第5話 携帯電話

 ようやく辿り着く事が出来た携帯電話の販売スペースには、大小さまざまな大きさの携帯電話が時には小奇麗に、時には雑多な感じで陳列されていた。


 広目のスペースを取られた高級感あふれる配置のこの機種は表側いっぱいに画面が設計されており、指で触ってみるとカラフルなボタン型のマークが規則正しく表示される。


「それは、この間出たばかりの最新のだね」

「スマホ?」

「うん、スマホ」


「へー、なんかもっとゴテっとしてるかと思った」

「今はシンプルなデザインのが多いよね。ゴテッとしたのや、ゴツゴツしたのは少なくなってきてる」


「そうなの? でも、これって落としたりしたら平気なの? 画面がすごく広いけど」

「・・・・・・あー、うん。想像通りだよ。もし手が滑ったりしたら目も当てられない結果になるね」


「あぁ・・・・・・、やっぱりそうなんだ。普段の生活で使うには不便そう」

「そうかな? みんな使ってるよ?」


「うー・・・・・・ん、やっぱり僕には向いてないかな。気を抜いた拍子に落っことしちゃいそうだ」


「そっか、じゃあ他のも見てみようか」

「そうだね」


二人で店内をグルグルと回って目ぼしい機種を物色する。どれも洗練されたデザインで持っただけで何らかのステータスを得られる様な気分にさせてくれた。


「こういう物持っている人って都会で働く優秀なサラリーマンみたいな人ってイメージがあるなぁ」

「えー? 何そのイメージ」


「いや、仕事をバリバリこなすような人が机の上とかに置いてて、さっと取って電話で受け答えするみたいな」

「あはははっ! あー! でもなんとなく分かる!」


「そうそう、それでこうやって、あれ? 取れないな」

「あー固定されてるんだ。無理に取ったら壊れちゃうよ」

「それはまずいな。あんまり下手に触れないね」


「見るだけにしとこっ。買ったらいつでも触れるんだし」

「あれっ、もうこれ僕が買う予定なの?!」

「えー違うの?」

「ムリムリムリ! 予算オーバーです!」


「ちぇ、なーんだ。ちょっと見たかったなー、瀬島君が颯爽さっそうとそのけーたい操ってるとこ」

「えー、・・・・・・でも、うん、ちょっと高すぎて手が出ない」

「スマホだしね。でもこれからもっと高くなるかもー?」


「そうなったらますます手が出ないなぁ」

「フフフ・・・・・・、あ、なんだ。ここキャリア違うんだ、瀬島君あっちのとこ行こっ」

「キャリア?」


「携帯を契約する会社の事だよ? ここだとわたしの所と違うからあまりお得にならないの」

「へー、そんなのもあるんだ」


「うん。同じキャリア同士だとメールがタダになったり、通話も割引になったりするんだよ?」

「なるほどなぁ、そういうの詳しくないから全然分からないや」


「使ってると自然に詳しくなるよ。そう言ってもわたしもそこまで詳しいワケじゃないけど」


「いや、十分詳しいよ」

「そう? そうかな? そう・・・・・・?えへへ」


 顔の近くで手をパタパタさせる彼女。はずむ様な足取りで案内された彼女と同じキャリアのスペースで再び携帯電話の品評会を再開させた。

 スマホの販売フロアから移動してガラケーのスペースで物色する事、約1時間ほど。僕は悩んだ末になんとなくピンときた銀色の折りたたみ式の機種に決めた。


「うん、メールもできるし写メも取れるし、うん。いいと思うよ。似合ってる」

「ほんと?」

「ばっちり」

「都会の男性?」

「うーん、それはちょっと違うかな」

「・・・・・・なんだ」

「えー、未練あるじゃん! あっちのにしとく? 同じのあるはずだよ?」


「いや、これにしとく。あっちはもっと大人になってから」

「おー、目標ができた! じゃあ、いつか瀬島君があの携帯を持って颯爽と現われる日を楽しみにしてるよっ!」

「うん、あーでも、いつになるかな・・・・・・」

「近いうち? でも、新しいのどんどん出てくるからまた他の機種が欲しくなるかもよー?」


「ああ、それは困るなぁ」

「その時はその時だね! ま、とりあえずこれを買いに行こっか」

「うん、そうだね。ええと、このカード? を持っていけばいいのかな?」


「え・・・・・・、と、うん。そうだね。そのカード」

「あそこのカウンター? あっちに持っていけばいいのか」


 中央に設置されたサービスカウンターの席に腰掛けて、ショップの店員の手が空くのを待つ。五つほどあるカウンターは満席で少ない人数でこなしているようだった。


「おまたせ致しました。携帯電話の新規契約ですね?」

「あ、・・・・・・はい」


 にこやかな若い女性の店員の説明を受け、よく分からない契約プランの説明を受け流した。いくつかのプランがあったが結局、皆が一番契約しているというオーソドックスなプランに決定した。


「それでは、契約書の方にご記入をお願いします」

「はい」


 何枚もの契約書に住所や氏名など書き入れ、ようやく携帯電話を手にする事が出来ると安した矢先、


「今日は保護者の方はおみえですか?」

「あ、いや、来てないです」

「あの、未成年の方は保護者の方の承諾・捺印がないと契約できないのですが」


「え、あ、そ、そうなんですか・・・」

「ええ、そうですね。今日一緒におみえにならないという事はちょっとご契約いたしかねますが。そうですね。今日は契約書を持ち帰って頂いて後日、保護者の方のサインとなつ印があればお渡しできますが」


「あ・・・・・・」


 二人、顔を見合わせる。てっきりその場で受け取る事が出来ると思っていたがそうではなかった。彼女もまったく予想してなかったようで、


「ご、ごめん・・・・・・。こんな事になるなんて思ってもなかった」

「いや、うん。いいよ」


「あの、今日は携帯電話契約する事は出来ないんですか?」

「そうですね、保護者の方の承諾しょうだくがないと」

「う、そう、ですか・・・・・・、えっと、その携帯電話の取り置きは出来ますか?」


「はい。それは大丈夫です」

「そうですか。じゃあ、今日はしょうがないね。あきらめよう」


「うん、ごめんね・・・・・・」

「気にする事ないよ。また来ればいいだけだし」


 対応してくれた女性店員にお礼を言って僕達は席を立った。がくりと肩を落とす彼女に僕は


「ほんとに気にしなくていいよ、あっちも別にわる気があって言ってる訳じゃないのだからさ」

「うん、でも・・・・・・」


「ほら、あのスマホと同じ。また来ればいいのだから」

「うん、ありがとう」


 それでも元気のなさそうな彼女をはげますつもりで僕達はいろんな所をまわった。彼女も次第に元の快活さを取り戻し、時刻もそろそろ他の学生達の下校時刻と重なり始めて、ちらほらと同じ学生服姿も見かけるようになってきたので僕達はショッピングモールを後にする事にした。


 再び電車に揺られた後、駅の出口から出ると雨はすっかり上がり、どんよりした空には所々、晴れ間が広がっていた。


「わー雨止んだね! 見てみて! すっごく奇麗な夕焼けの色!」

 

 はしゃいだ様に飛び出した彼女の先に拡がる光景が――、


 日のかげり始めた空は夕焼けの赤色と夜の入り口の青色が入り混じってとても幻想的で、水たまりには街の景色が映り込み、気の早い建物の照明ライトとき折り上がる水飛沫しぶきのキラキラとした灯りはとてもまぶしい情景となり僕の眼に写り込む。


「あ、もう一回紫陽花あじさい見に行く?」


 彼女は嬉しそうに話す。その提案に乗ると僕達は再びあの紫陽花の咲く場所に戻り、そこで他愛のない世間話をして名残りを惜しむ。そして、


「あ、そうだ。ちょっと待ってね」


 と、彼女は自分の携帯を取り出し、なにやら操作をしていた。


「ほら、これ」


 と、画面を覗くとそこには僕の名前が登録してあった。


「フフ、わたしの登録の携帯の記念すべき第1号ー。ねね、そういえばさフルネーム教えてよ。わたし、下の名前聞いてない」

「え、あ、孝則。瀬島孝則たかのりっていいます」


「たーかー、えっとたかは考えるのたか?」

「そう」

「で、のりは・・・・・・」

「貝を書いて、そうそう、それ」

「うん、よし。たかのり君。あ、ちょっと待ってね」


 そう言うと彼女は鞄からメモ用紙と筆記具を取り出し、さらさらと書いて


「はい、これ」


 と、メモを受け取るとそこには彼女のフルネームと、携帯番号とメールアドレスが書かれていた。


「わたしは伊藤結花ゆいかといいます。よろしくね。あ、携帯きたら電話してね? メールでもいいよ?」

「うん、する。絶対する」

「うん、約束だよ」

「うん」


 なんとなくお互いの自己紹介を終えたら気恥ずかしくなってしまった。が、


「ね、明日もあじさい見に来る?」


 彼女がそう尋ねるのに対し、僕も力強く返事を返す。それから僕達はお互いの様々な話題に話を咲かせ、僕のバイトの始まる時刻までの束の間の時をそこでしんで過ごした。

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