第8話 悲しい輝き


「な、なんだよそれ…………」


 思わず言葉を失った。出てきた言葉はそれくらいで、目に入ってくる光景を受け止めきれないでいた。そんな僕を見て、エンデはゆっくりと僕に近づいてくる。月の光を浴びて、胸のクリスタルが光り輝く。本当ならその輝きを純粋に美しいと思えたはずだった。でもそれは、彼女の胸の中で輝いている。普通ではない光景。


 動くことも出来ない僕に、エンデはギリギリまで近づいて僕の手を取った。そのまま僕の右手を自分の胸に近づける。僕はなるべく彼女のことを見ないようにしていたが、やがて指先の感覚から人肌ではない何かに触れたのだと感じる。


 それはとても冷たかった。つるつるしていて、それが逆に無機質さを助長しているように思えた。


「私、こういう病気みたいなの」


 自分の胸に当てた僕の手を上から包み込むようにエンデは手を重ねた。彼女の手は温かかった。だからこそ、手のひらの冷たさが際立って感じられる。


 震えるエンデの手が僕をそこに留めて、彼女は続けた。


「私の魔法回路はこのクリスタルで完全に結晶化されている。そのせいで流子が流れなくて、魔法が唱えられなかったみたい」


「…………ちょっと待て、ちょっと待ってくれ」


 僕はエンデの話に覚えがあった。見覚えや聞き覚えではない、これはおそらく知識としての記憶。本を読みあさっている中で目が留まった項目の一つ、病名すらない奇なる病としてある紹介が記されていた。


 体内器官がまるでクリスタルのような結晶になっていってしまうという謎の病。原因不明だった。この病で魔法回路が結晶化してしまうという現象はこれまでには確認されていなかったが、今後は分からないという旨で書かれていたように思う。


 その病は体内の結晶化が進んでいくだけでそれほど恐ろしいものではないのだが、ある症状を発症することでその危険性は豹変する。それは、結晶化が体外にまで及んだ場合。


 その場合、悪性であるこの病はやがて発症者を完全に結晶化してしまう。もちろん、心臓もだ。


「僕は、その病気を知っている、知っているんだ」


「…………そう、なんだ」


 作り笑顔がぎこちないエンデは、思わずといった感じで視線をそらした。僕は急かすように彼女の表情を伺った。


「エンデは、この病気がなんだか知っているのか?」


「………………うん」


 小さくか細い声だった。どこからこの病を知ったのか、それは分からなかったがそんなことはどうでもよかった。この病気の顛末、それをお互いが知っている。僕は自分の額が汗でにじんでいくのを感じていた。


「じゃあ、この病気が最終的にどうなるのか…………も」


「うん、知ってる」


 彼女の手が僕の手から離れる。抑える力がなくなった僕の手は力なく振り落とされる。服を整えて、切なそうな表情をするエンデ、いつものネガティブな彼女なのだが、今回は重みが違った。僕だって、どうしてもネガティブな考えが頭を埋め尽くしてしまう。


「死んじゃうんだよね」


 彼女は平然と言ってのけた。まるで覚悟は出来ていたというように。


 エンデはいつからその事実を知っていたのだろうか。彼女の性格からすれば、その事実を知った途端に壊れてしまいそうな気もする。


 いや、違う。彼女は警鐘を鳴らしていたんだ。僕が気づかなかっただけ、思い返せばいつだって彼女はいろいろなことを悩んでいた。間近に迫る姫襲名を気にしすぎているのだとばかり思い込んでいて、しっかりと話を聞いてあげられなかった。


「…………ねぇロイ、今日は泣いてもいい?」


 わなわなと震えながら彼女は呟いた。僕は自分の不甲斐なさに何も言葉が出なかった。エンデはそっと僕に近づきその腕を背中へと回して体を密着させる。堪えていた感情が奔流するかのように、エンデは声を上げた。


 静かに抱きしめた彼女の体がこんなに冷たかったなんて、僕は思いもしなかった。

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