第3話 言いかけた言葉の先


 今日も今日とて僕はエンデと一緒だった。街を出てすぐにある木々の乱立を抜けた先、川の上流を為す開けた水辺で彼女は衣服が濡れることなど気にせずに岩場に腰掛けている。一方で僕は少し離れたところで身構えている。上半身をやや倒し、前傾の姿勢で足先に意識を注ぐ。続いて自らの体を巡る魔法回路、その回路に流子を流し込むということを強くイメージする。


 とにかくイメージ、強く意識することが大切だ。それさえできれば、割と簡単に魔法は発動する。


 勢いよく地面を蹴る、水が跳ねる音がする。僕の体は込めた力相応に前に飛び出していく。


「うわぁ」


 エンデのそんな声が聞こえたのは、直後だった。


 宙に浮いた僕の体は押し出されたように急加速する。人間すら吹き飛ばすような突風に背中を押されたかのように、ふわりと宙を翔ける。着地時にも同様にイメージを強く持ち、魔法を使って勢いを殺す。飛沫一つ上げずにエンデの目の前に着地して見せて、僕は大いに胸を張った。


「これが第一世代の移動系と第二世代反射系魔法を織り交ぜた高速無音移動」


「おおぉ、こうそくむおんいどう!!」


 確実に理解していない様子で手をたたいて驚くエンデに、僕は呆れて自信満々の笑みを崩した。


「お前本当に理解したのか?」


「うん、ちゃんと分かったよ。やっぱりロイはすごいね」


 にへらと微笑むエンデ、手の指だけを合わせて拍手するような動作を繰り返す彼女に詰め寄り、僕はその白く透き通る髪をガシガシと触る。


「やっぱり理解してない。こんな魔法今時誰だってできるの!! 何にもすごくないの!!」


「わぁああぁあぁ!? 何するのロイ、や、やめて、やめてよぉ!!」


 二、三度揺すってそのまま離すと、エンデはそのまま体勢を崩して水の中に落っこちそうになる。水の中と言っても靴が半分浸かるくらいの深さではあるのだが、咄嗟に伸びた腕を掴んで僕はエンデを引き止めた。そのまま引き起こして立ち上がらせる。


「なんていうか、やっぱり抜けてるな、お前は」


「ロイが好き放題私に意地悪するのが悪いんだよっ!! 私だって常識人と一緒ならもっと普通だもん」


「え、じゃあエンデの中では僕は常識人じゃないのか」


「当たり前でしょ、ブッ飛んだ人だよ、ブッ飛んだ人!!」


 そんな言葉、どこで覚えたんだエンデよ。よく街の人たちの話し相手を務めているだけはあるな。


 なんて思っていると、エンデはまたいつもみたいに頬をふくらませて、目尻に輝く雫を溜め込みながら何やら企んでいるご様子。足を少し大きく開いて、右手を開いて真下に伸ばす。左手は右手首を支える形で添えられる。


 この姿勢は、よく第一世代現象系魔法を扱う際の姿勢に似ていた。魔法回路に流子を流し、発現する現象を右手の先に引き起こすことが狙いだ。


 彼女の表情は至って真剣で、そのまま頬は破裂してしまうんじゃないかという程膨れ上がっていた。本当は力を抜く方が理想なのだが、エンデの右手はふるふると震えていた。この様子では結果は見えている。


「―――――――ナァッ!!」


「ナァ?」


 突如素っ頓狂な声を上げたエンデはそのまま大往生に倒れ伏した。せっかくさっき手を伸ばして助けたというのに、一分と経たずにこれだ。やっぱりこの子、大丈夫だろうか。 


「全然できる気配がしないよ。イメージはすごいしてるし、自分の魔法回路もかなり鮮明に把握できてるのにぃ!!」


「意識とかイメージは完全に各個人にしか分からないからどうしようもないんだけど、そこまでイメージできていて発現しないっていうのはかなり不思議だな」


 僕はエンデ程しっかり姿勢を意識せず、軽く右腕を前に出して左手を添える。目を閉じて塊をイメージする。次にその材質、水、それを氷結させ、氷塊を意識する。そこまでして、自分の魔法回路に流子を流し込む。それだけ。


 目を開くと、何もない空間に続々と小さな何かが集まっていき、こぶし大の氷塊が生まれる。そのまま浮かせておくこともできるが、さらに移動系の魔法でその氷塊に上方向の移動エネルギーを与える。急加速して上昇していく氷の塊を僕とエンデはしばらく眺めていた。


「ほら、第一世代の魔法なんてこれくらいの片手間のイメージでもできるんだよ」


「………………普通にすごくてちょっと妬ける」


 やがて氷塊は木漏れ日の光によって見えなくなる。全身びしょ濡れなことなど意にも介さず起き上がって、エンデは大きく溜息を吐いて肩を落とした。人差し指で水の波紋を作りながらブツブツとつぶやく。


「あぁ、私だって魔法のひとつくらい使えたらなぁ」


 あれ、この前は教えてくれなくてもいいとか言っていたのに。てっきり魔法なんか使えなくてもいいやとか考えているのかと思ったが、違うのだろうか。


 僕は落ちてくる氷塊の存在をエンデには知らせないまま、自然を装って彼女に問いかける。


「やっぱりエンデも魔法使いたいのか? だったら僕が教えてあげるって言っているだろ」


「―――――――なら」


 エンデが何か言おうとしたとき、僕は満を持して上を指差した。言いかけた言葉を飲み込んで上を見やるエンデ。そこには先ほど高く打ち上がった氷塊が目と鼻の先まで落ちてきていた。


「え」


 言葉を上げる暇すらなかったようで、咄嗟に両手で身をかばうエンデ。僕はそんな彼女をよそに用意していた魔法を放つ。落下してくる氷塊が通る空間に高温帯を作り出す。


 結果として、ちょっと温かいくらいの温水がシャワーのようにエンデに降りかかる。何が起こったかわからない様子のエンデに向かって、僕ははにかみつつ


「な、魔法って便利だろ?」


「……………………今日のロイ嫌いッ!!」


「最初からずぶ濡れだったんだから別にいいだろ」


「そういう問題じゃないの!!」


 そう言って、エンデは改めて自分の濡れた衣服に目を落とした。すると思いの外衣服の下が透けていたことに気がついたのか、光の速さで身をかがめて僕に背を向ける。実際さほど気にしていなかった僕も、改めてそう言う態度で示されると変に意識してしまう。


 同じ世代の女性をエンデとその他若干名しか知らない僕にとって、彼女の胸が大きいのか、身長は高いのか、スタイルはいいのか、イマイチよく分からないのだが、髪は白くて綺麗、胸も衣服を着ていてもその存在を主張するかのように膨らんでいることから、それなりにあるのだろうと思う。身長は僕より低く、あまり大きくないのかもしれない。


 こうして考えてみると、僕は結構エンデが好みのタイプなのかもしれないと思う。でもなんというか人事というか、そうなんだな程度の、浅い考え。


「悪かったって、そろそろお腹すいてきただろ? お詫びに森のレストランおごってやるよ」


「え、森のレストラン!! あそこ結構高くなかったっけ!?」


「ちゃんとメニューに制限は儲けるからな。早くしないと魔法使って先に行っちまうぞー」


「えぇ、ちょっと待ってよロイ!! 一緒に行こうよ、ねぇ、ロイってばー」


 そうこうして、数分も経てば僕らは笑い合う。そうして一日を終えていく。


 彼女の言いかけた、言葉の先を知らないまま。


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