最終話 『女よ男よ。戦え、誇示しろ、見逃すな』

 まさかのセリフが勝者から飛び出し、老師も轟丸も目を見開いて礼賛を見やった。

 果轟丸はて ごうまる、ようやく瞼の腫れが引いて周囲を見通すことが、出来たのだが。愛しき剣脚の言っていることが、ちっとも見えない。


「何を言っている、月脚つきあし礼賛らいさん……ッ。土壇場でトチ狂ったか?」

「お前にそれを言われるとはな、町長。わたしは狂ってなどいない。もともとこれを言うためにお前の所まで来たんだ」

「礼賛、どういうつもりだお……? しろみを裏切って町長のもとにつく気かお?」

「老師を裏切る気も、町長につく気もないさ」

「じゃあどうしてだ、礼賛! お前……意図がわかんねえ!! 説明してくれよ!!」

「まあそう騒ぐな、ゴーマル。わたしだって今の話を聞いて、どうしようか迷ったんだ。世界が複製されて改変されていたことがわかり、果たしてそれらを受け入れるべきなのか、どうか……。だがそれらを知った上でも、結論は変わらなかった。だからあえて言う。お前の言い方を借りるなら町長、わたしが思い描いていた『脚本』通りの話をするぞ?」

「な、なんだ。言ってみろ」


 全てを暴露されつつも余裕を見せる敗北者として、散っていく気満々だった歯牙直哉我しが なおやが

 ところが「もっとやれ」と言われて、結構戸惑い気味である。轟丸だって老師だって、口ぽかあんだ。

 場を完全に掌握した、ショートパンツに薄黒ストのモデル女は、思いの丈をこれでもかとぶちまける。


「あざとい結構!! 剣脚商売、大いに結構。『女よ男よ。戦え、誇示しろ、見逃すな』。悪くないじゃあないか。わたしはこの乱痴気騒ぎは歓迎する。お前が望むショービジネスで、勝ち続けてみせる! 美しい脚をぴったりとしたもので覆えば刀になる、それでいい!」

「何ッ……!? 俺に同意するというのか、礼賛ッ……!」

「思想の全てに共鳴する気はない。隠れてルールをいじるのは全くもって気に食わない。だが堂々とやるなら、大歓迎だ。剣脚商売を続けろ、町長。この実力社会でわたしは、脚一本で生き残るぞ。それをお前に直接言うために戦い続けてきたのさ」

「なッ……?? わ、わざわざそんなことを言うために、今まで命のやり取りをしていたのか……? どっかのタイミングで俺に言うなりメールするなり方法はあっただろうッ!」

「せっかくだから、全員倒してから言ってやりたかったのさ。その方がわたしの脚の実力がよく分かるだろう? そして実際、こうして、わたしが、最後に勝者として、ここに立っている!!」


 ここに来て礼賛もカメラを意識。

 薄黒ストのナイロンに包まれて脚線美がことさら際立つその脚を、下から舐めるように接写させ、「汝、礼賛入信せよ」と言わんばかりの魅せつけようだ。


「ぐうーぬはははははあぁ……!? お前も大概、頭がおかしい女のようだな、月脚礼賛……?」

「わたしはただの商売女さ。自分を一番売り込むべき相手に対し、ビジネスの話をしにきただけよ。いいか? お前に勝った上で、言う! 歯牙直哉我! もっとやれ!!」

「なんということだッ……!! 一人で勝手にやるつもりだったが、まさかこの場をぶっ壊しに来た女から、後押しを受けるとは……。美脚で戦う世界を望むのだな、礼賛? また俺とやる気か? うちの妻とも戦う気か?」

「お前たちがその気であれば、そうなるな」

「どこまでも退かぬ女だ……。その喧嘩、買ったッッ!」

「毎度あり!」


 八咫鏡から妖しげな光が溢れ、人と町に満ちていく。

 屈折したこの世界は今、それを創りだした者にも、この世界の勝者にも、ともに認められたのだ。


「この光は……! また世界を複製する気か、町長?」

「いいや、これは複製ではない。既にこの世界に敷かれたルールに則り、次の段階に話が進んだ。それだけのことだ」

「次の段階……?」

「礼賛め……。面白い! 面白すぎる女だ! だが、なればやろう! お前が売った喧嘩に呼応しようッ! お膳立ては既に済んでいる! そういう世界に俺がしておいたのだからッ!」

「お、おいおいおい。オッサンがまた元気になってきたぞ。怪我も治ってきてないか?」

「それを言うなら小僧の目の傷も、すっかり治ってるお。……いや、しろみも……? 回復しつつあるお……??」

「そう。なぜならこの世界は、剣脚商売という俺が望んだショーのために、複製した世界だ。ハナからルールは整っているわけだよ。幕が閉じるなら仕切り直し。格闘ゲームに例えるならば、『K.O.』されようが何されようが、ラウンドをまたげば体力ゲージは全快しているだろう? 言うなればこれから第二ラウンドの開始だ……!  俺は真剣勝負はしたいが、デスゲームをしたいわけではないのだッ!」


 市長室のモニター群が、各所に点在する剣脚たちの姿を映し始めた。この異変はとうに、世界の果てまで満ちている。

 いいや、これはもう異変ではない。この戦いの当然至極の絶対ルールであったのだ。

 救護室のベッドで目を覚ますヘル・レッグケルズ。プラスとマイナスの磁力を持つ脚の傷は、すっかり癒えていた。

 彼女たちだけではない。市庁舎地下に倒れていたベージュタイツの新米刑事の傷も回復し、レギンス女も元気を取り戻す。

 ましてや鉄をも溶かすプールの中から、全員タイツの銀のボディと、ハイヒール網タイツ巨女すらが、生きて浮かび上がってくるのだ。

 もちろん市長室の負門おいかど常勝じょうしょうも、致命的な骨折を治し、不思議そうに辺りを見廻している。


「役者は揃った。『脚本』などない、新たな剣脚商売を始めよう。用意していた次の段階に、これだけいれば進めるだろう。つい、剣脚たちに説明してやれッ!!」

「かしこまりました。これより開始される剣脚商売は基本ルールを同じくし、ただし剣脚二人による2オン2とします。各チームは先鋒と大将を事前宣告し、一戦ずつ戦闘を行って勝者が多いチームの勝ち。勝ち数が並んだ場合は各チームの勝者による決定戦が行われます。こうしてトーナメントを勝ち上がったチームを、『剣脚商売 ~2オン美脚トーナメント双剣譚~』の優勝者といたします」


 ノンフレームの眼鏡をキラリと輝かせながら、流麗な説明で次の戦いを語って聴かせる、歯牙終しが つい

 決着。真相暴露。復活。次の戦いの開始。ましてや今度は、剣脚二人でひとつのチーム。

 美脚を取り戻した各地の強豪たちは、あちらこちらで大いにざわめいた。


「いいんじゃね? 夢藤、やるっしょ。二人チームとか、超アタシら向きな話だし?」

「そ、それはぁ~。そうだけどさ。何これ……今までの戦い、茶番? こんなんでいいの光田?」

「デカすぎる茶番、ぱねぇっす! まーでもアタシら、絆的なもの深まったんじゃん? 得たものありまくりじゃね? 傷も治ったから、まーよくね?」

「絆、深まったとかぁ……そういうの言うなよぉ~……。これネットのみんなも見てるかもだしぃ……」


 夢藤狭軌むとう きょうきが顔赤らめて縮こまり、光田こうだイクミに隣に並ばれ、ツーショをパシャリ。

 なんだかちょっと別種の磁力が生まれつつある気もする、ヘル・レッグケルズであった。

 一方、その頃。


「じゃあ……。姉妹で組むか……」

「オッ、オネエチャン!??」


 ボソリとつぶやく真壁蹴人まかべ けるんどの言葉に驚き、正気に戻ったはずなのにカタカナ喋りでリアクションする、丁阡号ていせんごう

 そもそも激闘の末に死んだ彼女らだ。大重量のドラマを抱えて溶鉱炉に沈んだのに、いつの間にやら熱いマグマは、真っ赤な入浴剤に変わっていた。少し熱い風呂みたいなものである。

 何をしても死なないように最初からルールが決まっていたのか、死者が蘇った新たな世界に町長が差し替えたのか。

 細かい理由よりも、今は目の前にある暖かい事実が、全てだった。


「鉄人っ……!!」

「……養蜂」


 赤い湯を上がった鉄人の胸に、すぐさま飛び込んでくる小木養蜂おぎ ようほう

 生きて再びこの子を抱ける。ただその事実に、鉄人は満足そうに笑った。

 いいシーンなんだが、丁阡号は隣で居心地悪く、わたわたしていた。


「ゴッ、ゴメンネ? オネエチャンニ、ヒドイコトシテ、アノ、ゴメンネ?」

「ねえ……銀色の鉄人の声は、結局ずっとこうなの? 聞き取りにくいよ!」

「わたしも……わからない……。小木博士に見てもらおう……」


 また一方、その頃。

 市庁舎最上階、市長室に駆け込む者、複数名。

 その中で一番乗りに名乗りを上げたのは、溶岩幸子ようがん さちこであった。


「しろみ老師ー!! 次の戦い、わたしと組みませんか!?」

「なんか来たお」


 突然の訪問とチーム結成の呼びかけに、怪訝な顔をする飛車ひしゃしろみ。

 「困惑した顔もかわいらしいのう」と、激写するカメコジジイもやってきて、うざい。

 しかもである。マグマの発言で勝手に衝撃を受けて吹き飛ぶ奴も、まとめてここに駆け込んできていたのだ。

 そいつの装い、実にガーでリー。


「バカなーッッ!?? 関係性的に、お前は我と組むんじゃあ無いのか?? 『マグマ』??」

「気安くニックネームで呼ばないでください! ていうかほら、雑魚同士で組んでも、勝ち目ないじゃないですか……? 強い人と組んだほうが、いいなって……」

「バカなーッッ!??」


 また一方、その頃。

 夜闇の道を歩きながら、灯りと喧騒溢れる市庁舎を振り返る、着物の女。

 番傘さして隣に並ぶ着流し男が、スッとガラケー差し出して、市長室での騒ぎを見せる。


「姐さんは……どうしやす?」

「年甲斐もないし、やめとくよ。まあ、でも……この様子だと余った子が出るようだし……。そうしたら、どうするかねぇ」

からにもう一度、マサって呼ばれてえなぁ」

「もっ、もうっ……! あンたったらッ!」


 鬼龍院唐紅きりゅういん からくれない若狭わかさマサ、久方ぶりの現役復帰で、燃え上がった想いがあったのか。

 「年甲斐もない」と言いつつも、イチャイチャしつつ帰路である。

 また一方、その頃。話を市長室に戻し。

 老師に翁、新米刑事とレギンス女の騒動眺め、ぽつりとつぶやく大男。

 水町みずまちゲロルシュタイン、延山のべやま刑事に一言。


「……流れ的に、俺らで組むか?」

「組まねぇよ!!」


 かくして終わってみれば、女も男も元気な様子で大団円。

 だが、この終わりが次の商売の始まりであるというのは、既に町長夫妻によって説明されたところだ。

 新たな戦いを前にして、月脚礼賛。まずは全力のモデル立ちで老師に向かって最敬礼。非礼を詫びた。


「悪かった、老師。わたしのやりたいように、勝手に色々進めてしまって」

「まったく、さすがは不肖の弟子だお。まーアンタに決着は任せたんだから、しょうがないおー。少なくとも美脚が刀になる世界は、しろみも嫌いじゃないお。おかげでしろみは超強いお」

「わたしも、そういう老師が好きだ。今まで戦った、剣脚たちも……。たとえ世界が正常に戻るのだとしても、この力をフイにしてしまうのは、納得出来ない。いいや、やはり最初から、んじゃ? そう思えてしまうほどに、わたしにはこの常識がしっくり来ているんだ」

「あっ、それはいいけど礼賛! 八咫鏡取り返しそびれてるお! どーすんだお、あの頭のおかしい町長がまだ持ってるお!」

「ならばこれは町長権限にて、次の戦いの勝者に渡す賞品としようッ! いいや、俺だけではない。各々の持ち物をひとつ賭けての、奪い合いトーナメントにするというのはどうだね?」

「面白い」

「ドヤ顔で乗るんじゃねーお礼賛! 負けたら天叢雲剣を奪われるお! 状況なんにも改善してねーお」


 ぷんすか怒る老師であったが、本気で止める気があまり見えない。

 おそらく、いざとなれば自分でどうにかできると考えているのであろう。その老獪な実力、未だ底知れぬ。

 また一方その頃、この『剣脚商売 ~2オン美脚トーナメント双剣譚~』の予告を聞きつけて各地に現れる、幾つもの新参の脚。

 学校指定紺ソックスにルーズソックス、赤や緑のカラータイツに柄タイツにニットタイツにラメタイツ、フェイクニーハイにトレンカにレギパン、世界中で色めき立つ、脚、脚、脚、脚、脚。

 いかな強敵が来ても、勝利は我らが脚に。大男に抱えられた負門常勝は、そんな気概の視線を礼賛と交わし合い、無言で頷き合った。


「まさしくこれからが、本番……! より上質な人間模様が繰り広げられ、脚も町もすくすくと育つであろうッ! 月脚礼賛、勝者に宣言を任せるぞ」


 町長に投げつけられたマイクを受け取った礼賛、相棒である果轟丸を、ぐいと間近に引き寄せる。

 男女渦巻く剣士の戦場を勝ち上がってきた、ストッキングの美しい脚。高々掲げたこの脚に、自らと轟丸の二人の顔をピタリとつけて、画面内にアップで収まる、女と男と黒スト脚と。

 世界に喧嘩を売るために必要なそれらを、恥ずかしげもなく全て映して放送する姿、あざとくも逞しく、美しい。


「あっ……脚も顔も近えよ、礼賛!」

「ゴーマル、二人で宣言するぞ。お前も言え」

「えっ、宣言って……あ、あれか?」

「勿論、あれだ。よし、せーの」


 声を揃えて轟くは、戦後から再び戦中に至る、宣戦布告であった。


「これより、剣脚商売を始める!!」

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剣脚商売 ~現代美脚ストッキング剣豪譚~ 一石楠耳 @isikusu

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