一応の終わりに
第9話 そこにあるもの
「……三年か…意外と早かったな」
私は、高い崖の上に立ち、視線を前方に走らせる。
広い―――二キロ四方程有るだろうか、広い草原が、目の前に広がっている。
身を隠すような場所はどこにもないその草原の左右は、切り立った崖になっていて、登る事も降りる事も難しい。
そして――その草原を抜けた奥には……城が建っている。
天を衝く…とはまさにこれを表現しているのだろうと思わせるような、高い高い城。
伝統的な日本の城のようで有りながら、西洋の城のようでもある独特な造形は、少なくとも私の美的感覚ではいい趣味とは言えないが、存在感だけは確実に一流だ。
さらに、城の周りには堀が存在し、その外側、左右後方は、罠にまみれた険しい山に囲まれている。
……つまり、あの城を攻めるとすれば、草原を通り、正面から突っ込むのが唯一の方法って事だ。
……身を隠す場所も無く、敵の城から丸見えで狙い撃ちし放題のこの草原を。
「……ここまで自分に有利な条件を揃えるとはな……何がゲームはフェアでないと…だ。あの自称神、とんでもねぇ臆病モンだな」
私の横で、圭次郎が呟いた。
「―――よっぽど約束を守るのが嫌なんだろうよ」
苦笑いをしながら、私は後ろを振り返る。
「……壮観だね。三年でよくもまあこれだけ集まったもんだと思うよ」
そこには、後方に控える私達の軍。
その数、総勢一万八千――――。
人種も年齢も関係なく、自称神を倒すと言う旗の元に、これだけの人数が集まった。
もちろん、全員が私の配下という訳ではなく、いわゆる友軍というか、力を貸してくれているだけのグループも数多く存在するのだが、それでも、心は一つだと信じている。
「……あの城には十五万の兵が居るって話だ……最低でも、三万は欲しかったな」
圭次郎が横に立ち、少し悔しそうにつぶやくがそれでもどこか満足そうな笑みに見えた。
約束の三年が過ぎた数日後、自称神から全世界に向けて、1カ月後に世界中で人体消失現象を起こす、という宣言があった。
それが、開戦の合図だとすぐ理解した。
そして……「一ヶ月後」まであと5日……私たちは、ここへ辿り着いた。
「……正直、私だけじゃあ一万八千だって絶対に無理だった。感謝してるよ」
「感謝より、羨望が欲しいね……約束したろ?希望を羨望に変えてやる、ってな」
「…ははっ、そんな事もあったっけ。……尊敬してるさ、欠片の偽りもなくね」
「……ふん、冗談だよ。そんなものより本当に俺が欲しいのは…勝利だけさ。その機会を与えてくれたのがお前だ……感謝してる」
顔を見合せて、苦笑いする。
「…お互い、らしくないね」
「最終決戦の前だからな…こんなやり取りも悪くないさ」
そして、二人で城を見つめる。
この三年……決して平坦な道のりではなかった。
何度挫折し、何度迷い、何度死にかけたか数えきれない。
それでもここまで来れたのは、私の心の中に、決して折れない信念が存在し続けたからだ。
だから、私は――――
「かえ様、お茶をどうぞ」
不意に後ろから声がかけられる。
場にそぐわないメイド服に身を包んだその子は…。
「ありがとう、サトミさん」
「…メイドさん、ですよ」
少し拗ねたような笑顔で答えてくれたのは、教団で仕えてくれていたメイドのサトミさん。
あんな事が有ったのに、まだ仕えてくれているのは、本当にありがたいとしか言いようがない。
少し猫舌の私に合わせて、ちょうど良く冷まされたお茶を、一気に喉に流し込む。
カップをサトミさんに返すと、ゆっくりとお辞儀をして後方へ下がる。
……本当、メイドの鑑です。
「――――そろそろ、か…!」
「……おう、とっくに覚悟は完了してるぜ」
「じゃあ、準備は頼む」
「……行って来い、限界超えるくらい、パワー充填してこいよ」
「……言われるまでもないさ」
そして、あとを圭次郎に任せると、私は軍から少し離れた場所にあるテントへと向かう。
―――思いだすのは、今までの全ての記憶。
物心ついた時には、人を殺す訓練をしていた幼少の頃。
初めて人を殺した感触は、今でも忘れないが、だいぶ薄れてしまったとは思う。
それが強さなのか弱さなのか、解らないけれど……。
めーたんに出会って、愛を知ったあの時から、私の人生は確実に変わった。
世界には意味があるのだと知った。
人生には価値があるのだと知った。
守る為の戦いがあるのだと知った。
それら全てが、今ここに繋がっている―――!
私はゆっくりと、テントの入口をくぐる。
テントとは言えかなりの大きさで、中は、十畳程度の広さがあり、ベッドと椅子が置いてある。
その、椅子の上に、彼女は座っていた。
出会った頃と変わらない……いや、成長して、僅かに色気をまとったその笑顔。
私はその頬に、そっと触れる。
彼女も、その私の手に、自分の手をそっと添えて、握る。
「………ねえ、めーたん…私の事、好き?」
囁くように、呟くように……そう、尋ねる。
彼女の返事は――――
「…うん!かえたん…だいすきっ…!」
そして私は、めーたんを抱きしめる。
その言葉と笑顔が有れば、私はもう誰にも負けない。
そんな馬鹿みたいな錯覚を、欠片も疑問無く信じられるから。
だから私は、踏み出す。
戦いへの、その一足を。
「…じゃあ、行ってきます」
「……うん、いってらっしゃい」
会話は、それだけだった。
それだけで充分だった。
この三年の間、私とめーたんで積み重ねて来た全てが、それ以上を必要としなかった。
最後にもう一度、ギュっと抱き締める。
めーたんも、私をギュッと抱きとめてくれる。
――――――良し…充填完了!
……そして、私はテントを後にする。
これが終わったら、私は何の迷いもなく、めーたんを抱く。
めーたんの、初めての人になる。
………意地でも生き残って、自称神を殺してやるよ!
軍の先頭に戻ると、圭次郎が声をかけて来た。
「……いいのかい?ご休憩二時間くらいなら待ってやれるぜ?」
「……この期に及んでアンタは……セクハラ禁止だっつってんのに。……いいんだよ。帰って来てからなら、時間は無限にあるからさ」
「……そうかよ」
もうそれ以上は何も言わなかった。
――――風が、私達の背を押すように吹いた。
大きく、一度だけ深呼吸をする。
この戦いが終わった後、世界は大きくそのあり方を変えるだろう。
その結果どうなるか……そんなものは誰にもわからない。
それでも、私達は一歩を踏み出す。
自分たちを支える、信念の為に―――。
「―――さあ、行こうぜ!決戦だぁぁぁあああぁあーーーーーーー!!!!」
―――ここから始まるんだ。
私達の、幸福な未来が―――――。
了。
マダリリ 猫寝 @byousin
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