第4話 暑い暑い一日


 ある日の夜、その日は朝からずっとうだるような暑さが続き、日が落ちたあとでもジメジメと嫌な湿気で満ちていた。その暑さには僕もエンデも困り果ててしまい、一日中例の水辺でグダグダとしていた。もれなく全身ずぶ濡れになりながらも、どうにかこうにか暑さを凌ぐことができたのだが、日もだいぶ沈んできた時、ふとエンデがこんなことを言った。


「今日は星を見たいな」


「え、星? そんなの夜になったらいくらでも見れるだろ」


「それはそうだけどさ、私が言っているのは星しか見えない空が見たいなっていうことだよ。こう、寝転がって空を見上げるとバァーって星が広がっててさ、だんだん目が慣れてくるとどんどん星が増えて言ってさ」


「だったらこの上流の先、あの滝を超えたてっぺんにでも行けば見れると思うぞ。お前が見たいっていうその景色」


 僕がそう言うと、そんなことは分かっているとでも言いたげな表情で僕を睨んでくる。


「そんなこと知ってるよっ」


 本当にそのまま言われるとは思ってもいなかった。エンデはそうじゃなくて、と足をぶらぶら遊ばせながら、


「だからさ、今日は暑いし家に帰っても怠くて寝るだけでしょ? だったら一緒に星空鑑賞でもどうかなぁって、そう思ったの!!」


 ぷんすかぷんすか。そんな音が聞こえてきそうな表情と態度で捲し立てるように言われて、僕は何だそういうことかと、遅ればせながら納得した。確かに彼女の言うとおり、今日は帰ったところで暑くて何もやる気が出ず、すぐ寝るだけだっただろう。そのすぐ寝るというのも十分に魅力的な選択肢なのだが、この暑さだ、もしかしたら寝ることすらかなわないかもしれない。


 いろいろ考えて、僕は了承することにした。いろいろ準備したいこととかあったため、先にエンデには向かっていてもらうことにして、僕は一度家に帰る。


 家に着いてすぐ、とりあえず水浴びをする。ついさっきまで水を浴びていたじゃないかと言われればその通りなのだが、なんとなく外で浴びた水は、家で浴びる水で洗い流したい衝動に駆られるのだ。汚いとまでは言わないが、気持ちの問題だ。


 十分に体を冷やし、洗い終えて、体を拭きながら自室に戻る。机の上には雑多に並んだ厚めの本が威圧感と生活感を演出している。本の各ページには目印となる紐が挟めてあり、それは僕が気になったページに差し込んだものだ。


 椅子に腰掛けて、その一冊を手に取る。その本のタイトルは『魔法回路と流子 序論』。他にも『魔法回路構造学』や『流子の仕組み』、『魔法の発現と成長』などなど、本来ならば一ページ目から頭と眉間が鋭く痛むような、そういう本ばかりだ。


 これらは全部、隣町から買ってきたもの。決してエンデのためではなく、魔法回路と流子のイメージがしっかりできているというのに魔法が使えないというおかしな現象への純粋な興味からである。昔から使い道がなかったからか、お金は結構余っていた。と言っても、思っていた以上にこの手の本は値段が張り、余裕の表情で本を出したら予想外の値段を提示され、恥ずかしくて引くに引けずに購入してしまったのは、少し自分でも後悔している。


 別に本を確認したかったから帰ってきたわけではないのだが、一度それに目がいってしまうと本を手に取ってしまい、流れで数ページ捲ってしまう。するとそのままのめり込むように目を走らせる。


 数冊の本を読み漁ったが、結局書いてあることはだいたい同じで、イメージがとても重要ということ。イメージをしても魔法が発現しない場合は、生まれつき魔法回路が小さい、流子の絶対量が少なく発現するほどの流子を体内に持っていない、などという可能性があるとのこと。


 だが、今は魔法が発見されてからもう数十年経っている。体内の魔法回路も流子の量もそれこそ魔法を使うことで確認することができる。僕もエンデも一度、街にやってきた権威ある魔法師の方に見てもらったことがあるが、二人共平均的だった。ということは、魔法回路と流子量に問題はないということだ。


 彼女は以前、流子を回路に流せないと言っていた。だからそのことについても詳しく調べたのだが、イメージができなくて流せないことはあっても、イメージできているのに流子を流せないという事象は確認されていなかった。


 例外の中に、稀に魔法回路に異物が出来てしまい、流子の流れを阻害するというものがあった。しかしその場合、魔法回路をイメージする際にその異物もイメージできてしまうのだという。さらに大概異物は本人の流す流子量をコントロールすることで力づくで退かしてしまう事ができるらしい。要は、それもエンデが魔法を使えない要因とはなりえないということだ。


「これは早くも手詰まりか…………」


 慣れない活字を読むと、いつも決まって眠気が襲う。それは暑くて仕方がないこの日も同じだった。次第にまぶたが重く感じ始め、気がつくと本を枕に突っ伏している。一度は気がついたのだ、その時起きていればよかったのだが――


「……………………」


 気怠さも相まって、エンデが言ったとおり家に帰って怠くて寝てしまったのだ。


 大事な何かを忘れたまま。

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