一章 笑顔が悲しいなんて思いもしなかった
第9話 願いの叶う戦い
エンデがこの街のお姫様になってから三ヶ月が経っていた。だからといって特に変わったことはない。普段通り生活して普段通りの日々を送る、エンデも最初のうちはなれない様子だったが今ではこれまでと何ら変わりない毎日を過ごしている。
一方、僕の生活は劇的な変化を遂げていた。エンデと会って話したり遊んだりする時間はこれまでと変わらない。変わったのは、それ以外の時間の使い方。意味もなくだらだら怠けたり、ベッドに横たわって寝てしまうような生産性のない毎日はもうどこにもない。
今日も僕は朝早く起きて人気のない湿地で集中力を高める。ここで魔法の練習をするのも今日で何回目になるか忘れるほどにやってきたが、そうそう簡単には成長できない事が分かりつつあった。それでもこうして鍛錬を続けるのには明確な理由がある。
彼女の体のことについて、あれから僕はあの手この手を使って詳細を掴もうとした。書籍を漁り、街内外の人々に話を聞き、噂話のような信頼に欠けるものだって藁にもすがる思いで手を伸ばした。
そうして情報を集めたからこそ、その病が全く原因不明で尚且つ未だ治った前例がないことが明確に分かってしまったのだ。そうした事実は、流石にエンデも知らないのだろう。でも、現に病を患っている彼女はもしかしたら一番よく分かっているのかもしれない。
もう自分は助からない。どうしようもないのだと。
ここ最近のエンデはよく笑うようになった。あの泣き虫で弱虫なエンデがどこかへ行ってしまった訳ではない。いつものようによく泣くし、いつものようにネガティヴだ。でもそれ以上に、彼女はいろんな事を楽しそうにしている。些細なことだって、腹を抱えて笑うのだ。心底楽しそうに、人生を謳歌しているのだ。
それが僕には、切なくて、辛くて仕方がなかった。当の彼女が元気にしているのに、僕が弱いところを見せてはいけない。そう思って彼女とは普通に接するようにしている。その代わり、彼女が眠りについた夜はひどく寂しく、その寂しさから逃げるように情報を集めた。そして日が昇り、また彼女に会うまでの朝の時間を魔法の鍛錬に使った。
結果として、その病気を治す方法は見つからなかった。あれだけ血眼になって探したのだ。本当にないのだろう。そんな病にかかってしまうだなんて、エンデも本当に運が悪い。
では、僕はなぜこうして朝に魔法の鍛錬をしているのか。それは至極簡単なことだった。病気を直接治す方法は分からなかった。しかし、願いを叶える方法が見つかったのだ。
「もっと鋭く、もっと正確に、もっと明確に!!」
指先まで神経を研ぎ澄まし、力を込める。ほかのイメージに介入の余地はない、普通の魔法を使う場合では考えられない集中でイメージを築き上げていく。体内の魔法回路をイメージするだけでは足りない。魔法回路の大きさ、構成、ルート、そしてそこを通う流子の流れ、大まかな流れで捉えるのではなく、流子一つ一つを捉えて補足する。全ての流れを僕自身の力で制御していく。
やがて流れが力を持ち始める。エネルギーは次第に魔法に変換されていく。右手の先から魔法を放つその瞬間まで、刹那を思い描く。
時が満ちて、魔法を放つ。それは一瞬の出来事。僕の手のひらを中心として波動が広がっていく。水面に水滴が落ちたような、そんな現象が空間に生じる。
その規模は水滴なんて形容では表しきれない。まるで空間が歪んでいるかのような、圧縮する空気の音が轟く。赤い閃光と黒い光が混ざり合って鳴動する。それは重い波動ではない。高い周波数の音でグラスが共鳴するように、一瞬で何周期もある波が伝搬していく。
その威力は、今僕が抑えなければそのまま半径数キロを裸の地表にすることが出来るほど。第二世代波動系魔法、それを洗練に洗練した形。
続けて、僕は瞳を閉じる。自分を構成する組織を網羅したイメージ、魔法回路を超過駆動させて、自分自身の体を丸ごと魔法回路として扱う。絶対量の約半分の流子を流し込み、魔法を発動する。
それも一瞬の出来事。僕の体は一瞬この世界から消える。正確に言えば、一度分解されて再構築される。再構築される場は上空五メートルの地点。
そこで再度この世界に実体を得た僕は、続けて魔法を発動する。傍目から見れば瞬間移動をしているように見える第二世代転移系魔法だ。
この世界の地平線を全貌を見ることが出来るほどの高さまで来て、僕は手のひらを地上にかざす。第一世代の現象系魔法を凌駕する第二世代現象系魔法。
空気を薙ぐ音が聞こえた。衝撃を物語る閃光は地上に迷い泣く突き刺さり、その衝撃を物語る天使の輪を携える。着弾と衝撃の音が押し寄せるのはそれから少し経ってから。
周りのものを全て押し退ける衝撃は同心円状にどこまでも広がっていく。人のいる地域まで及ばないように力は抑えたものの、五割の力でも大地は活断されて無残な光景が広がる。
「彼女を救うために、僕は強くならなければいけないんだ」
この国には古くから伝わる伝統的な戦があった。その戦いを制したものは、何でも願いを叶えることが出来る魔法の使用権が得られるという、その戦いは【英雄系譜の争い】と呼ばれていた。
昔、流子の起なるところ、即ち流子を多く含む地脈を持つ大地、その大地の王や英雄が力を得るために魔法回路並びに流子を強化するという禁忌の儀式を行った。地脈に溢れる流子は人体に備わった流子とは違い、単位辺りの魔法変換効率が尋常ではない。その流子を体内に流し込み、自らの流子を地脈流子に置き換えるとともに、その地脈流子が当人の魔法回路に作用して拡張現象を起こすその性質を利用して、人間は更なる力を求めた。
当初は危険と思われていたその行為だが、後にある魔法使いがその禁忌の儀式を成功させる。それを風切りに、続々と儀式を成功させていき、他を超越した魔法力を持つ者が六人になった時――
――急に地脈の活動が停止し、地脈流子の供給が止まった。魔法回路を強化した六人は人知を越えた魔法回路を持つと同時に、膨大な量の流子を必要としていた。自分で生み出すだけでは足りず、地脈流子から常に供給を受けていたのだ。
だから彼らはこの事態を重く受け止めた。ただどうすることも出来ずに、あるとき六人のうちの一人がその苦しさから自ら命を絶った。すると、彼が儀式を行った大地の地脈流子が供給を再開したのだ。同時にその大地には彼の魔法回路、それを具現化した首飾りが現れた。
このとき、他の六人は理解した。大地は最強の魔法使いを求めていると。全ての地脈を治め、全ての大地を統括する最強の魔法使いを欲しているのだと。
こうして最初の【英雄系譜の争い】は始まりを告げた。最後に残った魔法使いは手に入れた首飾り、指輪、王冠など魔法回路が具現化した
争いはそれから四度繰り返されていた。争いが鎮まれば、地脈流子の供給は元通りになる。だからまた計六人の儀式成功が認められれば、争いは始まるのだ。
「そう、争いはまた始まるんだ。願いを叶えるための戦争が、また」
僕は今日の鍛錬を終えて湿地を後にする。頭の中は儀式のことで埋め尽くされていた。
「僕は勝ち取る、次の英雄の座を」
英雄になれるのならば僕は何だってする ひこーきぐも @hikokigumo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。英雄になれるのならば僕は何だってするの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます