第6話 約束の星空2
僕らは横になって、二人で星を眺めていた。エンデが言った通り、だんだん目が慣れてきて今となっては夜と感じないほどに空には星が瞬いていた。会話などせずとも、時間はどんどん過ぎていき、有意義であると感じていた。
「ねぇ、さっきの歌もう一回歌ってよ」
「えぇ、嫌だよ恥ずかしい」
表情は見えないので確かめられはしないが、多分今のエンデはにやけている。嫌だと言いつつ若干嬉しいのだ。
「じゃあ次来たとき、次来たとき聞かせてよ」
「ロイが遅れてこなかったらね」
あぁ、これはしばらく何かあればすぐこの件を引き合いに出して僕を嗜める気でいるな。さすが女子、やることがえげつない。
そう思いながら、僕はこのままだとタイミングを逃しそうだったので、一度家に帰った真の目的である、ある物を取り出す。
それはペンダントだった。いろいろ調べたのだが、結局エンデの魔法が使えない理由はまるで分からなかった。このペンダントには特殊な流子を結晶化させたクリスタルが装飾されており、その流子がなんかうまい具合に作用して良い方向に動かないかなと思った次第である。
あ、これだと本を買った建前が矛盾するなぁ。でもいいか。僕はたかだが薄っぺらい興味であれだけの本を買うわけがない。そういうことだ。
「なぁエンデ。これ、僕からの贈り物」
「え、贈り物?」
寝転がりながら、僕はそのペンダントを空に掲げた。エンデは突然の言葉に驚いて起き上がり、僕の手の先を見つめていた。左腕は頭の下、右腕だけ伸ばして贈り物を見せびらかし、寝転がっている。
どう考えても贈り物を渡す体勢ではないが、変にかしこまって真面目なムードになるのも嫌だったので、気楽にさせてもらった。許せ、エンデ。
「クリスタルがついているだろ、このペンダント。このクリスタルは特殊な流子を結晶化させたものらしいんだ。まぁ完全に気休めだけど、もしかしたらこれつけてれば魔法が使えるようになるかもしれないなって、そう思ってさー」
僕がペンダントをプラプラ振りながら冗長に語ったが、エンデからの返事はなかった。あれ、流石にテキトーすぎたかな、とちょっと後悔して起き上がるとそこには目元を拭うエンデの姿があった。
あぁ、そっちか。
「……うっ、ひっ、あ、ありが、ありが、と、う」
「なぁ、少しはこっちの気持ちを察してくれよ。そうならないようにわざと雰囲気壊してプレゼントしたのに」
「ご、ごめん、ごめんね、」
うなじの辺りを掻いて、これはもう仕方がないなと思い僕も腹をくくる。未だこぼれ落ちる涙と格闘しているエンデの首に腕を回し、ペンダントをつける。一方的に付けられ、またも困惑するエンデに僕は一言だけ。
「いらなかったら僕がいないところで捨てておけ。目の前で捨てられると流石にくるものがあるからな」
そのままゴロンと寝転がる。ああもうどうにでもなれ、なんて思いながら僕は足を組んで星空を仰いだ。すると視界の端にエンデが映る。立ち上がった彼女は首につけたペンダントを空に透かせていた。さすがクリスタル、光を綺麗に反射して輝いている。
「綺麗………………」
「…………………」
まぁ、喜んでもらえているようで何より、かな。
「いつまでも大切にするからね、絶対」
「当然だ、最初で最後の贈り物だからな」
「えっ、そうなの!?」
驚いたように見下ろしてくるエンデ。もはや冗談もわからなくなっている始末。やりにくさが極まっている。
「それは今後のお前次第だな」
「なるほど…………じゃあロイに気に入られるようにポイントを稼げばいいんだね」
「急にムードぶち壊す発言するのな、お前。もう本当に訳わかんないぞ」
しかし僕の言葉には耳も貸さず、エンデは何かを思いついたようにニヤニヤとする。何をするのかと思えば僕の後ろに回り込み、そこに膝を折って座る。そして僕の頭を持ち上げて、自らの膝の上に誘導したのだ。そして僕の頭が着地したのは、柔らかな人肌の上。エンデの太腿の上だった。
「こういうのポイント貰えたりする?」
「………………一〇ポイント」
「やったぁあああっ!!」
そんなこんなでようやく落ち着きを取り戻した僕らは、星を見ながらいつものように世間話を始めた。どうやら手元が寂しいようで、常にエンデの指が僕の灰色の髪を撫でたり、頬をつまんだり、しまいには左右五本の指で顔全体をさすったりとまるで集中できなかったが、それなりに話は進んでいく。夜の星空の下という暗いムードならお任せくださいというシチュエーションのため、話題には気を遣わなければいけない。
楽しい話題はあっという間に時間を使い、結局のところ数日後に迫ったエンデのお姫様就任へと話題が移っていってしまう。しかし、エンデは思ったより弱気ではなかった。その理由を聞くと、
「なんでだろうね。もちろん不安な気持ちで溢れてるし、出来るわけないとも思ってるよ。でもね、今までなかった出来るかもしれない、っていう一%の光が心のどこかにあるんだ。ペンダントのおかげかな」
なんて言うのだ。まったく、そんなに褒めてもなにも上げないぞでも一〇ポイント贈呈。
就任と言っても、街の人何人か集まっておめでとー、みたいな会をするだけで公式に何かすることは何一つないというローカルさ。エンデが重く捉えすぎてお姫様という響きが独り歩きしているが、実際はそんなものなのだ。
さて、夜も更けてきてもうそろそろ眠くなってくる頃。僕はついさっきまで寝ていたからさほど眠くはないものの、エンデはというとさっきから僕を膝に乗せながらこっくりこっくり首が揺れている。まだ寝まいという気持ちがあるのだろうか。
「なんで眠気拒んでんだよ。寝たいなら寝ればいいだろ」
僕は起き上がってエンデの体をゆっくり倒した。若干抵抗の色を見せ、僕の袖をつかだり首を横に振ったり、
「やぁぁ、まだ、まだ起きてるぅ」
と、もう半分寝言のような語調で呟いたり、とにかくいろいろしてきた。しかし僕は容赦しなかった。頭を優しく撫で、目元に手を置いて光をシャットダウン。そして最後に、投げ出された手に指を絡めて手を繋ぐ。もうこれで安心しきって眠るだろう。
「すぅうぅぅうぅ――」
この通りである。
僕は一度立ち上がって伸びをした。星空はまだ輝き朝日の到来は感じさせない。まだまだ夜は長そうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます