第7話 おめでとうとごめんね
宴が終わった会場、片付けも一通り終わって飲んだくれた男達がテーブルの上だろうと地べたであろうと関係なく横たわっている。僕はそんな大人達を横目で哀れみながらもせっせと最後の片付け作業を終えて、夜の草原で一人哀愁漂う表情で空を見上げる少女の元へと歩み寄る。昼間とは打って変わって沈み込んだその表情を見るに彼女の感情は明らかだった。
「御気分優れませんか? お姫様」
「やめてよ、ロイが普通に接してくれなくなるとより所がなくなっちゃうじゃん」
いつもなら自然な笑顔で強がる彼女も、今日ばかりは口元が強ばっていた。
「大げさなんだって。僕だっていざエンデがお姫様になれば、いくら街の姫と言っても仰々しい扱いをされるのかと思っていたさ。でもみんな自然に振る舞ってくれたじゃないか。きっと街の皆もエンデが急にお姫様という扱いを受けるのが嫌なことを察してくれているんだよ」
「それが、嫌なの」
エンデは小さな声で吐き捨てるようにそう言った。夜の帳が降りつつある街にはそよ風が吹く音と大人達のいびきが交互に響いていた。
冗談めかさずに、芯の通った声でエンデは続けた。
「普通じゃないの。たとえ気を遣ってくれていたとしても、それが気になる。私だって伊達にこの街で生まれ育っていないよ、皆が気を遣ってくれていることくらい直ぐに気がつく。そしてその特別な扱いが、特別な扱いをしないようにという、気遣いが、私は苦しい」
エンデのいつもの弱音、そう言って慰めることもできたかもしれない。ただ今回は毛色が違うような気がした。彼女は泣き出すことなく、ただただ高い空を見上げて言葉を紡いでいた。まるで空に語りかけるように、僕だけではなくこの世界すべての人に語りかけるように。
僕がかける言葉を選んでいると、エンデはさらに続けた。
「ロイ、魔法。使って見せて」
視線を落として僕を見たエンデは少し笑って見せた。どんな魔法と問うと、綺麗なやつと何とも曖昧な表現で答えられた。これには少し僕も困ったが、幸い飲み場の明かりがこの草原にも少しだけ届いている。僕は現象系魔法を唱えて大きめの氷塊を空中に出現させた。
次に移動系の魔法で地面を蹴り、空中に飛び出す。重力下にまだない氷塊に向かって接近した僕は、強化系の魔法で右手の拳に力を込める。右手に光が凝縮していくような光景の後、僕の右手は魔法の力で光のベールに包まれる。
打撃力が大きく向上した右手を思い切り振りかぶり、ハッと息を吐くのと同時に突き出す。氷塊の一点を捉えて打ち出された僕の拳は氷塊に接触した途端に無数の亀裂を走らせる。砕け散る氷の破片はそこでようやく物理法則に従って地面に向かって落ち始める。
ここまですべて第一世代魔法での演技、続いて第二世代魔法を織り交ぜる。
一足先に着地した僕は少しだけ面倒なイメージに取りかかる。飛び散った無数の氷片それぞれを逃さず頭の中でイメージ、それらをそっと下から支えるように感覚を研ぎ澄ます。
操作系第二世代魔法によって、散らばった氷片が重力に抗ってみせる。そのまま僕の操作の元、破片を集結させていく。不安定な形状でも、イメージさえ途絶えなければその形を維持することができる。やがて出来たのは氷の破片で出来たシャンデリアだった。荒削りであるが故に飲み場の明かりを乱反射して優雅に輝く。回転させればそれはもう草原を照らす月明かりにも負けない光となった。
「…………はぁ、はぁ、どうよ?」
「うわぁ、魔法ってやっぱりすごい!!」
そこはお世辞でも魔法じゃなくて僕の方を褒めてほしかった。が、まあいい。複雑に組み合わせた魔法もこなせた自分にひとまず満足がいった。浮かせているだけならたいした労力も使わないため、片手間でイメージしながら、
「なんで突然魔法が見たくなったんだ?」
「…………なんでかな」
エンデの表情にまたも群雲がかかる。僕は黙ってエンデの言葉の続きを待っていたが、なかなか口にしないので氷のシャンデリラを崩して歩み寄った。
「お姫様、そんなに嫌か? どうしても嫌だっていうなら、僕の方から聞いてみてもいいぞ。これまでお姫様がいない期間が続いていたんだし、もしかしたらお願いすればなかったことにしてくれるかもしれないぞ」
「ううん、そうじゃないんだ」
エンデは小さな声で、でもしっかりと答えた。何度か深呼吸をして、気持ちを整えたエンデは僕を正面に見据えて真剣な顔つきになった。それと同時に飲み場の明かりが消された。
「ロイ、驚かないでね」
そう言ったエンデは、何をするかと思えばフリルがたくさんあしらわれた記念服、その上をたくし上げた。暗くてよく分からず、胸のあたりまで服が持ち上げられたところで咄嗟に目をそらした。
「お、おい何のもつもりだ!! 動揺させようたってそうはいかないぞ!! 暗くて見えないし、暗くて見えないからな!!」
意味もなく言葉を二度繰り返してしまっている時点で動揺しきっているのは自分が一番よく分かっていた。両手を振り回しながら視界を遮っていると、小さく笑ったエンデは落ち着いた声で、
「えへ、動揺してくれてありがとう。でもロイ、私のことを思ってくれるなら見てほしいの、真剣に」
「私のことを思ってって、おまえ何か勘違いしているんじゃないか? 別に僕が気にかけてるのはお――――」
言葉で強がりながら、意識をなるべく反らして僕はエンデを見た。だけど、僕の視線は迷わず一点に注がれた。強がりや誤魔化しなんて意味なかった。たくし上げられた彼女の服から垣間見える彼女の胸、そのやや右側。
エンデの心臓近くが、結晶になっていた。まるで氷が人肌から生えてきているような、そんな感じだった。苦しそうな表情で、その結晶をなでるエンデ。ただくっついているのではなく、完全に体の一部となってしまっているそのクリスタルを見て、彼女は言った。
「私が魔法使えないの、このせいみたいなんだ」
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