私には、付き合い始めてかれこれ三か月になる彼女が居る。どちらかというと異性に対して積極的でない私をどうして彼女は好きになったのだろう。不思議でならないのだ。私は別に美男子というわけではない。服のセンスだってごく平凡。恐らく世間的に言うならばカッコ悪い部類に入るのではないか。それなのに彼女は私から離れようとはしない。


 彼女はというと、身長は160センチ位でスタイルも良く、どちらかというとボーイッシュで目が大きく可愛らしいタイプ。どう見ても私とでは釣り合わない。一緒に歩いていても、不釣り合いなカップルという目で、すれ違う人たちは私達を見ていく。友人たちもそうだ。彼女を紹介すると必ずと言ってよいほど翌日には「お前、どこであんないい子を引っ掛けたんだよ」と聞かれる。


 別に私としては引っ掛けたわけではない。それに私が金持ちでもない事を彼女は承知している。だから弄ばれているわけでもないと思うのだ。しかし、女性というのは不可思議な生き物だと思う。何故なら、彼女が好きなタレントは所謂アイドル系のイケメンなのだ。だったら、彼氏にする男だって、もっといい男を選べばいいのに。


 そんな気持ちがどうしても拭えなかったので、私は本気で彼女を好きになることはできなかった。いつかは捨てられるのならば、最初から入れ込むことは無い。どうせ彼女のちょっとした気まぐれの相手をさせられているのだろうから。飽くまでも友達という関係を維持できれば良い。そう思うのだ。


 要は傷つきたくない、ただそれだけの理由だろうと言われても、反論はできない。何故なら私の心の隅に、そのような気持ちがあることは、紛れのない事実だからだ。


 どうして二人が付き合うことになったのか。それは私にとっては、本当に偶然の出来事だった。


 或る日、私が客先から事務所に戻ろうと、歩いていた時、後ろから凄い勢いで走ってきた自転車にぶつかられそうになった。その自転車は、ハンドルが私の僅か五センチ位の所をすり抜けていったのだ。


「危ないなあ」


 そう呟いた次の瞬間、私の十メートルほど先を歩いていた彼女のバッグに接触し、「スイマセン」と一言残し去っていった。そして、接触された勢いで彼女はバッグを落とし、中身を散乱させてしまった。


「本当に危ない奴だなぁ。お怪我は有りませんか?」

「はい、大丈夫です」


 私は彼女を手伝って、散乱した中身を集めてあげた。そして、集めた物を彼女に渡した時、彼女がちょっと顔を歪めたので、やはりどこか怪我してるのではないかと思い、彼女に聞いてみた。


「ちょっと手を見せてもらっていいですか?」


 彼女は少し戸惑たようだったが、私に右手を差し出した。袖を少し捲り上げると、手首の少し上の方が赤くなっている。どうやら自転車のハンドルが彼女の腕に当たっていたようだ。私は一応警察に届けておいた方が良いだろうということで、彼女に付き添って、近くの交番に届けることにした。


 お巡りさんに聞いたところ、これも人身事故なので加害者が分かれば、自動車でいうところの轢き逃げ扱いにもなる可能性もあるのだそうだ。なので、病院で診察してもらい、診断書を警察に提出して欲しいと言われた。


 早速、病院に行き診断をしてもらった。結果は打撲で全治一週間。その診断書を警察に持って行くところまで、付き合ってあげた。


「取り敢えず、これでやることは全てやったわけだし、もし万が一警察からの呼び出しが有ったら、私も目撃者として同行しますので連絡してください」


 私は携帯の番号を教え、彼女と別れた。それから一週間後。彼女から私の携帯に電話があった。先日のお礼がしたいとのことだ。別に断ることも無いかと思い、会う約束をし一緒に食事をした。それから付き合いが始まったのだ。というか、彼女は積極的に私を誘うようになったのだ。


 時には映画を一緒に見たいと言い。時にはショッピングに付き合ってほしいという。だからといって私に強請るのではなく、逆に私にプレゼントと言って、ネクタイや財布を買おうとするのだ。


 なぜ、こんなにも私と付き合いたがるのか、他にも沢山良い男は居るのではないか。一度だけ私は彼女に聞いたことが有る。その時の彼女の答えは「あんな人ごみの中で、散乱した物を当たり前のように拾ってくれたことが嬉しかった」というものだった。


 あの自転車が私にぶつかっていれば、彼女には当たっていなかった。そう思ったから、彼女を手伝っただけなのだ。それを彼女は他の人は我関せずだったのに、手伝った私に優しさを感じたというのだ。


 確かにそれだけの事で、綺麗な女性と知り合いになれたことは、嬉しい事実である。でも、こうまで積極的にアプローチされるだけの価値が私にはあるのだろうか。


 食事をしている時も、そんなに彼女を楽しませようとか考えてはいない。会社での出来事や仕事の話くらいしか、私には話題は無いのだ。でもその程度の話でも、彼女は何故か目を輝かせて聞き入ってくれるのだ。


 なんでも、自分の知らない世界の事だから、聞いてて面白いと言ってくれる。そんな風にされると、私も嬉しくなってついつい話し込んでしまうことは確かなのだが・・・。


 しかし、最近の彼女は間接的に体の関係を求めている。友達から「三ヶ月も付き合っているのに、エッチしないのはおかしいって言われた」とか、「どのくらい進展してるの」と聞かれたという具合に、如何にも自分たちは恋人同士であるかのような言動が目立ち始めたのだ。


 果たして、私は彼女に好意は抱いているが、愛してるかと聞かれると、そこのところは疑問なのだ。もしこの状態で体の関係を結べば、恐らく私は情に流されてしまうだろう。そんな気がしてならないのだ。


「もう少し時間が欲しいんだ。僕が君を本当に愛しいと思えるまで。僕たちは、まだお互いを良く知らないんだと思うんだ。だからもっとお互いを分かりあってからでも遅くないと思うんだ」


 私がそう言うと彼女は納得したように頷くが、やはりどこか不満そうなのだ。これで嫌われるならば仕方のないこと。別に私からアプローチしたわけではない。彼女が私の存在を欲しているだけなのだから。


 しかし、彼女は私を嫌うことはなかった。彼女は本当に私の事を好いてくれている。しかし、逆に私はそんな彼女が重たく感じてしまい、少し引いたところで彼女を見てしまっているのかもしれない。


「あなたは、私の事が嫌いなんですか?」


 ある時、唐突に彼女が切り出してきた。


「いや、別に嫌いというわけではないけど・・・」

「じゃぁ、どうして私を抱いてくれないの」


 どうしたんだろう、今日の彼女はやけに積極的だ。


「どうしたの、何かあったのかい」

「男の人って、子孫を残そうっていう本能が有るから、愛が無くてもエッチできるってて、友達が言ってたから・・・」

「でも、どうして体の関係に拘るの?」

「だって、交際して三ヶ月以上なのに、手も握ってくれないし、キスもしてくれないから・・・、もしかして私って魅力が無いのかなって・・・。最近不安に思うの」


 彼女の言い分も分からないでもない。だけど・・・。


「君は僕には勿体ないくらい魅力的だよ。それだけに怖いんだ。もし、君に棄てられたら、どんなに傷つくかを考えると・・・。人を愛するというのは、人それぞれにプロセスがあって良いと思うんだ。僕は君との愛をゆっくりと育んでいきたい。そして、お互いが良いところも悪いところも、まとめて愛せると思えた時、お互いの愛を確かめ合いたいんだ。だから、僕は愛の前の『H』じゃなくて愛し合った後の『J』で良いと思ってる。それが嫌なら、これ以上君とは付き合わない方が良いと思うんだ」


 ここまではっきり言って嫌われるならば、仕方のないことだと思う。でも、自分の気持ちをハッキリさせておかなければ、恐らくこの先どこかで、破綻するだろう。だから、私は彼女に嫌われるのを覚悟の上で、正直な気持ちを話した。果たして彼女の反応は・・・。


「良かった。私を嫌いじゃないって分かったから」

「嫌いなわけないさ、それよりも今の僕の年齢から考えても、君を恋愛対象としてではなく、どうせ付き合うなら結婚相手として考えたいんだ。だから君という人をもっと知りたいんだ」


 結婚相手という言葉が、彼女のハートに見事にヒットしたのかもしれない。彼女の表情はとても明るくなり、満足そうな顔をしていた。


 それから一年後。私達は結婚した。その時にはしっかりと『J』を済ませていたことは言うまでもない。


                                  END

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