英雄になれるのならば僕は何だってする
ひこーきぐも
序章
第1話はじまりの空、いつもの散歩
「絶対に無理、無理無理無理!! 出来っこないよ、なんで私なの!?」
ド田舎な街の外れ、だだっ広い草原に寝転んでいるとわんわん騒ぐ少女の声が響いてきた。地団駄を踏んでいるのか、小さな振動が地面を伝わって頭に響いてくる。
いつものことだから別に気にしない。彼女はいつだってこうなのだ。
「別に気にすることでもないんじゃない? 一国の姫ならまだしも、こんな辺鄙な街のお姫様とか、気にするどころかちょっと笑えるよ?」
いつものことだからこそ、いつもの調子で答える。僕の言葉に彼女は言葉を失い、しばし沈黙していた。あまりに言葉が返ってこないから視線を彼女に向けてみると、見るからにご立腹だった。頬をパンパンに膨らませて、腕なんか組んで、意地悪げな視線で僕を睨む。
「ロイは自分が指名された訳じゃないからそんな呑気なことが言えるんだよ!! 私がお姫様なんて出来るわけないのはロイだってよく分かってるでしょ?」
白い髪をゆらゆら揺らしながら、彼女は怒っていた。いや、怒っていたというか、ムキになっていたという方が正しいかもしれない。目尻には涙を浮かべ、僕があと一言何かを言えば、決壊して号泣してしまいそうな勢いだった。
「まぁな…………でもしょうがないだろ。ここは本当にド田舎で若い人間って僕等くらいなんだ。男である僕がお姫様になるわけにはいかないだろ? じゃあ消去法でエンデになるのは仕方がないことじゃないか」
エンデ・ジュエミリア――今にも泣き出しそうな長髪の少女はそんな名だった。この街では数少ない若者で、同じ希少な若者である僕とは幼馴染という間柄。
そんな彼女がなぜこうしてプンスカプンスカ怒っているのかと言うと――
「だからって私がこの街のお姫様なんて……どうしたらいいの……」
――彼女がこの街のお姫様に選ばれたからだ。あぁ、なんとめでたい。
別にお姫様といっても、何もこの街の政治を統制したりこの街を管理したりとか、そういう話ではない。この街は少し特殊で、若い少女を一人お姫様に任命する風習があるのだ。看板娘に近い感覚だ。
これまでそのお姫様にふさわしい年頃の少女がいなかったため、しばらくお姫様は不在だったのだが、この度エンデが一八の誕生日を迎え晴れてお姫様に任命されたのである。あぁ、なんとめでたい。
「だから難しく考えなくてもいいんだって。ほら、この空を見てご覧よ。雲一つなく青く広がっているだろう。この空を見ていればなんだか自分の悩み事なんてどうでもよく思えてくるんだ、エンデもほら」
言われて、エンデも立ったまま空を仰いだ。今日の空は本当に澄み渡っていた。僕は今現在大して悩み事もないのでこの空が至極美しく雄大に見えた。だからこの心が広がっていくような感覚をエンデにも感じて欲しかった。のだけど、
「……………………グスッ、うっ、ひくっ」
「えっ」
泣いてしまっていた。空を仰ぎながら、その目からボロボロと涙をこぼしていた。何度も何度も手で涙を吹くのだが、かえってそれが泣いているという行為を自分に認識させているようで、とめどなく涙が溢れていく。
「空が広い……私がお姫様になったら、グスッ、こんな広い空の下にいるいろんな人達が……ひくっ、私をお姫様として……うっ」
「…………お前本当にネガティブで泣き虫だな。どうしてこうもっと良い様に良い様に考えられないかなぁ」
「うわあああああああああああああああん!!」
「……………………」
そう、エンデはいつもこうなのだ。何かあると、すぐ泣いてしまう。私にはできない、無理、どうしよう、そう言って不安や緊張に押しつぶされて泣き出してしまうのだ。
笑顔と普通の表情と泣き顔、見た回数が多い順に並べれば間違いなく泣き顔がトップに来る。それくらいにはいつも泣いているのだ。
ただ、僕といるとき以外、例えば街のおじさんやおばさん、近所のおじいさんなどと接するときは随分落ち着きを取り戻す。性格が豹変するとかではないのだが、こんな情緒不安定ではなく、女の子らしいおしとやかなエンデになるのだ。普通にしていれば結構美人なエンデ、街の人と話している時の彼女はとても絵になる。
だが、そのあとは決まってうつむき加減で、
「ロイ、私、街の人たちの期待に押しつぶされそうだよぉ」
なんてまた泣き出すのだ。時々本当にこの子は大丈夫だろうかと心配になる。
いよいよ収まりがつかなくなり始めたエンデに、結局僕はいつものように接する。
「分かった、分かったから一回泣き止めって」
「…………じゃ、じゃあいつもの、してくれる?」
「……少しだけだからな。僕はこの晴れやかな空の下、広大な草原で一眠りしたいんだ」
「いつもごめんね、ロイ」
そう言う彼女を待たず、僕は起き上がって草原をあとにする。レンガ造りの街道をゆっくり歩いていく。すると後ろから小走りでやってきたエンデが僕の右手をそっと掴む。薬指と小指だけを握る、手をつないでいるとは言えない控えめな繋がり。それでも彼女は、
「ありがとう」
小さくそう呟いて、ギュッとその指を握るのだ。この時だけは決まって笑顔になるエンデに、僕はなんとも言いにくい複雑な心境のまま街道を行く。
いつもの散歩の始まりだ。
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