或る日の出来事~クールシェア
それはそれは良く晴れ渡った暑い夏の日の事。僕は友達と遊びに行く約束をしたので、銀行にお金を降ろしに行った。ところが、いざ銀行に到着すると、長蛇の列。
「相当時間がかかりそうだな」
独り言を呟いていると、僕の後ろに並んだ人が「ここもか」と呟いた。
「おじさん、ここもかってどういうことですか」
「街中の銀行は、どこも超満員で、長蛇の列なんだ」
いっ、もしかして銀行倒産で取り付け騒ぎか・・・。それとも何か新しい金融商品を買い付ける人の列なのか?
そんな質問をしようと思っていると、彼の方から話し始めた。
「お兄さん、あんたも涼みに来たのかい?」
「涼みに・・・?」
「そうさ、昨今の電気料金の値上げで、エアコンなんて使っていたら、庶民は生活できなくなっちまう。だから、みんな冷房の効いている銀行に涼みに来てるんだ」
確かに、近年クールシェアという言葉を聞いたことがある。夏場の電気使用量を抑制するため、電力会社と政府が推し進めている政策だ。大型店舗や病院、銀行など空調の効いている施設で過ごすことにより、一般家庭における電気使用量を抑え、真夏のピーク電力を抑えようというのが趣旨だったと思う。
「でもどうして、こんなに並んでいるのですか?」
「ああ、俺もここで三軒目なんだけど、実は銀行に人が殺到しすぎて、滞在時間は一時間以内と決められてるんだ。だから、銀行のハシゴをしてるのさ」
「だけど、別に銀行じゃなくたって、デパートや病院だって構わないんじゃ・・・」
「デパートだと買い物をしたくなるだろ。それに病院だと病気を貰ってきそうな気がするし、だいいち病気でもないのに入りづらい。結局銀行が一番経済的なんだよ」
なるほど、言われてみればその通りかも知れない。しかし、銀行のハシゴというのは・・・。庶民の経済をこの様な形で守る役目を果たすとは、銀行も考えてはいなかったのではないか。
「ところで、僕はお金を降ろしに来ただけなのですが・・・」
「そうだったのか。じゃあここで待つよりも、どこかATMの有る所に行った方がいいよ。この位置じゃあ恐らく一時間待ちだ」
い、一時間待ち・・・。だったらどこかATMのあるコンビニでも探そう。そう思った時。列の前の方で、誰かが大きな声で叫んだ。
「おーい、誰か救急車を呼んでくれ。恐らく熱中症だ」
何分か後。救急車が到着した。隊員が体温と脈を調べてる。やはり、熱中症のようだ。しかし、銀行に涼みに来て、順番待ちをしている間に熱中症で倒れるとは・・・。なんの因果か。そう思いながら、列を離れようとしたとき、僕の後ろのおじさんが一言呟いた。
「羨ましいな。これであの人は何日間か病院で涼んでられる」
完
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