱を帯びてヒートアップする彼女の口調に乗せられて僕も次第にテンションが上がってゆく。


「あー! そうそう! こっちも理由言いたくてウズウズしてる時とかあるもんねっ!」

「でしょ!?」

「そう、もう少しで出かかってるのに! もう少しで出かかってるのに! って」

「そうそう! はやくはやく! さぁ、はやくそっちの話題に触れてよっ! って!」


そして。


「フフッ」



 ふいに彼女がいたずらっぽく笑う。



「嘘つき。」



「皆勤賞なんて嘘でしょう?」

「あ・・・・・・」


 ・・・・・・しまった。ついつい彼女のテンションに乗せられて余計な事まで口にしてしまったらしい。したり顔の彼女は僕の横でにこにこと口元を緩ませている。

「でも、瀬島せじま君が学校行こうって言うのなら仕方ないか。うん、じゃあここでお別れだね」


「あ・・・・・・、」


 立ち上がる彼女を引き止める様に僕は


「・・・・・・ごめん。もうちょっと一緒にいたい」


 思わず本音が出る。


 あまりにも素になった僕の返答に彼女は始めは面食らったような顔をしていたが、もう一度、座り直して僕の方を向くと

「ふーん、嘘ついた罰は大っきいぞ? どうしようかな~、何奢なにおごってもらおうかな~」


 なんて、困り果てた僕の顔を覗き込みながら、そう呟くのだった。



「わ、悪いけどさ、あまり手持ちは持ってないし、それにそうそう行ける場所なんて無いよ?」

「ふーん。まだ、そういう事言うんだー。えー、どうしよっかなー」

「・・・・・・ご、ごめん。でも、実際そうだろ?」


「ま、そうだけどさ、この格好のままじゃ行けるとこは限られているよね」


 戸惑う僕とは対照的に、彼女は実に楽しそうに行き先を思案する。


「カラオケはダメ、ゲーセンもダメ。スーパー? 味気ない。ファミレス? 浮いてる、浮いてる。後は・・・・・・、郊外のショッピングモール? うーん、それくらいしかないか」

「郊外って、あの? けっこう距離あるよね」


「でも、あそこくらいじゃない? この時間帯に行っても怪しまれないの」

「うーん、そうだけどさ。それでも十分不自然だと思うけど」

「じゃあ、そこの喫茶店にする? 多分、すごく浮いて見えると思うけど」

「それは良くないな・・・・・・」


「でしょ? あ、そうだ」

「なに?」


 あのさ、と言って彼女は立ち上がった。


「じゃあ、とりあえずこの辺、散歩しよ?」

「え!?」


「それこそ不自然じゃないの?? こんな時間に学生がフラフラしているなんてそれこそ見つかったらどうなる事か」

「だったらさ、そこのコンビニでマスクを一つ買うの。それで、私がつける。そうすると」


「そうすると?」


「妹を病院に連れてく途中の仲の良い兄妹が一丁あがり、って寸法」

「えーっ!? 無理があるって!」


「平気、平気。バレないって」

「えー」

「その足でさ、ショッピングモールに向かえばいいでしょ?」

「そこは行くんだ・・・・・・」

「当然。人がいっぱいいた方が案外バレないものよ」


 名案を思いついたとばかりに胸を張る彼女の姿に僕はちょっとだけ心配になってしまう。


「あ、そうそう。それでさ、もし、モールではぐれたら大変でしょ? はぐれた時の為に携帯教えてよ」


 その質問に僕は申し訳なく思った。なぜなら僕は彼女の期待に応えることが出来ない。


「ゴメン。携帯持ってないんだ」

「えっ、本当に?」

「うん、今まで使う必要もなかったから」

「えっ、今まで一度も?」


「うん、別に携帯使って話す様な友達もいなかったし、特に欲しいと感じた事もなかったし」

「そっか・・・・・・。寂しい学生生活だったんだ」

「それは放っといてよ・・・・・・」

「あ、ゴメンゴメン。でも、私も似たようなもんだし! ほらっ」


 と、彼女は自分の携帯を開いて見事に空っぽの登録リストを見せてくれた。


「ね、似たようなものでしょ?」

「う、、うん」


 内心、女の子の携帯ってもっと沢山の友達や知り合いが登録してあって四六時中、連絡を取り合っているイメージが合ったのだが、意外だった。


「よし! それじゃあ、目的も出来た! 瀬島君の携帯を買いに行こう!」

「えっ、マジで?」

「うん、いるいる! 携帯、超大事だよ! これから持っておいて損はないって! バイトしてる? うん、よし。携帯代くらい自分で払えるんでしょ? なら、持っておいた方が絶対いいって!」


「え、でも・・・・・・」

「でも・・・・・・も、何もないのっ! さ、携帯買いに行くよっ!」

「でもさ、持つ必要も無いっていうか・・・・・・」


「・・・・・・ほら、お互い持っていれば電話もメールも出来るじゃない。・・・・・・これでも、ダメ?」

「・・・・・・い、いや、ダメじゃないです!」

「うん! よし決定! それじゃあ、瀬島君の携帯を選びに行こっ?」


 そうして、彼女は僕のコートの袖口の端っこをつまんで力強くバス停までエスコートして行くのだった。

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