第2話 そういう世界と隠し事


 手を繋いで歩く、いや、手を握られて歩くこの光景はこの街でもある種有名になっている。最初の頃は僕も気恥かしさがあったものの、こう毎度毎度散歩していれば慣れもする。


 街の住人たちとも笑顔で言葉を交わしながら散歩を続ける。エンデも今となっては手を握りながら普段通りの会釈と世間話を織り交ぜる余裕がある。


 こうして何の目的もなく街を一周する散歩が、エンデが泣いた時の恒例となっているのだ。この散歩をし終えれば自然とエンデの機嫌は治るので、僕としては子供をあやす感覚に近い。


 エンデは別に露天や出店で売られている美味しそうな食べ物をねだってくる事もなければ、疲れたなどと駄々をこねることもない。ただひたすらに僕の指を握って歩き続ける。何が楽しいのかは、僕にもわからない。


 そんなこんなでいつもの散歩は終わる。世間話をしながら散歩をしていたので、会話が終わり切る前に散歩が終わってしまった。でもそんなこともよくあることだ。そういう時は散歩が終わっても会話は続く。広がる草原に腰を落として、僕はエンデに問う。


「じゃあお前は第一世代魔法すら未だに使えないのか」


「うん、そうなんだよね。魔法回路はあるんだけど、どうにもこうにもうまく流子を流せなくて」


 ある時を境に、人間には生まれつき魔法回路という目には見えない特殊な回路が備わるようになった。それと同時、流子という非常に微細な粒も発見され、その流子も人間には備わっていることが分かった。


 そして人間は、魔法回路に流子を流し込むことで魔法を使うことができるようになった。魔法回路の大きさ、流子の量は個人差があり、流子量が多く大きな魔法回路を持つ人の方が当然多種多様な魔法が使える。魔法回路の大きさは生まれた時点で決まっており、流子も体に蓄えられる絶対量が生まれつき決まっていると言われている。


 第一世代魔法とは、この魔法回路と流子が発見されてから最初に使われるようになった魔法の俗称であり、強化系や移動系などいくつか種類がある。しかしこの第一世代魔法は魔法が使えると分かったとき、つまり数十年前に発見された魔法であり、それ故に第一世代魔法という名前がついている。


 今日では専ら第二世代魔法が主流となっている。第二世代魔法は第一世代魔法に比べて実用性が増し、戦術的な使用も想定されている魔法だ。第一世代魔法の発見と共に魔法の研究は堰を切ったように加速し、第二世代魔法は前の世代と比べても使用用途がかなり広い領域にまで達していた。


 その結果、人々の生活はより豊かになり、そして戦いも増えた。良い事だけではないのが魔法の恐ろしいところでもある。


 僕はとりあえず第二世代をかじったくらいには使えるのだが、エンデは第一世代魔法すら使えないというのだ。


「魔法回路の大きさは確か僕と同じくらいの大きさだったよな。流子が流せないってどういうことなんだ?」


 エンデは少し唸って、あまり納得がいかないような表情で、


「そのままだよ。流子量も平均的だとは思うんだけど、どうやっても魔法回路に流子が流れてくれないんだよね。なんでなんだろうね」


 エンデにしてはやけに楽観的な意見だった。いつもの彼女なら――うわーん、初期の魔法も使えない私って――ってな感じで泣いてもおかしくない話だと思うけれど。


 ともあれ、魔法が使えないのいうのはなかなかに不便だ。流子を動力とする物も増えてきているし、飛空艇なんかは第二世代の駆動系魔法、ちょっとした移動なんかは第一世代の移動系魔法で飛ぶように移動するのが普通という世界。エンデもエンデなりに苦労しているはずである。


「流石に第一世代すらも使えないとなると不憫だな。時間が解決するかと思っていたけど、そろそろ洒落にならなそうだ。僕が練習に付き合ってやろうか?」


「ううん、いいよ」


 エンデは即答した。なんというか、無表情だった。泣き出すわけでもなければ、不安そうな表情をするわけでもない。かと言ってあっけらかんとしているわけでもない。全くの無表情だった。


「…………でも絶対不便だろ? もし僕に教えられるのが嫌だって言うなら魔法が得意なおばさん知ってるから相談するぞ」


「ううん、本当に大丈夫。ロイに教えてもらえるのは嬉しいけど、多分迷惑かけちゃうから」


 なんだか聞いていてイライラしてきた。こっちから提案しているのにイライラするわけ無いだろ、そう思った。


 でもここで声を上げて怒るのは、何か違う。だから僕は深くは追求しない。


「ならいいんだけどさ。でもあれじゃないか、一応街の看板娘として華やかな魔法くらい使えた方が――」


「街の、看板娘…………」


 あ――。


 地雷を踏んだ音がした。


「泣くなよ? さっきその件については落ち着いたばっかりだろ!? なぁッ!?」


「うっ、うっ、ひくっ」


「あああああああああああああああああわかったからもう一周しような!!」


 そんな感じでいつも、僕たちの会話は単なる笑い話で終わってしまう。深刻な話をしていても、結局はこうなるのだ。


 だからこそ、僕は彼女の奥底に抱える悩みに気がつけなかったんだと思う。


 

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