第二章

第3話 希望の種

 暁花は、河原で一人、流れる川を見ていた。

 水の流れを見ていると、少しだけ心が落ち着く気がする。

 そして同時に、あの中へと紛れてしまえば、自分の人生もさらさらと穏やかに…この世界からどこかへ流れてゆくのではないか……なんて、そんな事をぼんやりと考えていた。

 自然と、足が一歩、また一歩と、川へと歩を進める。

 つま先が水に触れ、その冷たさに一瞬心が覚醒する。

 ―――――だが、そこで歩みは止まらなかった。

「……もう、いいや…」

 そう呟きながらも進み、水が膝を濡らした頃……不意に、後ろから腕を掴まれた。

「……え?」

「……良かった、やっと見つけた」

 振り向くとそこに居たのは、暁花のクラスメイト、高柳 愁(たかやなぎ しゅう)だった。

「……高柳君?」

「あーあー、何してんだよ神岡、水遊びするような歳でもないだろ?」

 言いながら、暁花の手をひいて、川から離れる高柳。

 もちろん、暁花が水遊びをしていたと、本気で思っている訳ではない。

 だが、それには触れず会話を続ける。

「お前んち行ったのに居ないからさ、探しちゃったよ」

 完全に水から距離を置いた場所にたどり着くと、そこへ腰を降ろす。

 だが、暁花の手は離さないまま、隣に座ったら?とゼスチャーで訴える。

「……」

 繋いだ手を振り払ってまで水に飛び込むほどの強い意志も持ち合わせてはいなかった暁花は無言のまま、とりあえず従う。

「なにしに来たの?」

 暁花は、純粋な疑問を口にする。

 高柳とは、クラスメイトではあるがそれほど仲が良いと言う訳でもなく、たまに何人かで固まって世間話をする仲間の一人、程度の関係だ。

「どうしてってそりゃあ……まあ、心配だったから?とか」

 少し照れたように、暁花と視線を合わさない高柳。

「ほらさ、お前、いろいろ大変だったろ?だからさ、少しは力になれるかなぁ…なんて思ったりした訳さ」

 力に……か、暁花は、思わず笑いが漏れてしまう。

 高柳が優しさで言ってくれているのは解る。

 けれど、たかが一学生が、この状況をどう覆せると言うのだろう?

 高柳は本当に普通の学生で、両親や親戚が経済力や政治力を持っているわけでもない。

 しかも実家暮らしなので、暁花が自分の家に帰りたくないと言ったところで、彼の家に住まわせることさえも困難だろう。

 暁花の状況はもう周囲に知れ渡っている。

 テロリストの娘をかくまうような奇特な家など有る筈もない。

 ……と、そこで暁花は気づいてしまった。

 他人の優しさを純粋に受け入れらず、むしろ蔑むような感情を抱いてしまった自分の心に。

 ――――アタシも、堕ちたなぁ…。

「……なあ、今、どうやって暮らしてるんだ?」

 そんな暁花の心情を尻目に、高柳は会話を続けようとする。

「……今は、まだあの家に住んでるよ。両親が残してくれた貯金が有るしね。オーナーは出て行って欲しいみたいだけど……賃貸じゃなくて分譲で、ローンも払い終わってるから、簡単には無理やり追い出せないみたい……それに、あそこを出ちゃったら新しい家なんて見つからないし…なんとか耐えてる」

 話すかどうか、少し悩んだが、暁花も会話を続けることを選択した。

 それは、蔑んでしまった事への謝罪の意味もあったし、ただ愚痴をこぼしたかったのかもしれない。

「そうか…それって、あと何ヶ月くらい生活できるモノなんだ?」

「…どうかなぁ…三か月…長くて半年…そんな物じゃないかしら」

 その頃には貯金が尽きるだろう。

「それが過ぎたら…?」

「――――死ぬんじゃない?」

 自然に、ごく自然にその言葉が出て来た。

 ……それも悪くない。

 あがくことさえも諦めて、何も残せず死ぬ。

 それがアタシの人生なんだろう。

 そんな事を、暁花はぼんやりと考えた。

「それは困るよ!」

 …暁花の思考を、高柳の大声が打ち破った。

「……何よ急に…何でアンタが困るのよ」

「そりゃあだって、俺は神岡が好きだからさ、生きててほしいじゃん?好きな人には」

「………はぁ?」

 何を言ってるんだこの男は。

 それが暁花の正直な感想だった。

「何言ってんの?アンタ」

 それを正直に口に出す。

「何ってその……あれ?今告白したんだけど……あれ?頬がぽっ…とかならないの?」

「……漫画の見過ぎねアンタ。別に好きでも無い男から急にそんなこと言われても、体温が上がったりはしないわよ」

「そういうもんなの?」

「少なくとも、アタシはそうね」

「そうなんだ……」

 あからさまに気落ちする高柳。

「俺、今一瞬でフられたよね…」

 ……そう言う事になる…のかな?

 別にフったってわけでも無かったのだけれど、じゃあ付き合うつもりがあるかと言われればそれはもう皆無なので、まあそう言う事になるのかもしれない。

「けど、そう簡単にあきらめる程、お前への愛は軽くないぜ!」

 急にテンションを上げる高柳に、正直ひく暁花。

「お前とか言うな」

「あ、ごめん…」

 テンションはすぐに下がった。

「…けど、本気だから!それだけはマジで!」

 だがしかし、めげずにぐいぐい押す高柳の真っ直ぐな瞳に、暁花は少したじろいだ。

「…アンタ、アタシのどこが好きなのさ。ろくに話した事もないのに…」

「そりゃあ、顔だよね!」

 間髪いれず返ってきたその返事に、暁花は言葉を失う。

「―――――え?顔…?…見た目だけ?」

「だけっていうか、まあ最大の要素はそれだよね!だってあんま話したこと無いじゃん」

 いや、そうだけど―――

「そう言う事って、本人に向かって言う?普通」

「ん~?普通がどうかは知らない!けど、別にいいんじゃない?きっかけは確かに顔だけど、だからと言って俺の神岡への想いが嘘だって理由にはならないだろ?」

「そりゃあ…まあそう…なのかな…?」

「だから、手助けがしたい。俺に出来る限りの事をして、神岡、お前を笑顔にしたい」

「…そんな恥ずかしいセリフを真顔で言う人間を初めて見たわ…」

「お、俺が神岡の初めての相手に…!?」

「エロイ言い方をするな!」

「あははは!気にすんな気にすんな」

「気にするよ!まったくもう…」

 暁花は、自分が少し笑顔になっている事に気づいていなかった。

 母の死から、初めての笑顔。

 それを引き出した高柳に、暁花は無意識のうちに好意を持ち始めていたのかもしれない。

 それは、恋とは違うかも知れないけれど…それでも、今の暁花にとって、意味のある感情だった。

「……で?具体的には何をしてくれるわけ?」

 暁花は、からかい半分でそう尋ねた。

 高柳がどう答えようと、それを好意で受け止められるような、そんな心情の変化からの言葉だった。

「……そうなんだよなぁそこなんだよ。俺はしがない学生で、金も地位も力も無い訳で……何が出来るかなぁ……といろいろ考えた訳さ」

「で?答えは出ましたか?」

「うん、出たよ」

「へ~、何してくれるのさ」

 刹那―――高岡は真顔に戻り、まっすぐと、言った。

「神岡の涙を、ぬぐってやりたいと、思った」

「……はぁ?また恥ずかしいセリフを言ったものね」

 どういう反応を期待していたのか、暁花のその返しに、苦笑いをする高柳だったが、それでも言葉は止まらなかった。

「けどさ、神岡って強がるじゃんか。絶対に人前だと……って言うか、一人の時も泣かないで耐えてると思うんだ」

「―――――そ、そんな事無いよ」

 図星、だった。

「そう?…まあ何にせよさ、やっぱり悲しい時は、思いっきり泣いた方が良いだろ?だから……」

 ふわり…と、高岡はいきなり、けれど優しく暁花の頭を胸に抱いた。

「ちょっ…何すんのよアンタ!」

「ん?胸を貸すから、思いっきり泣いてくれていいよ」

「馬鹿じゃないのアンタ!?恋愛映画中毒症でも発症してるんじゃないの?」

 じたばたと暴れる暁花だが、思いのほか力強い高岡の腕を振り払う事が出来ない。

「大丈夫大丈夫。落ち着いてよ」

「落ち着くのはアンタだ!大体、何であたしが泣かなきゃならないんだよ!別に泣きたくなんてないよ!」

「―――――――そんなハズ、無いだろ?」

 それは優しい。包み込むような、声。

「両親が死んで、泣きたくない子供なんて居ないよ……絶対に、居ないんだ…」

 声だけじゃない。

 優しい想いが、心が、自分の全身を包んでくれるような、暖かくて不思議な感覚を、暁花は感じていた。

「……そんな事、無いだろ。遺産が手に入るとかで、喜ぶ奴もいるんじゃないの?」

 それでも暁花は抵抗を続ける。

 何に対してかは解らないけれど、抵抗をしないと、自分の心が折れてしまうような、そんな予感がして……。

「……そうかもしれないね。けど、神岡はそうじゃないだろう?」

「―――――――――それは…!」

 なのに、少しずつ……心が、折れて行く…。

「お父さんが好きで、お母さんが好きで、家族が好きで……幸せだったんだろ?」

「………うん」

違う……これは、折れているんじゃなくて…。

「その両親が、二人ともいなくなって、悲しかったんだろう…?」

「…………うん…」

「理不尽に命を奪われて、置き去りにされて、悔しかったんだろう!?」

「……うん…!」

 これは、溶けているんだ…。

「自分が無力な事が、情けないんだろう?」

「―――――うん…!」

「そんな自分を誰も助けてくれないこの世界が憎くて、悔しくて、恨んだだろ?」

「―――――――――――うん!」

 ずっと、泣いたら負けだと、そう思い込んで固めていた涙の源泉が、少しずつ溶けて――――。

「だったら泣いて良いんだ!我慢する理由なんてない!バカみたいに泣いて、辛い、悲しい、悔しいって!そう叫んで良いんだよ!」

「う・……うぅぅぁ…」

 ほろりと一滴。

 瞳から雫がこぼれた。

 それでも暁花は、耐えた。

 泣いてしまうのが怖かった。

 それは、自分が不幸だと認めてしまうようで怖かった。

 現実を直視するのが、怖かった。

 だが―――――そっと、高柳の手が、暁花の髪に触れた。

 そしてそっと、慈しむ様に、優しく頭を撫でた。

 瞬間―――暁花の中に蘇る記憶。

 父はアタシを褒める時に、頭にぽんぽんと手を乗せてくれた。

 母は、アタシの髪を撫でるのが好きだった。

 そしてアタシは、そんな二人のぬくもりが、大好きだった……!

「うぅ……うぁぁ・・ぁ…あああぁぁ・・うわぁぁぁあぁぁぁぁあああぁぁあぁぁぁぁぁ!!!」

 そして暁花は、泣いた。

 この涙が、全てを洗い流してくれますようにと、願いながら――――。



「――――――――――不覚だわ」

 ひとしきり泣いた後、鼻をすすりながらの暁花の第一声がそれだった。

「何がさ」

「……アンタなんかに、泣き顔見られた…」

 久々の人の温もりに、心が緩んじゃった……完全なる不覚だわ…。

 暁花は恥ずかしさと後悔に、今すぐ全速力でここを走り去りながら、同時にのた打ち回りたい気持ちだったが、走りながらの のた打ち回りは不可能だと判断してやめた。

「あはは、でもさ、すっきりしたろ?」

 そんな暁花の心中を知ってか知らずか、笑顔でそう問いかけてくる高柳。

「うるさいバカ。黙れ」

 ……でも、そうかもしれない。

 ちょっとすっきりした…かも?

 心が、体が、数分前よりも軽くなったような、不思議な感覚を暁花は感じていた。

涙をこぼす事は、悲しみを心の中から押し流す効果が有るのかもしれない。

 もちろん、悲しみも悔しさも怒りも完全に消えてなくなったりはしないのだけれど、それでも――――。

「……良かった、少しは役に立てたみたいで」

 高柳は再び、暁花の頭に手を乗せて、優しく撫でる。

「……さわんなよ…気持ち悪い」

 そう言いつつも、暁花はその手を払いのけようとはしなかった。

 時間がゆっくりと、穏やかに流れて行った……。


「さて…名残惜しいけど、そろそろ行かなきゃ」

 あたりはすっかり日も落ち、月がその姿を現し、街灯の灯りが虫を集めていた。

「え・ぁ…そうか、帰るのか」

「寂しい?」

「うっさいよバカ。さっさと帰れ」

「……寂しい事は否定しないんだ」

「なっ!…ホントあんた!調子に乗るなよ!」

 暁花は、今が夜で良かったと思った。

 でなければ、自分の顔が真っ赤に染まっているのが解ってしまっただろうから。

「本当は、行かないで、寂しいわ、位のこと言ってほしいけど、その可愛い照れ顔が見れただけでも大満足です」

 ……赤面、バレてました。

「照れ…!バカ!もう帰れ!」

「はいはい、帰りますよ。じゃあ、また三日後に来るから」

「来なくてもいいよもう!…って、何で三日後なのよ」

 別に毎日来て欲しいと思ってるわけじゃないけど…!と暁花は心の中で自分に言い訳をした。

「あ~……いやその、明日から、その…」

 失敗した。そう顔に書いてあるような気まずさで、高柳は言葉を濁す。

「何よ、言いなさいよ…」

 少しの間、考え込むような表情を見せたが、一つ決意をしたような表情で、口を開いた。

「実はその、明日から家族旅行に行く予定が有って……いや、俺は別にぶっちしても良いんだけど、けど、ずっと前から決まってたことで、親も楽しみにしてて…その…」

 断れない…と。

 ―――気を使ってくれちゃってまぁ…。

「……いいじゃん、行ってきなよ家族旅行」

「いやその……ごめん」

 心底申し訳なさそうな表情を見せる高柳。

 ……ったく、そんな顔されると、アタシが悪いみたいじゃないのさ。

「なに謝ってんのよ。あんた気ぃ使い過ぎ。さっきまでの図太さはどうしたのよ」

「いやまあ、ね」

「……ホントバカね。いいから行ってきなって。……孝行できる親が居るんでしょ?思いっきり幸せにしてやんなよ」

 それは、暁花の本心だった。

 自分が不幸だからって、他人にもそれを求めるのは違うと解っているし、それに……

「アタシの不幸を受け止めるアンタは、アタシよりも何倍も幸せで居てくれなきゃ、バランス取れないだろ?」

「…え?……それって………あ、あああ!うん!うん!わかったよ!」

 暁花のその言葉は、これからも傍に居て欲しいと、そう言っているのと同じだった。

 それに気づいた高柳は、あっという間に本日のMAXテンションを記録した!

「じゃあ、絶対三日後また来るから!あ、おみやげ!お土産買ってくるよ!何が欲しい?」

「……ちょっともう…落ち着きなよ、そもそもどこへ行くの?」

「ああそうか、えっと、京都。母親が一度行きたいって言っててさ」

「そう、じゃあ、ベタだけど八つ橋とか買ってきてよ」

「わかった!一番美味い店探して買ってくるよ!他には?ペナントとか提灯とか木刀とかどう?」

「それ、勢いで買っちゃって後悔する土産ベスト3じゃないの!」

「あはは!そう言われればそうかも!」

「もう…ふふっ」

 そうして、二人で少し笑った。

 穏やかで、優しい時間だった。

「……うん、じゃあもう本当に帰るよ」

 名残惜しそうに立ち上がり、高柳は暁花の方を向いたまま、二、三歩後ずさる。

「そっか、じゃあ、またね」

 暁花は、笑顔で手を振る。

 だが、高柳の足がピタリと止まる。

「……なぁ、最後にもう一回、抱き締めても良いかな?」

「…は?な、なに言ってんのよもう!」

「だって三日も離れるからさ、色々と忘れないように」

「……なんかやらしい…」

「い、いや!そう言うんじゃなくて!」

「うふふっ。…解ってるわよ。でも……ダメー」

「なんでさ」

「今から散々我慢して、三日間悶々としてなさい。そしたら、その後は満足するまで思いっきり抱きしめても許してあげる」

「む…焦らしプレイか…」

「プレイとか言うな!だいたい、簡単に抱きしめられると思われたら、女の子の名折れだわ」

「……わかったよ、その代り、三日後はお互いの匂いが染み込むくらいに抱きしめてやるからな!」

「だからやらしいっての!」

 また少し、二人で笑った。

「……じゃあな」

「うん」

 そして今度こそ、高柳は暁花に背を向けて、歩き出した。

 暁花は、その背中に、名残惜しそうに視線を向ける。

だが――――ふと、目に入ったそれに、おぞましい記憶が脳裏に湧きあがる…。

 それは、最後に見た父の背中――――。

 ちょうど街頭の下に入った高柳のうなじの辺りに見えた、「敵」の刻印――。

「たか……!!」

 声を、何か声を掛けたくて、暁花は口を開いた。

 けれど、声が出ない。

 恐怖と不安に、声帯が押しつぶされてしまったかのように、何も言えない。

 そしてそのまま、高柳は夜の闇へと溶けて行った……。

『絶対三日後また来るから!』

 高柳の言葉を思い出す。

 約束……したよね高柳……!

 私、待ってるから……!

 だから……!


 京都で、人体消失現象が起こったのは、その二日後の事だった―――――。



     ・・・・・・・・



「……ん…」

 鼻をくすぐる感触に目を覚ますと、めーたんの柔らかな髪が視界を覆っていた。

「…もう、めーたんったら…」

 ここで暮らし始めて二週間。

一応寝室は別々なのだが、合い鍵を持っているめーたんは、ほぼ毎日のように夜中のうちに忍び込んで、一緒のベッドで眠っている。

 もちろん私も気づいてない訳じゃない。

 どんなに夜中だろうと、自室への侵入者に気づかない程に鈍ってはいない。

 なので、最初は追い返していたのだが、そうするとすぐに泣きそうになるので、最近は自由にさせている。

 ……それに、目が覚めた時に、目の前に愛しい存在が居るってのは、正直悪くない。

 と言うか、幸せを感じてしまったりする。

 小さく丸まって、自分の指をくわえて寝ているめーたんの可愛らしさに、ちょっとしたいたずら心が芽生えてしまって、めーたんの長い髪の毛を持って、鼻をこちょこちょ、っとしてみる。

「ふみゅ…みゅみゅ~~」

 くすぐったそうに、顔を歪ませるめーたん。

 ……可愛いなもう!

 耳をこちょこちょ、っとしてみる。

「うきゅきゅ~……うにぁふ…」

 あははは、か~わいいっっ!!

 首元を、こちょこちょ、っと……

「…んっ…やんっ、あっ…」

 ……エロい声が出ました。

 ドキドキしてしまった……。

 けどそうか、めーたんは首が感じるのか…いつか役に立つかもしれないから覚えておこう。

 ……って、何考えてんだ私は。

 まだ少し寝ぼけた頭を覚醒させながら、枕元の時計に目をやる。

 朝八時か……そろそろ部屋に食事が運ばれてくる頃だ。

 一応この建物には食堂もあるのだが、安全上の問題でめーたんは部屋で食事をとる。

 その流れで、私の部屋にも食事が運ばれてきて、最近は一緒に食事をする機会がかなり多い。

 と言うか、ほぼ毎食だ。

 ……私が来るまでは、めーたんはずっと一人で食事していたらしい。

 その為か、めーたんは、一緒に食事をする事にかなり固執する。

「こいびと どうしは、いっしょにごはんをたべるんだよ」

 だそうだ。

……そうとも限らないとは思うが、まあ、同じ場所に居る恋人同士があえて別々に食事をすると言うのも確かに妙な話ではあるので、間違ってはいないのだろう。

「ん……んうぅ~…」

 と、隣で寝ていためーたんが、眠そうな声を上げながら、手で目をこすり始めた。

 これは、そろそろ起きる前兆だ。

 私は、めーたんのおでこに自分のおでこが付く位まで顔を近づけて、手でめーたんの頭を撫でる。

「めーたん、朝だよ、起きて」

 ゆっくり、優しく、目覚めを促す。

「…う~……うん?ん~…ぁ、おはよ、かえた……ん~……す~…す~」

 ………二度寝です。

「ほらもう、めーたん」

 ほっぺをぷにぷにしたりするが、なかなか起きない。

「ふみゅるすぴ~……ふしゅる~」

 むむ……今日は手強いな………そうだ。

「起きないと、キスしちゃうぞ」

 言うと同時に、返事を待たずに唇にチュッ、とキス。

「はわっっ!!」

 慌てて起き上がるめーたん。

 何か左右を見回してきょろきょろしている。

「起きたね、おはようめーたん」

「はっ…かえたん!あのね、いまね!いまね!かえたんがね!きすしてくれるゆめみたの!」

「本当に?めーたんの夢の中の私はやらしいなぁ」

 私は、すっとぼける事に決めた。

 認めてしまったら、きっとめーたんは毎日キスで起こせ、とか言うに違いないし、行ってきますのチューとかまで求めてくることは確実なので。

「ちがうよ!やらしくないよ!すてきだよ!かえたんはゆめのなかでもすてきだよ!かわいいよ!だいすきっ!」

 抱きつかれました。

 ああ~もうっっっ!!!

「めーたんも可愛いよっ!」

 ムギュっと抱いてやる!

「えへへ~うれしいな!うれしいなっ!」

 何だろうもうこのバカップル!

 他人が同じことをしていたらグーで殴りたくなる事この上ない気もするけれど、自分がやる分には幸せでしょうがない。

 なるほど……世間が愛やら恋やらに夢中になる訳だ、と納得した私なのでした。


 運ばれてきた食事を、「あ~ん」なんてやりながら食べ終わってからは……仕事の時間だ。

「めーたん、用意できた?」

 着替えるために自室に戻っためーたんを迎えに、私も警備兵の制服で向かう。

 ドアをノックするが、返事は返ってこない。

 ……いつものことだ。

 私は、しばらくドアの前で待つ。

 そして、このドアが開いた瞬間……空気は一変するのだ。

 ……来た……。

 ―――――――気配。

 それは、神々しくも有り、どこか畏怖を感じさせる禍々しさのようでもある。

 ただ一つ確実なのは、その中心に居る人間が、圧倒的な存在感を持っていると言う、その事実―――。

 ゆっくりとドアが開き、神々しい衣装に身を包んだめーたんの表情は、部屋で二人きりの時とはまるで違う。

 めーたんの事を知らなかった以前の私には判らなかったが、めーたんはこの衣装に身を包み、選別をしている間は、別人と錯覚してしまうほどの豹変を見せる。

 この時は、めーたんと言う個人は影をひそめ、本当に神様か何かが乗り移り、その目と声を借りて選別を実行しているかのような、そんな妄想さえ浮かんでしまう。

 ……いや、妄想ではなく、実際にそうなのかもしれない……。

 だって、どうしても思えない。

 めーたんが、あの人体消失現象を、自ら望んで実行しているなんて、どうしても。

 神様なんてものを信じるつもりはないが、それでも、そう言うものが居ると考えた方が、まだしっくり来る。

 それ程の違和感だ…。

 考え込んでいる私に、めーたんがスッ…と手を差し出す。

 私は我に帰りその手をつかみ、めーたんをエスコートする。

 歩きながら、頭に乗せていた顔を隠す為の布を丁寧に下ろし、完全に「教祖」としての姿に変わるめーたん。

 それを確認して、私もフルフェイスのヘルメットをかぶる。

 これでもう、私達はかえたん と めーたんでは無い。

 「教祖様」と「主任警備兵」だ。

 また今日も始まる。

 他人に、歓喜と絶望を与える時間が・・・・・。



     ・・・・・・・・



 暁花は、わずかな希望を持って待ち続けたが、三日後……高柳が訪れる事は無かった。

それでも、一週間、一か月待った。

だが…約束が守られる事はもう無かった…。

「……がっ…!ごほっ!」

 喉が渇きを訴えて、咳きこんだことで、暁花の意識は覚醒した。

「―――――寝てたのか…」

 寝ていた…というよりも、意識を失っていたと言う方が正確なのかもしれない。

 それ程に、暁花の健康状態、そして精神状態は追いつめられていた。

 ここ一か月、暁花は必要最小限の食事しかとらず、ただただ待っていた。

 ひたすらに待ち続け、精神が耐えられなくなると、意識を失うように眠る。

 本当は食事をする事さえも苦痛だった。

 それでも、もし高柳が来た時に自分が餓死なんてしていたら、後悔してもしきれないという思いだけで、食事を流し込んだ。

 いつ突然来られても良いように、風呂に入り、髪型を整え、衣装を着替えた。

 ……二週間を過ぎた頃からは、ほぼ習慣のように、それを繰り返した。

 だからこそ、今まだ彼女は生きてここにいられる。

 高柳は、自分の望む形とは違ったが、間違いなく、暁花の支えとなって、暁花を助けているのだ。

 ……しかし、一か月と三日目の朝。

 目覚めた暁花は、突然悟った。

 ―――――――ああ、もう高柳は来ないんだ――――と。

 それは、まるで青天の霹靂のように、彼女の元に降ってきた現実。

 そして彼女は、積極的に「生きる」事から遠ざかった。

 一度落ちた絶望。

 だが、そこで僅かに希望の光の暖かさを感じてしまった事で、再び落ちた絶望は、一度目とは比べ物にならないほどに暁花の心を侵食し、食い散らかした。

 ――――それでも、自ら命を絶つことは、絶対にしたくなかった。

 自らの心の弱さに負け、娘を見捨てて命を絶った母の後を追うような行為は、死ぬよりも悔しくて、屈辱だったから。

 しかし……完全に生きる気力を奪われた暁花は、もうどうして良いのかわからず、漫然と命が尽きるのを待っていた。

 これは結局、遠まわしな自殺で、母のあとを追っているのと同じことなのではないかと、考えもした。

「でもじゃあ、どうすればいいの…?」

 暁花は、自らに、世界に問いかける。

 どこにも答えの存在しない問いを。

 存在しない答えを得る事は出来ず、ひたすら漠然と、生きる屍のような時間を過ごし続けた。

 何もわからない。

 何も考えたくない。

 暁花はただ肉体が求めるままに水を飲む。

 体が力を取り戻していくのが解る。

 心はこんなに死んでいるのに、体はまだ生きようとしているのだと、暁花はそれに気づき、少しだけ嗤った。

 水分を摂取したことで、胃が動き始め、食事を要求してくる。

 ……だが、暁花はそれを無視し、ソファーに体を倒す。

 自室に戻ればベッドが有るのだが、そこまで歩くことすらおっくうだ。

 そして、ゆっくりと目を閉じる。

 目が覚めたら、この最悪の世界が終わっていますように――――。


 ―――――夜中に目覚めた暁花の目の前に有ったのは、世界の最後ではなく、月明かりを反射する白刃だった。

「……っ!」

 慌てて体を起こそうとするが、喉元に刃を突き付けられて、動きを制限される。

「……だれ?」

 暗闇から伸びてきている、その刀の先に目を凝らすと、確実に人の気配が存在する。

 だが、問いかけに対する返事は無い。

 …暁花の脳内に、様々な可能性が浮かんでは消える。

 ……だが、暁花はそれすらも放棄して、体重をソファーに預けて、再び目を閉じた。

 この人が誰でも、もういいや……強盗や通り魔殺人者で、私を殺すならばそれも良い。

 ……あ、でもHなことされるのは嫌だなぁ……もしそれだったら、死ぬ気で抵抗して、刀で刺されてやろう。

 ……生きるために何をすべきか、という思考は、一つも浮かんでこなかった。

 むしろ暁花は、やっとお迎えが来たと、そんな考えすら浮かんでいた。

 そうなると、暁花の心はとたんに穏やかになった。

 肌を撫でる風も、輝く月明かりも、微かに耳に届く虫の声も、最近は煩わしくて仕方なかった全てを、有るがままに受け入れるような、そんな心境。

 それは、心地良さにも似ていた。

 父さん、高柳……アタシは、二人と同じ所へ行けるかなぁ……。

 ゆっくりと、暁花は意識を閉じた。

 このまま、眠るように、逝きたいなぁ…。

――――――だが、いくら待っても、命は終わらない。

 まだ微かに、刀が喉元に触れている感覚がある。

 だが、そこから先が無い。

 その刀を引くでも押すでもなく、侵入者に動く気配はない。

 ・・・・・・・・?

 さすがに不審に思い、暁花はゆらりと、意識を揺らし覚醒させて、少しずつ顔を傾け、刀の先へと再び視線を送る。

 窓からの月明かりがギリギリ届かない薄暗い空間から伸びているその刀の許には、おそらく男……が、胡坐をかいて座っている。

 まるで自宅でくつろぐかのようなその体制から伸ばされた手、そこに握られた刀が、私の喉元を脅かしている。

 そのままの状態がどの位続いただろうか。

 電池が切れかけている壁掛け時計が響かせる、不規則な秒針の音だけが世界を支配しているかのように、二人を囲繞する。

 その音が、何百回目かを数えたその時、新しい音が生まれた。

「……なぜ、抵抗しない…?」

 とても、とても低く、積み重ねて来た年月と、人生の大きさ、重さを感じされる強さのある声が、暁花の耳に届いた。

 声を発したのは、間違いなく刀の持ち主だった。

「……あなたこそ、なぜ殺さないの?」

 暁花は、少し悩んだ末、言葉を返した。

 見ず知らずの、突然刀を突き付けて来るような狂った相手と会話をする事に意味があるのかは解らなかったが、人生の最後に人間らしく言語を駆使するのも悪くない、そう思ったのだ。

「―――――問いに対して問いで返されるのは好きじゃあ無いな」

 相手も言葉を返してくる。

 話の通じない狂人ではなさそうだ。

「……アンタの好き嫌いなんて知らないわよ。この状況でアンタの喜ぶ会話をする意味があるとも到底思えないしね」

「そうか?俺を楽しませれば、命が助かるかもしれないぞ?」

 声の主は、このやりとりをどこか楽しんでいるような雰囲気を出し始めた。

 迷惑な話だ……暁花は嘆息する。

 とっとと殺してくれればいいのに…。

「生憎だけど、そこまでして生きたいとは思ってないの、殺すなら早くして、でなければ、邪魔だから帰って」

「……ずいぶんと、達観してるんだな」

「達観…?そんないいもんじゃないわ。ただ諦めてるだけ。世界に希望を持っていないだけ」

「ふっ、まるで悲劇のヒロインだな」

「……そうね、だとしたら素敵ね」

 男の厭味を含んだセリフも、暁花の心を揺らすまでには至らない。

「……なるほど、こいつはとんだお姫様だ。面白い」

「あら、楽しんでいただけたようで何よりだわ。気が済んだなら、生かすか殺すか結論を出して頂けるとありがたいのだけれど」

「まあそう言うな、神岡暁花」

 フルネームを呼ばれて、暁花は少しビクッと反応するが、表札にも名前は書いてあるので知っていても不思議ではないと思いなおす。

「俺は、お前に生きる希望をプレゼントしに来たんだからな」

「生きる、希望?ははっ…」

 この世界にそんなものは無い。

 ここ二カ月ほどでそれを嫌と言うほど思い知った。

 だから、暁花は、男の言葉を鼻で嘲笑った

 ……次の言葉を、聞くまでは―――


「―――一緒に教祖を殺そうじゃないか」


 ―――――――――――――なんだって?

「――――今、なんて言ったの」

「耳が遠いのかい?一緒に殺そうって言ったのさ……教祖を」

「教祖を…あの子を、殺す…?」

 最後に父と会ったあの時に、地下室で見た写真を思い出す。

「ああそうさ、お前さんが憎んでるこの狂った世界の元凶だ。殺したいと、思った事は無いかい?」

 思った事は―――――無かった。

 そんな単純な事に、頭が回らなかった。

 確かに、憎いとは思った事がある。

 けれど、だから殺す…そんな短絡的でわかりやす過ぎるロジックを、暁花の脳は組み立てなかった。

 それを、素直に男に伝えると、

「ほう……それは何故だい?」

 興味深そうに、そう問いなおしてきた。

「何故って……何故かしらね」

 言われてみれば、なぜその思考に至らなかったのだろう。

 父はその答えを導き、実行しようとして死んだ。

 あの、強かった父が。

 父は、肉体的にも精神的にも強かった。

 剣道を極め、それをアレンジした実践剣術の道場を開き、多くの門下生に慕われていた。

 門下生の多くがテロ計画に賛同し、戦力的にかなり充実していたという話だ。

 そんな父も死んだ。

 その状況で、何も力もない、ただの十五歳の少女に何が出来ると言うのか。

 父・修侍は暁花に武術を教える事はしなかった。

 どこか保守的なところのあった修侍は、女性は女性らしく、と言う信念があったからだ。

 思春期の暁花はそれに少し反抗して、微妙にボーイッシュな自分を演出するようになって、父とぶつかる事も多かったが、それでも決して不仲では無かった。

 父の強さに対し、尊敬の気持ちさえ持っていた。

 だからこそ、その父に出来なかった事を、自分が出来るとは到底思えない。

 そうか……と暁花は気付く。

 心の奥底で、不可能だと認識してしまっていたから浮かばなかったのか……と。

「なるほどなるほど…まあ解らんでもないさ、そう考えてしまうのもな……なら、俺がその力をやろう」

 男はあっさりと、その言葉をつぶやいた。

「……力を?」

「そうさ、俺がお前を鍛えてやる。そうだな……短くて半年、長くて二年も有れば、そこそこ戦えるようになるだろう」

「ちょっ…ちょっと待ってよ、何を言ってるの?」

「何って、言葉通りさ、どうする?来るかい?」

 暁花は、突然の事に頭が付いていけていない。

 アタシを鍛えて、戦えるようにする?

 この、得体のしれないあからさまに怪しい男が?

「……ははっ、それで、解りました付いていきます、なんて人間が居たら、その人は判断力がゼロだと私は思うわ」

「まあそうだな、俺もそう思うよ。けど、それでもお前は、俺についてくることになるさ」

「……その自信はどこから来るのかしら?」

「……そうだな、一つはこれだ」

 と、男は懐から一枚の紙を取り出し、それをこちらに投げた。

 紙はひらりと、見事に暁花の胸元に舞い落ちた。

「何よこれ…」

 男は問いに答えずに、とにかく見ろ、と視線で訴えかけてくる。

 …………暁花は逡巡の後、ゆっくりと警戒を解かずに、紙に手を伸ばす。

 それは、写真だった。

 暗闇の中ではよく見えず、角度を変えて月明かりに照らす。

「―――――――っ!」

 そこに浮かび上がったのは、見たことのない父の写真だった。

 黒いスーツ姿の腰に刀、という不釣り合いな恰好の父。

 その隣には、同じく黒いスーツで、ガタイが良く、サングラスに刈上げ、頬には傷、といかにも堅気ではない風貌の男が立っていた。

「……この写真、なに?」

 父の交友関係はそれほど詳しい訳ではないが、こういう知り合いがいるという話は、暁花は聞いたことが無い。

「何って…見てのとおりさ」

 言葉と同時に、男が立ちあがる気配がした。

 暗闇で視界が制限される中でも、男の体格の良さが雰囲気で伝わってきて、暁花は少し体を硬くする。

「そこに写っているのは、お前の父と……」

 ゆっくりと、月明かりの下へと歩み出た男は――――

「この俺、篠村 圭次郎(しのむら けいじろう)だ」

 確かに写真の男だった。

 写真とは少し髪型が違い、伸ばしたままにしているようなボサボサの髪が多少顔を隠してはいるが、黒いスーツにサングラス、何よりも頬の傷と、全体の雰囲気が、間違いないと告げている。

「……父さんの、知りあいなの?」

「ああ、仕事仲間だ」

「……仕事?剣術道場の?」

 その問いかけに、男…圭次郎は、意外そうな、それでいて、どこか憐れむような表情を見せた。

「……そうか、お前、知らなかったのか…」

「何の…ことよ」

 圭次郎は、一つ大きく息を吐くと続く言葉を紡いだ。

「――――――――お前の父は、裏社会では名の知れた殺し屋だった」

「………は?」

 殺し屋…殺し屋?

「何言ってんのアンタ?中二病?裏社会とか殺し屋とか……ありえないわ」

「信じないのはお前の勝手だが、全て事実だ。考えても見ろ、単なる剣術道場の人間が、大規模なテロ組織を作って攻め込むなんて事が可能だと、本気で信じていたのか?」

「・・・・・・・」

 言われて初めて、気付く。

そして、言葉を失う。

 父を最後見た、その翌日のニュースを思い出す。

『かつて無い規模のテロが発生し』

『テロの首謀者は神岡 修侍』

 ……そうだ、父は、大規模テロの首謀者だった……父の死の衝撃が強すぎて霞んでいたが、冷静に考えれば確かに不可思議だ。

「普段は、関東最大の広域指定暴力団「井伏組」のボディガードとして働き、いざ指令が下れば、対立している組の人間を殺しにかかる殺し屋でもあった」

 ぱちりぱちりと、ピースがハマっていく。

「仕事の成功率はほぼ100%。失敗したのは、家族もろとも殺せ、と言う指令で、子供を殺さずに生かした事くらいだ……甘い男だったよ」

 暁花の知らない父の姿が、浮き彫りにされていく。

「だが、俺はそれも気に入っていたんだ、だから、奴を信頼して傍に置いたし、テロも全面的に支援した……だが、結果として貸した兵隊は全滅、装備や素性から組の関与がばれて、警察の大規模な捜索が入り、組はほぼ壊滅………俺だけが、おめおめと逃げおおせたって訳さ……仲間を犠牲にして…!」

 男の目に、ハッキリと浮かぶ後悔と懺悔。

 そして、屈辱。

「父さんを、恨んでるの?」

「…はっ、まさか。アイツを信じたのは俺だ。その決断に後悔は無い。ただ、敵の力を見誤っていたこと、そして……アイツも、組の皆の事も守れなかった。その…俺の弱さを悔いているのさ」

 その言葉は暁花にとって、彼を信用する材料の一つになりえた。

「……アンタ…一体何者なの…?」

「俺か?俺は、篠村圭次郎。現…いや、元組長 井伏 寛一(いぶせ かんいち)の愛人の息子で、次期組長を約束されていた……それだけの、つまらねぇ男さ」

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