第30話 ビューティフル・レッグ・ドリーマー

 部屋を見渡し警戒しつつ、モデルウォークにて歩きまわる、月脚礼賛つきあし らいさん

 包帯が巻かれた腰の傷は、激戦で再び開き始めたようで、朱に染まっていた。


「これは……?」


 市長の机の上にある、厳重にガラスに覆われたひとつのボタン。脚のマークが描かれている。

 これを躊躇なく踏み抜くと、市長室の壁一面に敷き詰められていたモニターが連動し、剣脚たちの死闘が映る無数の画面が、右へ左へと散っていった。

 壁の向こうに隠されていたのは、ガラス張りの巨大な円筒。

 特殊な培養液に満たされた中に、電極差し込まれてぷかりと浮かぶは、タイツに包まれた一本の巨大な脚である。


「とうとう、この姿を見られることになったか……」

「直接脳内に語りかけてくる、この声は……! 歯牙町長? まさかこの脚が、わたしに向けて喋っているのか?」

「そうだ、月脚礼賛。俺の正体は脚。いいや、我々の正体は脚であると言っても差し支えはない。人間は考える脚である」


 なんと恐るべき事実であろう。町長は脚であった。そして人間そのものが脚なのである。


「……待て。ちょっと待て。考える脚だと言われたから考えるわけではないが……。なんだか気になることがある。何かが、分かりそうだ……?」


 受け入れがたき真実を前に、月脚礼賛は首を傾げた。無理もない事だ、この驚愕のラストは賢明な諸氏であっても予想だにしなかったはずである。


「なんだ、何がおかしいとわたしは感じている……?」

「礼賛、どうしたんだ……? 町長が変なことを言ってるみたいだけど。オレ、見えねえんだよ」

「いや実はな、ゴーマル。町長の正体は美脚そのものだったらしいんだ。脚だけで水槽の中に浮かんでわたしたちの脳内に話しかけている。人間は考える脚らしいぞ」

「はああ……!?? 何言ってんの……??」

「わたしもこのありえない状況に驚いてしまって、逆に少し冷静になっているところだ」

「落ち着いた感じで話すなよ! むしろそれが怖いよ!!」

「目で見るともっと怖いぞゴーマル。正気の沙汰じゃない」

「見えなくてよかったかも、オレ……。ついていけねーよ……」

「ん? ……そうか、それか? わたしが気になっていることというのは? 見えないのに、どうして……?」


 何かに気づいた様子で、礼賛は轟丸に確認の問いかけを放つ。


「ゴーマル。わたしが歯牙終に勝ったことが、どうしてわかった?」

「え? そりゃあ……。『K.O.』って声が聞こえたから」

「……確かに、『K.O.』の声が聞こえたからだ。わたしも聞こえた。思い返せば、今までも聞こえていた……?」

「だって、そういうものだろ? なんかおかしなこと、あるか?」

「……そういうものだな。これは常識だ。だが……よく考えてみろ。あの声は一体、何だ? 誰が言っている? 何故わたしたちに聞こえている? 誰がどうやって『K.O.』の判断を下しているんだ? なんだ……? この、常識は……?」

「常識に囚われるなど無意味なことだ、月脚礼賛。所詮は我々は考える脚であり、俺は脚長町あしながまち脚町長あしちょうちょうであったわけだ」


 思考に割りこむようにして脳内に語りかける脚を無視して、月脚礼賛は考えを推し進める。


「ひとつ気づくと、途端に他にも引っかかることがある。ルールとは、何だ……? 剣脚商売のルールとは、結局何なんだ。なんとなくそれに従っていた奴らもいる。探り探りで戦っていたわたしたちもいる……。だが、絶対のルールの存在は、肌で感じる。いつの間にか我々を縛っている、このルール。まさしく何かの常識のように……?」

「身体における脚以外の付属品は、所詮は全て無意味でがらんどうなものなのだよ。頭で思考することに意味は無い。頭で考えていることは嘘偽りであり、脚で考えることこそが本質的な」

「……町長は……。この男は、八咫鏡で脚長町の複製すら創り出したと言ったな、ゴーマル」

「あ、ああ。とんでもねー化け物だと思ったけどよ、本当に脚の化け物だったんだな……」

「おい、まさか……。これは、まさか……? 歯牙町長、お前……!!」


 考え至り月脚礼賛、天叢雲剣に包まれた美脚を、真一文字に切り払う。

 「スパン!」と斬れたのは町長の正体であった、考える脚である。これにてこの世界の原初の生命は絶たれた。


「いいや、わたしが斬ったのは、町長を名乗る脚だけじゃあない。神器の力で、世界を斬ったんだ!」


 ところがどうして、さにあらずであった! 書き割りのように割れた空間から飛び出してくる、歯牙町長。

 その鍛え込まれた下半身には、秘書と同じガーターストッキングが履かれ、雄々しくも美しい益荒男刀として襲いかかる。


「フェイクとバレては仕方がないな。ならばこの俺自身が真のラスボスとしてお前をねじ伏せてみせよう、月脚礼賛ッッ!!」


 だが、しかして。この町長すらも興味あらずと、一瞬で切り捨てる月脚礼賛。

 斬られた町長の脚に着られた、ガーターストッキングの繊維が立ち上がり、「脚ではなく着衣こそに生命が宿り人を支配し」と語り出したが、これも即座に斬り捨てられた。

 ――話を神話の時代に戻そう。高々と美脚を掲げて人々が天まで届こうとした時、神は降臨して人の言葉を乱し、これを妨げた。本質が同じであっても美脚に履かれるものが時と場合により「タイツ」や「ストッキング」と呼び方が変わるのは、この出来事に端を発するのは賢明な諸氏には周知の事実である。


「御託はもういい、歯牙直哉我!! 話がある。お前が仕組んだ『脚本』による剣脚商売で、わたしはラスボスを倒したんだぞ。賞品代わりに話ぐらい、サシでさせろ」

「……そんなことを言って、話をするだけでは満足しないだろう君は? とは言え、どんな真実を提示しても斬り捨ててしまうのでは、困るなァ……」


 改めて現状を整理しよう。ここは市庁舎最上階、天井が開かれて月明かりの注ぐ市長室だ。

 激戦を終え、床には砕けたタイルや血が飛び散り、戦い敗れたガースト秘書も倒れている。

 そのガースト秘書の肉体の下で、床に投げ落とされた彼女の身を守るようにして横たわっているのが、歯牙直哉我町長だった。


「身の置き場を、いくつか考えてみたのだが……。愛する妻の下敷きになって、いくらかでもダメージを軽減させてやった……というのが、最適かと思ってね。実に寝心地が良い掛け布団だよ」

「いつからそこに倒れていたんだ? 町長?」

「さァ、一体いつからだと思う? ずっとだッ! ずっとここにいたということで『脚本』を修正したッ!! どうしてそんなことが出来るのか、驚きの真実を聞かせてやろうか。未だ語り尽くせぬ驚愕はいくらでもある! これはまだ始まりにすぎないのだからッ!」


 次回、剣脚商売。


「待て! 何度も何度もいい加減にしろ……! 無いと思ったらこんなところに隠していたのか!」


 月脚礼賛が歯牙直哉我の町長ワイシャツを開いて胸元を晒すと、中年の厚い胸板から、まばゆい光。

 かつてはスタンドミラーとしての形状を持っていた八咫鏡が、コンパクトに切り取られ、男の胸に埋め込まれていたのである。


「『三種の神器』の力が人智を超えるというのはわかっていたが、こいつは特に恐ろしい性能のようだな、町長。返してもらおう。これは老師に返却するべきだ」

「何を言うんだね、月脚礼賛……。その人智を超えた力を、只今斬って捨てたのも、君の履く天叢雲剣のおかげじゃあないか。せっかく俺がこしらえた世界を、な……!」

「歯牙町長、お前……。八咫鏡を使って、脚長町どころか……! 世界そのものを複製したな……!?」

「ぐうーぬはははははあぁ……」


 言及する礼賛は、答えに到達はしたものの信じられないといった様子で、わずかに声を震わせた。

 歯牙町長も観念したのか、やりきったような顔で笑ってみせる。


「しかもだ、町長。お前は天叢雲剣をコピーして改造し、ガーターストッキングに仕立てあげたように、複製した世界の有り様にまで干渉した! 自分勝手な世界を作ったんだ!」

「まさか……世界の常識の改変をな……。剣脚商売のルールについて、ルール内に収められた人間が気づくとは思わなかったぞ。女の勘というやつか? 月脚礼賛……」

「それだけじゃあない。常識を疑ったおかげで、これ以上ないほどの、とんでもないことに気づいてしまったぞ、わたしは……!」

「お、おい、礼賛? 何の話をしてるんだ? 結局そこには今、町長がいるのか? いないのか?」

「いるぞ、ゴーマル。いいや、ここに町長がいるのかいないのかも、新たな世界の複製を行えば書き換わるのかもしれないが。だがそれより、なんとも恐ろしいことにだ、ゴーマル。聞いてくれ」


 目を見開いて自らの黒スト美脚をじっくり見つめ、月脚礼賛はとうとう“それ”を、気づいてしまった真相を、口にした。


「美脚は! そもそも! 刀にならない!!」

「……はぁ?? 何言ってんだ……礼賛? そんなわけないだろ……??」

「ゴーマル……気づけ!! これは歯牙町長が八咫鏡で世界を映し取って複製し、歪めてしまった世界のルールなんだ!」

「何言ってんだよ……いくらなんでもそんなの、変えようがないだろ? 美脚が刀になるってのは、地球が丸いとか、腹が減ったら飯を食うとか、そういうレベルの当たり前のことだし」

「その当たり前を、歪めていたんだこの男は……! 考えてみればあれもこれもおかしい。何が『K.O.』だ。次回対戦者がどうこうとか、さらば月脚礼賛とか、勝手なことを言われていたような気がしないでもないぞ……?」

「興行主としての演出の一環だよ。煽りを込めた実況のようなものでねェ……。もう既にこの町長の手も離れ、勝手に盛り上げてもらっているッ……! もしかするとその一部は、君にも漏れ聞こえていたのかもしれんな?」

「演出とか言うレベルの話じゃあない! 演出で歴史すら歪めたのか? 卑弥呼が黒ストを履いて倭国を平定? なんだそれは!? いや、だとすると、天叢雲剣がストッキングである事自体が、最初から……?」

「ま、待てよ、何だその話? オレの親が殺されたのも、もしかすると……ってことか??」

「……ぐうーぬはははははあぁ……。『脚本』になかったことが、次々起こる……。やはり予行演習はやっておくべきものだ……」


 傷を負って動けない歯牙直哉我町長、血反吐を吐いて倒れたまま、マイク片手に終幕の政見放送をする。

 カメラの向こうに実際にいるのか、いないのか、わからない。町長の妄想なのか、それともこれも複製した世界の付属品なのか。

 しかし彼が「そこにいる」と信じる、聴衆らに向かって。

 剣脚商売・責任者による、敗戦の弁である。


「聞け、民よ。これこそが理想の社会だ……。性差であったり能力であったり、美しさであったり悪ノリであったり……各人が持つ個性や利点を、全面に押し出して評価される社会だ。あざとい……結構。美しい女が美しい脚を魅せつけ、それを男が評価し、ともに支え合う!! 『女よ男よ。戦え、誇示しろ、見逃すな』。これは俺の政治理念であり人生訓であり剣脚商売の推薦文でもある……」

「ダメだこの男。頭がおかしいお……」


 真剣極まりない与太話は、終わる気配を見せない。

 あまりの酷さに飛車しろみ老師、目を覚ましてツッコミに回る有様である。


「それにだ……。美脚は素晴らしい。いいかね、美脚は素晴らしい。もう一度言おう、美脚は、素晴らしいじゃあないか! 美脚にタイツを履いたら刀になる。それを見つめる男がいる。戦う女と見つめる男で二人一組。まるで、プレイヤーとキャラクター! いいじゃあないか!!」

「ここまでヤバい奴に神器を持ち去られたとは……思わなかったお……。ゲームみたいに世界を弄んでるんじゃないお」

「ゲーム! まさしくその通りだ、飛車しろみィ! これは格闘ゲームのようじゃあないか? 使用キャラクターは月脚礼賛、そして礼賛使いの果轟丸。ガースト秘書の終を使う、歯牙町長! ラウンドワン、ファイッ!! そうだ、そういうふうにルールを整備したんだよ俺は! ぐうーぬはははははあぁ! 楽しい、実に楽しい!!」

「やっぱりこのオッサン、やべーわ……」

「同感だお小僧。礼賛、もう……こいつはダメだお。終わらせてやるといいお」

「ああ、老師。そうさせてもらおう」


 高らかに笑う町長の胸ぐらをつかんで引きずり立たせ、髭面に自らの顔をぐいと寄せる、絶対勝者の黒スト女。


「バカなことを延々と話してくれたな、歯牙直哉我。気は済んだか?」

「……まだ続けたかったが、この辺が潮時だろう。俺はやりきった。後は好きにしろ、月脚礼賛」

「なら、好きにさせてもらう。おい、歯牙町長。その好き勝手、もっとやれ!!」

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