見える景色

 九回裏二死で走者なし。あと一人で優勝。この学校に入ってから二年半、僕はこの時を目指して必死に練習に励んできた。何度音を上げそうになったことか。去年の夏の予選。決勝で負けた時。先生は俺たちナインに向かって言った一言。その言葉のお蔭で今、俺たちは甲子園の決勝戦を戦っている。


「お前たち、この景色を忘れるな。予選の決勝を敗北した景色はお前たちにしか見れない景色だ。そして彼らは決勝を勝ち取った景色を見てる。お前たち来年は勝者の景色を見ようとは思わないか。そして、甲子園の景色を見に行かないか。お前たちにその気持ちが有れば必ず行ける。どうだ?」


 俺たちナインは全員で部長先生に誓った。必ず優勝して甲子園の景色を見せますと。しかし、いざ地区予選を勝ち上がると、全てが初めての景色だった。しかし、先生は俺たちが緊張しているのを見て、再び俺たちにこんなことを言った。


「お前たち、俺は甲子園の景色を見れたことで、今非常に満足している。でも、折角来たんだから、一回戦で負ける景色ではなく、一勝した時の景色を味わって帰りたいものだな」

「先生、どうせなら頂上の景色を見たいです」

「そうか、だが、全ては初めて見る景色だ。あまり気負うことなく、今までの厳しい練習をしてきた自分たちを信じて戦おう。俺に言えるのは欲張るな、自分を信じてベストを尽くせ。そして行きつくところが、今のお前たちの頂上だということだ」


 その言葉を信じて、俺たちは一歩一歩確実に戦いを進めてきた。そして、奇跡的にも決勝まで上がってきてしまったのだ。そして、一点差で迎えた九回裏ツーアウトで走者無し。キャッチャーのサインはインコース高めのストレート。このバッターは三打席ともインハイに釣られて凡打している。よし、この一球でしとめてやろう。俺は、大きく振りかぶって第一球目を投げた。キャッチャーのミットが、ややバッター寄りに動き、そして、ボールがミットに吸い込まれた時、審判が「デッドボール」とコールした。


「くそっ。少し手元が狂ったか」


 マウンドにナイン全員が集まって来た。みんな口々に「あと一つアウトを確実に取れればいいんだ」とか「勝つとか負けるとか考える前にここまで来たことを喜ぼう」と口にしている。だけど、せっかくここまで来たんだ。できることなら優勝旗を持ち帰りたい。みんながフィールドに散ると、俺は大きく深呼吸をしてキャッチャーのサインを見た。アウトコースの低めみカーブ。ボールになってもいいから思い切って攻めよう。俺はセットポジションから足を上げ、キャッチャーのミットを目掛けて思いっきり腕を振った。・・・やばい、すっぽ抜けた。ボールは緩い弧を描いてど真ん中へ・・・。


「カキーン」


 しまったと思う間もなく、ボールは一直線にレフトスタンドへ。この時点で俺たちの甲子園は終わった。


「いい試合だったな」

「でも先生。俺たちは頂上からの景色を見れませんでした」

「いいや。今回は此処がお前たちの頂上だ。優勝者と準優勝者は日本に一校づつしかいないんだ。俺はこれからもう一つの頂上を目指す。だからお前たちはもっと高みを目指せ。そして、そこから見える景色の素晴らしさを俺や後輩たちに語ってくれ」


 俺の高校野球生活は、地区予選という山の天辺に登り、甲子園決勝というさらなる高みに登る事で終わりを告げた。しかし、部長先生との約束を果たす為、新たなる高みを目指して見える景色をこれからも追い求めようと心に誓った。


 

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