老人とウニ

 老人はウニを採っていた。老人にとってウニ漁は彼の生業なりわいであり、少ない国民年金とウニ漁の売り上げで生活を賄っていたのだ。彼も若い頃には沖合で定置網を張って漁を行ってきた。しかし、寄る年波には勝てず、年金生活をするようになってからは、沿岸でのウニ漁に切り替えたのだ。


 この辺の海は昆布が沢山あるので、ウニもかなり棲息している。老人は天気の良い風のない日の朝、昔ながらの和舟で櫓をこぎながらウニ漁に出掛け、昼には漁を終える。あとはのんびりと孫の世話をしながら暮らしていたのだ。そう、あの日までは・・・。


 その朝、老人はいつものようにウニ漁に出掛けた。彼は一日の採る数を決めており、その日も予定の数を採り終え、そろそろ帰ろうと思った時。突然強い風が吹き、海が大きく波を立てた。そして不覚にも彼は舟の上で転んでしまい、櫓を蹴飛ばしてしまった。おりしも海は引き潮で、船は入り江を離れ、どんどんと流されていく。


 遥か彼方に、朝日を浴びて明るく陸地が見えるが、恐らく陸地からは老人の舟は見えないだろう所まで流されてしまった。あとは、家族が自分の帰らないのを心配して捜索船を手配してくれるのを期待するしかない。彼は体力を温存するため、少しの間眠る事にした。こんな時は慌てることが最大の敵だ。兎に角、近くに漁船のエンジン音が聞こえるまでじっとしているのが得策だ。


 どの位時間が経ったのだろうか。漸くエンジン音が聞こえた時には、既に陽は傾きかけていた。捜索に来た漁船の仲間は、老人の舟を見て「あ~あ、仕方ないか」と呟いた。そこには老人の他にウニの殻が散乱していたのだ。


 そう、老人は見つけてもらえるまで、空腹を凌ぐために採ったウニを全て食べてしまっていたのだ。その量は市販で恐らく二万円分はあっただろう。何とも贅沢な命拾いのお話。

                                 -END-

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る